第152話 おにいを婿にほしい覇緒パパ
全力の3割くらいかな。
肩を作っていないし、覇緒ちゃんパパに怪我でもさせたらいけないので、だいぶ力を抑えて投げた。
「ど、どうでしたかー?」
それほどプロの意見を聞きたいわけでもないが、そういう理由で投げたので一応は聞いてみることにした。
「く、久我島くーん。君、もしかして前の地区大会でものすごい球を投げたり、ホームランを何本も打ったりしてなかったかーい?」
「それはたぶん自分で―す」
しかしまさか地区大会でのことをプロの選手が知っているとは。
研究熱心なんだなと感心する。
「す、すごい球を投げるね五貴君」
こちらへ歩いて来た覇緒ちゃんパパが俺にボールを渡しながらそう言う。
「野球が得意とは聞いていたけど、まさかここまでとはね。1球受けただけで、手が痺れてしまったよ。肩を作っていないのにこんなすごい球を投げられるなんて本当にすごいね」
「いや、ははは……」
なんか喜んでもらえたみたいでよかった。
「木田村君はどう思ったかな?」
「ええ。すごく良い球でした。けど、全力では無いですね。ネットで見た映像ですけど、彼が地区大会で投げていた球はもっとすごかったですから」
「も、もっと速い球を投げられるのかい?」
「ええまあ。さっき投げたのは全力の3割くらいですね」
「3割っ!? あれでかっ!?」
覇緒ちゃんパパはびっくりした表情で俺を見た。
「だから言ったじゃない。久我島先輩は野球がすっごく得意だって」
いつの間にか俺の隣へ来た覇緒ちゃんがニコニコ笑ってそう言う。
「しかし得意ってレベルじゃないぞこれは。プロ選手並みだ。ねえ木田村君?」
「ええ。彼には今すぐでもプロで活躍できる才能がありますよ。君がなんで地区大会の決勝であんなプレイをしたかはわからないけど、君はプロのスカウトにも注目されているんだ。将来は必ずプロ野球選手に……いや、君のレベルなら直接メジャーにだって行けるかもしれない。期待しているよ」
「は、はあ」
なんだか木田村さんに大絶賛されてしまった。
しかしメジャーは大袈裟だ。
まさか俺にそこまでの実力があるとは思えないし、褒め過ぎだと思った。
そもそも俺は野球の選手になるつもりもないのだが……。
「そんなにすごいのか。いや、これは驚いたな。五貴君、君がメジャーへ行くときは私が全面的にサポートするよ。お金の心配ならしなくていい」
「いや、逸見さん俺は……」
「お父さんと呼んでくれてもいいよ。なあ覇緒?」
「 えっ?」
「も、もうっ! パパっ!」
「はははっ、いいじゃないか。私は五貴君なら大歓迎だよ。五貴君も覇緒のことは好きなんだろう?」
「い、いやあのそれは……」
ご機嫌な顔で聞いてくる覇緒ちゃんパパに向かって、そういうことはありませんとも言えない。
しかしそういう意味での好意がまったく無いかと言えば、そんなことも無いような……。
「まあ、本人を前にしてはっきり言うのはまだ難しいだろう。だが私は決めたよ。五貴君を覇緒の婿に迎えるとね」
「そ、そんな、僕らまだ学生ですし、婿とかそういう話はまだ早いというかなんというか……」
「いいや、君は将来、間違いなく大きな男になる。覇緒の婿としてふさわしい大きな男にね。だから他の誰かに取られる前に、早く決めておきたいんだ」
「いやあの俺には……」
心に決めた人がいます。
今そう言わなければ戻れない所まで話が進んでしまいかねない……。
「その、好きな人がいて……」
「なんだって? そうなのかい?」
「ええまあ……」
はっきり言えたことでホッとする。
「そうか」
「はい……」
「ではその子のことは諦めなさい」
「えっ、ええっ?」
俺を婿にするという話は諦めると、そう言うかと思ったが、予想とは違う言葉を聞いて驚いた。
「覇緒のほうが良い。そうだろう? いや、答えを聞くまでもないことだ。よし。これでなにも問題は無い。君はうちに婿入りで決まりだ」
「いやあのその……」
「覇緒に不満でもあるのかい?」
「ふ、不満なんてそんな……」
覇緒ちゃんは美人だし、とっても良い子だ。俺なんかにはもったいない。
しかし俺には兎極がいる。覇緒ちゃんがどんな素敵な女性でも結婚をするわけにはいかない。
「不満が無いのならば決まりでいいじゃないか」
「いやその……」
「パパっ! そんな強引に決めちゃダメだよっ!」
「逸見さん、まだ2人とも学生なんですから、もう少しじっくり考えさせてあげましょうよ」
覇緒ちゃんと木田村さんが覇緒ちゃんパパの強引を止めようとしてくれるが、
「嫌だっ! 私は五貴君を覇緒の婿に決めたんだっ! 絶対に五貴君を覇緒の婿にするんだっ! 私の息子にするんだっ!」
「わがまま言っちゃダメだよパパっ!」
「嫌だっ!」
まるで子供のように嫌だ嫌だ言う覇緒ちゃんパパの逸見益羅緒さん。
もしかして覇緒ちゃんが年齢よりもやや子供っぽい感じなのは、お父さんに似たのだろうか……。
「五貴君っ! 覇緒と結婚をしなさいっ! 間違いはないからっ!」
「ま、間違いは……無いでしょうけども」
覇緒ちゃんはお金持ちのお嬢さんだ。結婚をすれば順風満帆な人生を送れるという意味では、間違いは無いと思う。けど……。
「そうだろう。しかし今すぐに決めろと言うのは確かに急ぎ過ぎだ。だから明日まで待とう。明日になったら答えを聞かせてもらうからね」
「あ、明日ですか……」
明日でも十分に急ぎ過ぎだが……。
「今日は泊まって行きなさい。いいだろう?」
「それはその、ご迷惑でなければ……」
「迷惑なわけはない。将来の息子だからな。わははははっ!」
豪快に笑う覇緒ちゃんパパ。
夕食をごちそうしてもらうだけのつもりが、なんだか大変なことになってしまったようだと俺は辟易とした。
……
部屋を用意された俺は、寝る前に風呂へと向かう。
広い家の中をじいやさんに案内され、ようやくと浴室へつく。
「わ、わあ……」
予想はしていたが、とんでもなく広い和風の風呂だ。
湯気で全体は見えないが、広さは体育館くらいあるんじゃないかと思った。
「お着替えをご用意致しましたので、ごゆっくりお身体をお休めください」
「あ、どうもありがとうございます」
じいやさんは深々と頭を下げて脱衣所から出て行く。
それから服を脱いだ俺は浴場へと入った。
「本当にでかい風呂だなぁ」
身体を洗った俺は湯船へと浸かる。
なんだか広過ぎて落ち着かない。
まるでプールにひとりでいるような気分だった。
「それにしても参ったなぁ。明日になったらなんて言って断ろう?」
覇緒ちゃんと結婚なんて嫌ですとは言えない。
しかしそれくらい言わなければ諦めてくれないような気もする。
「うーん……」
「わたしは結婚してもいいんスけどねぇ」
「いや、覇緒ちゃんがよくても……えっ?」
なんかうしろから覇緒ちゃんの声が聞こえたような……。
まさかと思いつつ、俺は振り返って湯気の中へ目を凝らす。
「こっちっスよ」
「わあっ!?」
湯船からバシャっと水しぶきを上げて、目の前に覇緒ちゃんの姿が現れた。