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第149話 じいちゃんと再会する朱里夏

 ―――難波朱里夏視点―――


「オイラぁは夢でも見てんのか? ガキの頃と変わらねぇ朱里夏が見えちまうなんてよ」

「夢じゃないよっ! ほらっ!」


 近づいてじいちゃんの手を握って見せた。


「感触があるな。じゃあ本当におめえ……」

「朱里夏だよっ!」


 嬉しくなったあたしはじいちゃんへと抱きつく。


「おうおう、本当に朱里夏かよ。全然、変わってねーじゃねーか」

「変わったよ。あたしもう20歳だし」

「20歳? そうか朱里夏もそんな年齢か。オイラもジジイになるわけだ」

「ジジイになるって、あたしが生まれたときからジジイだったじゃん」


 あたしが生まれたときは69歳だったから、今は89歳だ。


「馬鹿やろう。オイラはあと100年生きるんだ。20年前なんて鼻たれ小僧よ」


 確かに89歳の老人とは思えないほど若々しく逞しい身体だ。

 もうすぐ90歳の年寄りとは思えない。


「それよりおめえ、なんでこんなところに来たんだ?」

「うん。じいちゃんみたく喧嘩最強になりたくて」


 ここで生まれ育った喧嘩最強の男とはじいちゃんのことだ。じいちゃんはここで生まれ、ここで育って怪物のような喧嘩最強の男へと至った。


「オイラみたいに? おめえ女だろ? 女がオイラみたいになってどうすんだよ?」

「好きな男がいるの。その男のために強くなりたい」

「好きな男のために強くなりてぇって? そいつは意味がわからねーな? 男のために飯作るのがうまくなりてーとかならわかるけどよ」

「彼を守りたいの?」

「そいつは弱い男なのか?」

「ううん。あたしより強いよ。心も身体も」

「ますますわからねーな。強い男を守るってのはどういうことだ?」

「強いとか弱いとかはどうでもいい。彼を傷つける誰かがいるなら、あたしは足手まといになりたくないの。彼と一緒に戦える強さがほしいの」

「……ふぅん」


 じいちゃんはあたしの目をじっと見下ろす。


「なりはガキでも中身はしっかり女か。おめえがそこまで惚れるってことは、よっぽど良い男なんだろうな。そいつは」

「うん。じいちゃんより良い男」

「オイラより? はっ、信じらんねーな」

「本当だし。あ、それよりもじいちゃんなんでここにいるの? 喧嘩最強になるって旅に出たのに」

「ああ」


 ふと、じいちゃんは空を眺める。


「たいした理由はねーよ。たまには生まれ故郷に戻ってみようって思っただけだ。まあ、相変わらずなんもねーところだけどよ。生まれ故郷っつーのはなんとなく落ち着くもんだぜ」

「じゃあ家にも帰って来たらいいのに」

「馬鹿やろう。オイラは極道引退して、熊五郎に全部くれてやったんだ。あれはもうオイラの家じゃねー。帰るつもりはねーよ」

「でもあたしはじいちゃんが帰って来てくれたら嬉しいな」


 家族であたしを理解してくれるのはじいちゃんくらいだ。そのじいちゃんが家に帰って来てくれたら嬉しい。五貴の紹介もしたいし。


「うん? うん……。かわいい孫にそんな顔されちゃあ、ジジイとしては弱っちまうな。まあ考えたいといてやるよ」


 じいちゃんは照れくさそうにそう言った。


「で、おめえは喧嘩が強くなりてぇんだったか?」

「うん」

「こんなとこ来たって強くはなれねぇよ。サルみてぇな生活が得意になるだけだ」

「じゃあどうしたら強くなれるの?」

「知らねーよ。オイラは強くなろうと思ってなにかしたことはねぇからな。ただ生きてたらこうなっただけだ」


 ……じいちゃんもあたしと一緒だ。強くなる方法なんて知らない。生まれたときの才能だけがすべてなのだ。


「まあ唯一、言えることがあるとしたら」

「えっ?」」

「自分よりつえー奴と喧嘩し続けることだ。喧嘩で強くなるには、自分よりつえー奴と喧嘩をして勝ち続けることだ。それしかねぇ」

「やっぱり……そっか」


 自分よりも強い奴と喧嘩をして勝つ。

 なんとなくわかっていたことではあるが、喧嘩最強であるじいちゃんの言葉で確信が持てた。


「じゃあさ」

「うん?」


 あたしはじいちゃんをじっと見上げる。


「じいちゃんに喧嘩で勝ったら、あたしはむちゃくちゃ強くなれるってことだ」

「まあそういうことだな」

「じゃあっ!」


 あたしは目の前にいるじいちゃんの腹を思い切り殴る。……が、


「なんだそりゃ?」

「なっ……」


 まったく効いていない。

 いや、わかっていた。じいちゃんの腹はまるで金属のように固く、殴ってもまったく手ごたえがなかったのだ。


「やっぱ女だな。かわいい拳骨だぜ」

「このっ!」


 何度も何度も殴る。

 しかしまるで手ごたえは無かった。


「おい朱里夏、おめえオイラをどうしてぇんだ?」

「どうしたいって……喧嘩で勝ちたい」

「そんなんじゃダメだ」

「う……」


 不意にあたしはじいちゃんに胸ぐらを掴まれて持ち上げられる。


「殺す気で来い。それくらいの覚悟はねぇとオイラには勝てねーぜっ!」

「うあっ!?」


 投げられたあたしはぶつかった木々をなぎ倒して地面へ激しく転がる。


 89歳の年寄りとは思えない力だ。

 じいちゃんはあたしの何倍……いや、きっと何百倍も強い。勝つことなんて……。


「朱里夏、諦めて家に帰れ。女のおめえが喧嘩で強くなる必要なんてねー。好きな男がいるなら飯の作り方でも勉強してりゃあいいんだよ」

「……そ、それじゃあダメ」


 普通の女じゃ五貴君の女は務まらない。

 あの女と肩を並べることはできない。


「じいちゃん……っ」


 あたしは立ち上がり、じいちゃんを睨む。


「あたしはじいちゃんを殺す。じいちゃんを殺してあたしが喧嘩最強になってやるんだ」

「……いいじゃねぇか。さっきよりは良い顔になってるぜ」


 こちらへ楽しそうな笑顔を向けるじいちゃん。

 その顔を目掛けてあたしは跳び、大きく拳を振るった。

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