第147話 おにいに興味を持つ謎の女科学者
大島?
大阪にいるあいつがどうしてうちへ?
とりあえず玄関へ行って中へ入ってもらう。
「どうしたんだ急に?」
「この通り、腹の刺し傷が治ったんでね。元気な姿を君に見せに来たんや」
居間に用意した座布団へ座りつつ、大島は笑いながらそう言う。
「それでわざわざ大阪から来たのか?」
「まあそれだけなら、平和に済んだんやけどな」
「なにかあるのか?」
「まあ……ちょいと大変なことがあってな。セルゲイ会長と会うて来たんや」
「セルゲイさんと?」
セルゲイさんは仁共会会長となった大島真仁の後見人となっている。なにか仁共会のことでトラブルがあり、相談をしに行ったのだと思ったが。
「うん。君が中華マフィアとやりあった話は聞いとる。なんやずいぶん危険な目に遭ったらしいな」
「はは、まあ危険な目に遭うのはいつものことだよ」
本当に最近は危険な目に遭ってばかりだ。この数ヶ月のあいだで、何度か死んでいても不思議は無い。
「さすがにタフやね君は」
「その中華マフィアと、お前がセルゲイさんと話したことはなにか関係があるのか?」
「ああ。君が倒した瑠奈という女のことでね」
「瑠奈……」
兎極と朱里夏さんの2人を圧倒した怪物ような女。
医者の話じゃ戦うために生まれてきたような身体をしていたらしいけど、一体なに者だったのか……。
「あれは普通の人間やない。戦うために作られた、言わば戦闘人間やな」
「戦闘人間? お前、あの女についてなにか知ってるのか?」
「ああ。あれは海外の裏社会で出回ってるもんでな。闇オークションで売られているらしいんや」
「闇オークション……」
それがどんなものかはっきりとはわからないが、たぶん盗んだものとかを売り捌けるようなものなのだろうと思った。
「あれはオークションに出ればひとり数億って値がつくらしい。しかし高いなりの働きはする。戦闘はもちろんのこと、暗殺に銀行強盗、命令すればなんでもひとりでやれる便利で都合が良い人形や」
「けどそんな戦闘人間なんて、どこで生まれたんだ?」
「それがわからんのや。出品者も偽名で出品してるらしくてな。ただ、普通の人間として生まれたんとはちゃうやろうな。恐らくは科学的に作られた人造人間やろう」
「人造人間?」
本当にそんなものが存在するのか?
……しかし改造人間もいるのだ。人造人間がいても不思議は無いような気もする。
「大変ってのはそのことか?」
「ああ、あと、ロシアンマフィアのプーリアがまた日本への進出を狙っている情報が入ってな。どうも大量に戦闘人間を保有してるらしいんや」
「じゃ、じゃあそいつらを使って日本で暴れさす気ってことか?」
「たぶんな」
瑠奈のような怪物が大勢、日本で暴れ回ったら大変なことになるのは明白だ。難波組と組んでいたときよりも、大きな事件になるだろう。
「プーリアは日本の裏組織を攻撃して裏社会を乗っ取る気やろう。そんなことさせるわけにはいかんちゅうことで、セルゲイさんと対策を話し合ったんや」
「なんとかなりそうなのか?」
「わからん。けどなんとかするしかないやろ。日本の極道をロシアンマフィアなんかに乗っ取られるわけにはいかんしな」
「う、うん」
俺は極道じゃないが、セルゲイさんなど極道には親しい人たちがいる。ロシアンマフィアになど負けてほしくないというのが素直な思いだ。
「それと、金翔会の風間もプーリアと関わっとるらしい」
「金翔会が?」
あれからまったく動きを見せなかったが、ロシアンマフィアと繋がって復讐の機会を窺っていたということだろうか。
「金翔会は以前からプーリアとは繋がりがあったらしい。武器や改造人間なんかをプーリアから流してもらっていたりとかいろいろとな」
「あの改造人間はプーリアが作ったのか?」
「改造人間も出所ははっきりせんな。てかなんや? あのってことは、改造人間と会ったことあるんか?」
「戦ったことがあってな」
「ほんまか? ありゃ戦車も破壊する言う怪怪物って聞いたで? ……いやまあ、瑠奈を倒した君なら無くもないか」
「う、うん」
「君が異常な力を秘めていることはセルゲイさんから聞いて知っとる。しかし改造人間や戦闘人間を凌ぐとはたいしたもんやな」
「俺もよくわからない力なんだけどな。わかってるのは、頭に血が上ると脳のリミッターが外れて身体能力が上がるとかなんとかってことだけで」
「そんな単純なものかな?」
「えっ?」
「それだけで改造人間や戦闘人間を圧倒できるものなのかなって思ってな。いや、なんとなくそう思っただけで、実際はわからんけどね」
「うん……」
俺がなんであんな物凄い力を発揮できるかは不明だ。
もしかしたら脳のリミッターが外れて身体能力が上がるなんて単純なものではなく、もっと別のなにかだったりする可能性もあるかもしれない。
「プーリアや金翔会と因縁のある君や。もしかしたら奴らが接触してくる可能性もあるからな。用心するよう言いに来たってわけや」
「そうだったのか。わざわざすまないな」
「いや、大切な友人を思ってのことや。セルゲイさんは北極会の人間に君を守らせる言うてたけど、うちの人間も何人か護衛に置いてくわ。せやからまあそれなりに安心はできると思う」
「それは……ありがとう」
兎極が頼んだ警察の護衛と朱里夏さんが頼んだ難波組の護衛。それに加えて北極会と仁共会が俺を護衛か。まるで超重要人物だな。
それから少し雑談をして大島は帰る。
なんだかこれからものすごい大変が起こるような、そんな気がした。
―――風間香蓮視点―――
……あれから何か月か経った。
難波朱里夏の報復を警戒したあたしは日本での活動を休止し、ロシアに逃れて再起の機会を窺っていた。
「それで四宮さん、わたくしに話とはなんでしょうか?」
わたくしは今、ロシアンマフィアのプーリアを頼って身を寄せている。
四宮とは、プーリアに協力しているイカれた女科学者だ。
「ああ、君にね、大事なことを頼みたくてね」
「頼み事……ですか」
研究所のイスに座って嫌な笑みを向けてくる四宮春桜という女。
年齢は30半ばくらいか。ボサボサに伸ばした黒髪。整った顔立ちを台無しにしている不健康そうな顔色。そして薄汚れた白衣。
汚らしい女。それがわたくしの持った四宮への印象だ。
しかし頭脳は優れている。科学の知識は人類最高と言ってもいいほどに。
「難しいことじゃないよ。男の子をひとりわたしのところへ連れて来てほしいんだ」
「ガキの誘拐ですか? そんなもの、プーリアの下っ端にでもやらせたらよろしいんじゃありませんの? わたくしに頼まなくても……」
「その男の子は日本人なんだよ。日本の事情に詳しい君が適任だと思ってね」
「いや、日本は具合が悪いですわ。わたくし今、日本には戻れませんもの」
日本へ戻ったことを難波朱里夏に嗅ぎつけられれば、確実に殺される。いずれは戻る気だが、今はまだ奴と奴の側にいるあの男を殺す力が無かった。
改造人間の佐黒の腕を折ったあの男。
日本へ戻るには、あれを凌ぐ力が必要だった。
「わたしが改造した男……佐黒だったかな? あれを壊した男の子を恐れてるんだろう? 当然だよ。瑠奈も彼にやられたらしいからね」
「瑠奈って……四宮さんが作った戦闘人間ですか?」
「ああ」
まさかあれまで倒すとは。
ますますあの少年、尋常では無いなと恐れ入る。
「まさにその少年を連れて来てもらいたいんだ」
「あの男を……ですか。瑠奈や改造人間を倒したあの少年にあなたが興味を持つのはわからなくありませんわ。けど、あなたが作った戦闘人間を倒せる少年を、どうやってわたくしに連れて来いと言うのでしょうか? 色目でも使えと?」
「顔を知られている君じゃ色目は無理だね。それにあの子はそんなに馬鹿じゃない」
「詳しいのですか? 彼のことについて?」
「ああまあ……ふふっ。親しい間柄さ」
「?」
どういう関係だろうか?
意味ありげな笑みを見せる四宮が不気味だった。
「最新の改造人間を2体か君に貸すよ。それならなんとかなるだろうし、君の復讐にも使えるんじゃないかな?」
「最新の改造人間を2体も貸していただけるなら……」
難波朱里夏を仕留められる。
いよいよ機会がやってきたかと、わたくしはほくそ笑んだ。
「おいで」
と、四宮が指を鳴らす。
すると部屋の奥から布で姿を隠した2人が現れた。
1人は身体大きく、1人は小さい。
恐らく大きいほうが男、小さいほうが女だと思われた。
「これが最新の改造人間だよ。佐黒よりも性能が良い。それと佐黒と同じタイプだけど、改良した改造人間も何体か連れて行くといい。それだけいればわたしの目的も君の目的も叶えられるだろう?」
「ええ。けど、できれば戦闘人間のほうも貸していただきたいですわね」
戦闘人間は改造人間よりも性能が良い。あれが貸してもらえれば確実なのだが。
「残念だけど、使える戦闘人間は今ここには無いんだ。ボスの命令でみんな売り払ってしまってね。増産の真っ最中さ」
「ふん」
プーリアがなぜ他所の組織に戦闘人間を売っているのか?
金を得るためでもあるが、本当の理由は別にある。
「代わりにこれを持って行くといい」
と、四宮は小瓶を投げ渡して来る。
「これは?」
「もしもピンチになったら飲むといいよ」
「ピンチになったらって、もしかして……」
「最新の改造人間が2体に改良した改造人間を複数体も連れて行くんだ。そうはならないだろうけどね。保険さ」
「……」
そうだ。恐らく使うことは無いだろう。
しかし持っておいても損は無いと、わたくしは小瓶を懐へしまう。
「男の子は無傷で連れて来るんだ。わかったね?」
「わかりましたわ」
復讐の機会が訪れたことで、わたくしはようやくと日本へ戻ることができる。四宮からの頼みはあるが、そんなものはついでだ。
難波朱里夏を殺す。
今のわたくしの頭にはそれしかなかった。