第144話 ブチ切れるおにいVS瑠奈
2人の気迫を前にしても瑠奈は平然としている。
余裕さも恐れも感じない。ただそこに立って2人と対峙していた。
「あたしひとりでやる。てめえは邪魔だ」
「こいつはあたしの敵。邪魔なのはお前」
「ああ?」
「ふ、ふたりとも喧嘩してる場合じゃ……あっ!」
瑠奈が拳を振り上げて迫る。
「あがっ!? ぐあっ!」
素早い一撃を兎極は顔面に受けてしまう。
続けざまに腹へ蹴りを食らって地面を転がる。
「兎極っ!」
「隙だらけ」
背後から朱里夏さんが瑠奈の後頭部へ飛び蹴りを当てる。これはかなり効いたように見えるが……。
「なっ!?」
まったく効いた様子は無い。
頭が動くことすらなく、瑠奈は蹴った朱里夏さんの足を掴み……。
「がはつ!?」
そのまま地面へと叩きつけた。
「……こ、これはまずいね。ちょっと勝てないかも」
朱里夏さんは立ち上がるも、満身創痍という状態で苦しそうだった。
「う、ぐうう……っ」
「と、兎極っ!」
倒れている兎極を抱き起こす。
兎極は朱里夏さんほど頑丈ではない。
瑠奈からの攻撃の受けた兎極は、辛そうに呻いていた。
「……っ」
「もう諦めたらどうですか? どうやっても瑠奈には勝てませんよ。それは本物の怪物です。普通の人間に勝てるはずは……」
「黙れ」
俺は兎極を地面に横たえて立ち上がる。
「てめえよくも俺の女を傷つけやがったな。殺してやるよ。覚悟しろ」
「お、おにい……」
兎極の心配そうな声を背後に俺は瑠奈を睨む。
「おや? 急に人が変わったようですね。キレましたか? けどあなたがキレたってなにもなりませんよ。瑠奈には勝てません」
「喧嘩は勝つか負けるかじゃねぇ。やるかやらねぇかだ。けどよぉ、この喧嘩は勝つぜ。女を傷つけられて負けたとあっちゃあ、男が立たねぇからな」
「これは喧嘩ではなく殺戮ですよ。あなたたちはただ瑠奈に殺されるのみなんです。抗うのは無駄だと、いいかげん理解したらどうですか? 抵抗するだけ多く痛みを味わうだけなんですからね。ひゃははははっ!」
「っ!? がっ!?」
俺に蹴り飛ばされた瑠奈は、離れた壁へと身体をぶつけて倒れる。
「はは……は」
「これは兎極が腹に受けた蹴りの分だ。まだ顔面に受けた拳の分と朱里夏さんの分も残ってるからな。とっとと立て」
かなりの力で蹴った。
しかし瑠奈は痛みなど感じていないかの如く、平然とした表情で立ち上がった。
「な、なにをしているんだ瑠奈っ! やれっ! 殺しなさいっ!」
「……」
無表情の瑠奈がこちらへ駆けて来る。
「まるでロボットみたいな奴だ」
人間らしさをまるで感じない。
ただ命令通りに動くだけ。感情が無い機械のような女だった。
「がはっ!?」
向かって来た瑠奈の顔面に拳をめり込ませる。
「これは兎極が顔に食らった分だ。そして……」
怯んだ瑠奈の足首を掴む。
そのまま大きく振り上げ、地面へと身体を叩きつけた。
「ごばっはぁっ!?」
コンクリートの地面を砕くほどの勢いで叩きつけられた瑠奈は、短く呻くとそのまま身体を動かさなくなる。
「どうした瑠奈っ! 動けっ! お前を買うのにいくら払ったと思ってるんだっ!」
「買う?」
この女が普通じゃないのはわかる。
しかし人間だ。相手はマフィアなので人身売買を行っていても不思議は無いが、戦わせるために少女を買うというのは違和感があった。
「な、なにあの子? あんなに強かったの? 瑠奈をあっさり倒すなんて嘘でしょ? ボスっ! どうしましょうっ!」
慌てふためいている様子の灯さんが隣に立っているボスの服を掴む。
「落ち着きなさい。ふっふ、万が一に備えてのことも考えてあります」
と、ボスの男は懐からなにかを取り出す。
「これはこの廃工場に仕掛けられた爆弾の起爆スイッチです。これを押されたくなければ、そこから動かないことです」
「……」
起爆スイッチを掲げながら、ボスの男は出入り口へうしろ歩きで向かう。
「ふふ、私たちが外へ出たら、この工場ごとみんな吹っ飛ばしてやる」
「そうはいかないさ」
「なんだと?」
俺の言った言葉の意味を理解できないのか、ボスの男は不思議そうな表情だ。しかし次の瞬間、言葉の意味を理解したことだろう。
「警察だっ! 全員、動くなっ!」
廃工場の出入り口から大量の警官が入って来て銃を構える。
その先頭には父さんと母さんがいた。
「くそっ! 時間をかけ過ぎたかっ!」
ボスの男と灯さんは一瞬で警察に囲まれた。
「ああ、ようやく……」
警官隊の姿を見た俺は安堵からか、全身の力が抜けてその場へと崩れた。
「おにいっ!」
「五貴君っ!」
倒れる俺を兎極と朱里夏さんが支える。
「おにいっ! しっかりしてっ!」
「だ、大丈夫。ちょっと身体が痛いくらいだから。それよりも警察が来たからもう大丈夫だ」
「うん。けど、どうして警察が……」
「俺たちだけでどうにかできればよかったんだけど、瑠奈を見てこれはもう無理だって思って。だからさっき父さんに電話をしておいたんだ」
「そうだったの……」
警察を呼べば優実ちゃんの両親や難波組の人間も逮捕されてしまうかもしれない。
しかしもうそんなことを言っている場合ではなかった。全員が殺されてしまう可能性だってあったのだから。
「五貴っ! 兎極っ!」
父さんと母さんがこちらへ駆け寄って来る姿が見える。
なんとか兎極と朱里夏さんを守ることはできた。
それがわかった俺は、意識を手放した。