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第139話 外道な母に怒る朱里夏

 ―――難波灯視点―――


 朱里夏はウェイに任せ、あたしは幸隆と水木、それと難波組の男を数人ほど連れて例のガキが住んでいる家へと車でやって来る。


「こんな車どこで調達して来たんだ?」


 乗っている車は有名な運送会社のものだ。

 そしてあたしたちは全員、その運送会社の制服を着ていた。


「金さえあればこんなものを用意するくらい簡単さ」

「そうかよ。それより本当に大丈夫か? サツとか呼ばれたら面倒だぜ?」


 車の窓から家を眺めつつ、幸隆が不安げに言う。


「ヤクザがサツなんかにびびってんじゃないよ。まあ、サツは呼ばれないから安心しな。ガキの親にはサツを呼べない事情があるからね」

「そうなのか? まあ、それならいいけどよ」

「計画はさっき話した通りだからね。しくじるんじゃないよ」

「金のためだ。わかったよ」


 幸隆の返事を聞いたあたしは車を出て家のインターホンを押す。

 ほどなくして母親らしき女の声が聞こえた。


「はい」

「宅配便です。お荷物をお持ちしました」

「あ、はい」


 そして玄関が開き、母親が出て来る。


「こちらに印鑑かサインを……」


 そう言った瞬間、あたしは母親の鳩尾を思い切り拳で打つ。


「う、あ……」


 昏倒した母親がうつ伏せに倒れる。

 それからあたしが車のほうへ目配せすると、数人の組員が降りて来た。


「ガキは中にいるはずだよ。連れて来な」

「はい」


 組員が家の中へと入って行く。

 ほどなくして、口を押さえられたガキが組員によって連れて来られる。


「よし。それじゃあ車に運びな。あとは届けるだけだ」

「母親のほうはどうします?」

「人質は多いほうがいい。この女もついでに持って行きな」

「へい」


 このガキと母親を中華マフィアに渡す。

 それから2人を使って父親を脅せば、薬物の製造方法を聞き出せるという算段だ。


 その薬物を日本で独占販売できれば莫大な金が手に入る。

 そうなれば難波組は日本最大のヤクザ組織にもなり得る。お義父さんはあたしのやり方を否定したけど、それは間違っていたと証明できるのだ。


 極道だなんだと偉そうなことを言っても所詮は金がすべての世界。

 金さえあれば、いくらでも成り上がれるのがこの世界じゃないか。


 あたしは女で日本の裏社会を牛耳ってやる。

 そのために戻って来たのだ。


「姐さん、母親とガキは縛って荷台へ乗せました」

「よし。それじゃあ出発するかね」


 あたしも荷台へと乗り込む。……と、


「待て」

「えっ?」


 聞き覚えのある声が背後から聞こえて振り返る。

 ……そこにいたのは、明らかな怒りを目に宿らせた自分の娘であった。


「あら? 生きてたの?」


 ウェイから逃げて来たか?


 そう思った。


「ふん。どうやらうまく逃げて来たようだね」

「逃げて来た? 違う」


 朱里夏はこちらへ向かってなにかを放る。

 それは金色の指輪が嵌った大きな指であった。


「……っ。まさかっ」

「今ごろは地下駐車場の端っこでぐっすり寝てるよ」

「ちっ」


 適当なビルの地下駐車場に呼び出して、ウェイに始末させるつもりだったけど、まさか朱里夏がここまで強いなんて……。性格だけじゃなく、喧嘩の強さもお義父さんに似てしまったようだ。


「ママさ、自分がなにをしているかわかってる?」

「見ての通り、ガキを中華マフィアに届けてやるのさ」

「難波組は話に乗らないってことだったはずだけど?」


 そう言って朱里夏が睨むと、幸隆や水木たち組員が見るからに震え上がる。


「あたしは正義の味方じゃない。あんたが下衆な稼ぎ方をしたって、それにとやかく言うほど綺麗な生き方もしちゃいない。けれどね、子供を危険な目に遭わせるってのは最低だ。これは下衆以下の外道も外道だ。見過ごせない」

「格好良いじゃない。けどね、格好つけても金が無きゃみっともないんだよ。惨めなんだよ。世の中、金がすべてだ。金を持ってる奴が一番に格好良いんだ。金さえあれば誰もが媚びへつらって称えてくれる。金なんだよ朱里夏。人間は金を持ってるってことが、一番に格好良いんだよ」


 極道の生き様に縛られていたお義父さんは大きく金を儲けることができず、それが組の拡大を妨げていた。金を稼げる力があるのにそれをしない。極道としての面子に拘って、小さく纏まっていた難波組が本当にあたしは嫌だったのだ。


「朱里夏、あんただってこの世界で生きてるんだろ? だったら金がどれだけ重要かはわかっているはずだよ。難波組をでかくしたいとも思っているはずだ。北極会にやられて潰れかけの難波組を立て直すには金が必要なんだ。わかるだろう?」

「金を稼げればどんな非道もするなんてのは単なる賊だ。外道に堕ちて極道の矜持を失うくらいなら、組は潰れたほうがいい。外道に堕ちた難波組を残したら、じいちゃんの名前に泥を塗ることになる」

「……やっぱりあんたとはわかり合えないみたいだね」

「ママがじいちゃんとわかり合えなかったみたいにね」


 朱里夏は無表情でそう言う。


 自分の娘なのに、あたしにはまったく似ていない。

 この子はまるでお義父さんそのものだった。


「優実ちゃんとお母さんを解放して失せろ。それからもう二度と難波組には関わるな」

「母親に対してひどい言いようだねぇ」

「刺客を使って娘を殺そうとしといて、今さら母親ぶるな」

「それもそうか。あたしはひどい母親だ。外道と言ってもいい。……だったら、とことん外道のやり方を通させてもらおうかね」

「っ!?」


 気を失っている母親の眉間に銃口を向ける。


「失せるのはあんただよ朱里夏。邪魔をするならこいつを殺す」


 無表情だった朱里夏の顔がやや歪む。


 馬鹿な娘の言う通りにする気なんて無い。

 どんな手を使おうと、あたしはあたしの目的をやり遂げる。


「脅しじゃないよ。人質はガキだけでいいんだからね」

「……っ」

「とっとと失せな。それともガキの目の前で母親の頭を吹っ飛ばされたい?」

「あんた……どこまで外道に」

「歴史は勝者が作るって言葉は知ってるかい? 外れた道も、勝てば正道にできるのさ。あんたみたいにくだらない考えに固執して縛られている人間こそ、あたしにとっては外道なんだよ」

「いいかげんにしろ。これ以上、幻滅させるな」

「黙れ。追って来たら母親の頭を吹っ飛ばすからね。さ、車を出しな」


 荷台の扉が閉められ、車は発車する。

 遠ざかって行く朱里夏はその場に立ち尽くし、姿が見えなくなるまで仁王立ちでこちらを睨んでいた。

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