第137話 朱里夏のとんでもママさん現る
なんていうか、すごく垢抜けた明るい感じの女性だ。
なんかすごく派手な格好をしており、綺麗な人なので芸能人っぽく見えた。
「あれ? えっ?」
その女性が驚いたような表情で俺たちへ目をやる。
現在、俺たちがどうなっているかを端的に言ってしまうと、露出した朱里夏さんの胸が俺の顔に触れている状態である。
「へ……」
「へ?」
「変態ロリコンがうちにいるーっ!!」
「ええっ!?」
いや確かにそう見えてもしかたないが、実際は俺のほうが年下なくらいだ。とは言え朱里夏さんの外見は完全に小学生くらいなので、この状況をみたらロリコン云々言いたくなるのは当然にようにも思えた。
「あ、ママ」
朱里夏さんが女性を見てママと言う。
ママってことは、ママなわけで……。
「マ、ママ? あたしにあんたみたいな小さい子なんていないけど……」
「朱里夏」
「朱里夏? って、ええっ!?」
女性は大声を上げて朱里夏さんをまじまじと見つめる。
「た、確かに朱里夏……いやでも、朱里夏だとしたらもう20歳でしょ? 小学生のときから変わってないじゃないのっ!」
「ママは老けたね」
「うるさいっ! その生意気な口の利き方は確かに朱里夏みたいだけど、なんであんた成長してないの? 不老不死かなにかだったの?」
「知らない。けど別に困ってない」
そう言って朱里夏さんはフンと鼻を鳴らす。
「それよりもひさしぶりだねママ。10年ぶりくらい」
「そんなに経ってたっけ? 時が経つのは早いねぇ」
「ママが組の金を持って逃げてから10年ね」
「そんなこと忘れちゃったー。あははー」
うっかりミスでもしたかのように言ってお母さんは笑う。
なんだか見た目通りすごく軽い感じの人みたいで、朱里夏さんとは似ていない。外見も朱里夏さんと違ってすごく大人っぽかった。
「んで、そっちの男の子はどなた?」
「あたしの男」
「朱里夏さんっ」
「あたしの男なの」
そう言って朱里夏さんは俺の腕を抱く。
「へーそんな身体でも男を作れるんだねぇ」
「五貴君はあたしの身体に大興奮だし」
「そ、そう」
なんか変な意味で捉えられたような……。
興奮なんてしてませんって言うのも失礼かなと思い、とりあえず黙っていた。
「あ、あの俺は久我島五貴って言います。朱里夏さんとはまあ……仲良くしてもらっています」
「そうみたいだね。あたしは灯。一応、離婚はしてないから名字は難波になるね。灯ちゃんって呼んでね」
「は、はあ」
若くは見えるが、20歳の娘がいるのに灯ちゃんはないだろう。
「それで朱里夏。あいつはどこだい? 熊五郎。どこかに出掛けた?」
「パパはまあ……ある意味、出掛けてるかな。別荘へ」
「ああ、そういうこと」
別荘とはつまり刑務所のことだろう。
「まあ、いないほうが都合いいか」
「なにが?」
「いや、こっちの話」
「ふん。ママはなにしに戻って来たの? 組から持ち逃げした金を返して落とし前をつけに? だったらここであたしが指を落としてやってもいいけど?」
「冗談。返す金なんて無いし、指をくれてやるつもりもないから。けど、組にとって良い話を持ってきてあげたよ」
「良い話?」
「そう。今、組を動かしているのは誰?」
「一応、幸ちゃんが3代目予定で、今は水木が組長代行で組を回してるよ」
「じゃあ2人を呼んでくれる? 集まったら話を聞かせてあげる」
そう言い残して朱里夏さんのお母さんは部屋を出て行った。
「どうせまた、ろくでもないこと考えてる」
「そうなんですか?」
「前に言ったでしょ。あれはクソ女なの。昔から組の金を使い込んではじいちゃんやパパともめてたしね。最後には組の金を持って逃亡」
「はは……」
それは確かにとんでもない人だ。
「まあでも、一応は血の繋がったママだし、顔を立てて話だけは聞いてあげる。そのあと、とっつかまえて風呂屋に売り飛ばしてやろうかな。まだ35だし、多少は稼げるでしょ」
「いや、いくらなんでも自分の母親を……って、お母さんずいぶん若いですね」
見た目は確かに若い感じだった。しかし35歳ってことは、15歳のときに朱里夏さんを産んだことになるのだが……。
「昔うちの組員だった男が抗争で殺されてね。その男の愛人だった女はまだ3歳だった娘のママを置いて夜逃げしちゃったの。それで置いてかれたママを不憫だからってじいちゃんが引き取って育ててたのね。んでパパが惚れて、あたしと幸ちゃんが生まれたってこと」
「なんかすごい話ですね……」
任侠もののドラマにありそうな話だった。
「あれはじいちゃんへの恩も忘れた外道。だから信用ならない」
「……」
朱里夏さんはお母さんに対して強い怒りを感じているようだ。しかし朱里夏さんは仲間を大切に思う人なので、裏切り行為を行ったお母さんを許せないというのはしかたないと思った。
……
出掛けていた幸隆と若頭の水木さんが戻って来たので、朱里夏さんが屋敷の居間へ来るよう伝える。
なんとなく俺もそこへ連れて行かれ、灯さんを含めて5人が集まった。
「ひさしぶり幸隆。あんたはでかくなったねぇ。前に会ったときはこれくらいだったのに」
「当たり前だろ。あんたと最後に会ったの6歳のときだぞ。顔もほとんど覚えてねーよ。てか今さらなにしに戻って来やがったんだ?」
「あんたも朱里夏と同じで生意気なこと。会いたかったよお母さんとか、かわいいことは言ってくれないのかね」
「組の金持って、俺たち置いて出て行ったくせによく言うぜ」
「ふん。それでもあんたと朱里夏の母親だよ。腹を痛めて産んでやったっていうのに、どっちもとんだ親不孝もんに育っちまったね」
「はあ……。今さらあんたと親だ子だなんて話をする気はねーよ。俺たちになんの話があって戻って来たんだ? 渡す金なら1円だってねーからな」
「金をもらいに来たんじゃないよ。むしろ稼ぎ話を持って来てやったのさ」
「稼ぎ話?」
それを聞いて幸隆の目つきが変わる。
難波組は北極会に喧嘩を売って負けて以降、組は火の車でギリギリの状態と聞く。でかく儲ける話があれば飛びつきたくもなるだろう。
「ああ。うまくいけば何十億って金になるかも」
「マジかよ。で、その儲け話って……」
「待った」
と、そこで朱里夏さんが声を上げる。
「なんでうちを出て行ったママが今さらそんな話を持ってくるの? そんな良い話があるなら、ひとりでやって自分だけで儲けたらいいじゃない」
「なにを言ってるんだい朱里夏。あたしは組を……いいや、あんたたち家族を想ってこの話を持って来たんだよ」
「家族を捨てて逃げたくせに白々しい。儲け話の前にまずは10年前の落とし前をつけるべき。それがスジってもんじゃないの?」
「あんたはお義父さんそっくりだねぇ。お義父さんもなにかにつけてはスジだ落とし前だ、義理だ人情だってうるさい人だったよ。あのね朱里夏、スジだ落とし前だなんて言う極道はもう古いんだよ。金がすべてよ。ヤクザなんてさ」
「それじゃあ外道のチンピラと変わらない。スジや落とし前、義理や人情を重んじるから極道だ。それがわからないあんたがヤクザを語るな」
落ち着いてはいるが、確かな怒りを込めた声音で朱里夏さんは言う。
なんと言うか、この2人は親子なのに対極だ。
決して交わることがない。そんな雰囲気だった。
2人は睨み合い、寸刻の時間が流れた。
「ま、まあまあ姐さんもお嬢も落ち着いて。とりあえず話だけでも聞いてみましょう。話に乗るかどうかはそれから決めたらいいじゃないですか。ね、お嬢」
「ふん。まあいいけど」
水木さんに宥められた朱里夏さんは鼻を鳴らしてそう言う。
剣呑な空気が緩和され、ホッとした心地となった。
「まったくせっかく儲け話を持って来てやったってのに、疑われるなんてね。別に教えてやらなくてもいいんだからね」
「そんなこと言わないでくださいよ姐さん。話を聞けばお嬢だって喜ぶかもしれませんぜ?」
「こんな親不孝な娘なんて喜ばせなくてもいいけどね。まあいい。教えてやるから耳をかっぽじってよく聞きなよ」
一体どんな話なのだろう?
と言うか、俺が聞いていてもいいのだろうかと思いながら灯さんの言葉を待つ。
「儲け話はね、新しく開発された強力な薬物の販売さ」
「!?」
新しい強力な薬物の販売。
それを聞いた瞬間、俺は嫌な予感がした。