第133話 幸隆に叩かれる朱里夏
優実ちゃんに朱里夏さんがハーティンではないとわかってもらうため、俺は新たな方法を考えた。
「警察に捕まる?」
俺の部屋で方法を聞いた朱里夏さんは首を傾げる。
「はい。けど実際に捕まるわけじゃありません。父さんに頼んで優実ちゃんに交通安全について教えるっていうていで捕まった振りをするんです。正義のヒロインが警察に捕まれば優実ちゃんも朱里夏さんがハーティンじゃないってわかりますよ」
「そうかも」
「そんなにうまいくかな?」
朱里夏さんは俺の考えた方法に頷いたが、兎極は疑問に思っている様子だ。
「あの子はこいつをハーティンだって信じ切っているからね。ちょっとやそっとのことじゃ、こいつが単なるチンピラだってのはわからないと思うよ」
「誰がチンピラだ。このおっぱいおばけ」
「ああん? やんのかこのヤクザ女」
「まあまあ……」
兎極の言う通りうまくいくかはわからない。
しかしまあとりあえずはやってみようということになった。
……
父さんに警官の制服を着て道の角に隠れてもらい、バイクに乗った朱里夏さんが来るのを待つ。優実ちゃんは朱里夏さんが来る場所で兎極と待ってもらっていた。
「本当は私用で制服を着ちゃいけないんだけどなぁ」
了承をしてくれたものの、父さんはあまり乗り気ではなかった。
「ご、ごめん。でもあの子、このあいだ交通事故に遭いかけてさ。道路はあぶないって教えてあげたくて……」
「まあ、そういうことならしかたないけどな」
「うん……」
父さんを騙すことになって申し訳ないが、朱里夏さんに憧れさせておくことがあぶないのも事実だ。優実ちゃんのためにも、これはしかたのないことだった。
「じゃあ俺は兎極と一緒に朱里夏さんを待つから頼んだよ」
「ああ」
父さんのもとを離れて俺は兎極たちのほうへ行く。
「ハーティンまだ?」
「もう少しで来るよ」
ついさっき準備OKと朱里夏さんへスマホでメッセージを送った。
もうすぐバイクに乗って来るだろう。
そう思っていると、
「あっ」
バイクの音とともに朱里夏さんが現れる。
「あ、ハーティン来たっ!」
「そうだね」
バイクに乗って現れた朱里夏さんを見つけて喜ぶ優実ちゃん
そこへ隠れていた父さんが現れてバイクを止めた。
「あ、ハーティンがお巡りさんに止められたっ!」
「うん。たぶんスピード違反かな」
そもそも朱里夏さんは無免なので、実際はスピード違反以前の問題なのだが……。
「でもハーティンだったらお巡りさんに捕まったりしないよね?」
「うーん……」
唸りつつ、優実ちゃんは朱里夏さんのほうへ目をやっていた。
うまくいったかな?
正義のヒロインが警察に捕まるなんてあり得ないだろうし、優実ちゃんもようやくわかってくれたと思いたいが……。
「あのお巡りさんはデヒモスが変装してるのっ!」
「えっ? デ、デヒモス?」
デヒモスって確かハーティンに出てくる悪者だったかな。
「そのお巡りさんは偽物だよっ! ハーティン負けないでっ!」
こりゃダメだ。
また別の方法を考えることにした。
……
優実ちゃんは朱里夏さんがすごく強いと思っている。実際にものすごく強いけど、弱いことにすればいいんじゃないかと俺は考えた。
「……で、なんで俺が協力しなきゃいけねーんだよ?」
呼び出された幸隆は機嫌悪そうに言ってくる。
「朱里夏さんに聞いただろ。そう言うことだよ」
「ちっ、姉ちゃんの命令だからしかたねーけど、俺はお前なんかとつるむのは……んぎゃっ!」
うしろから朱里夏さんに尻を蹴り上げられて幸隆は悲鳴を上げる。
「五貴君は将来、幸ちゃんのお兄さんになるんだよ。お前とか言っちゃダメ」
「なんでおにいがこいつの兄貴になるんだコラ?」
「あたしが五貴君と結婚するから」
「んだとこの野郎っ! ふざけたこと抜かしてんじゃねーぞっ!」
「これは事実。五貴君はあたしの身体に魅惑されてメロメロなの」
「てめえの身体なんて色気の欠片もねーだろがっ!」
「ふ、2人とも、落ち着いて。喧嘩をしに来たんじゃないんだから」
「むう……」
「それで、俺はなにをすればいいんだよ?」
「あたしとぶつかったら因縁つけて殴ればいい」
「えっ? いいの?」
殴っていいと聞いた幸隆はちょっと嬉しそうに言う。
「うん。そこへ正義のヒロインがやって来てあたしを助けるの」
「なんだ正義のヒロインって?」
「そのときになればわかる。幸ちゃんは正義のヒロインに負けて、走り去ってくれればいいの。わかった?」
「わかったよ」
幸隆への説明を終え、優実ちゃんが待っている公園へ俺と兎極は向かう。
「あ、おにいちゃんとおっぱいのおばけっ」
「そのおっぱいのおばけってのはやめてくれないかなぁ……」
朱里夏さんに言われたら怒れるが、優実ちゃんには怒れないので、苦笑いしかできない兎極だった。
「ハーティンは?」
「あとから来るよ」
と、そのとき公園の入り口から朱里夏さんが歩いて来た。
「あ、ハーティン来たっ!」
こちらへ歩いて来る朱里夏さんだが、別の入り口から来た幸隆とぶつかった。
「おいてめえっ! どこ見て歩いてやがるっ!」
「ご、ごめんなさーい」
意外にうまい演技で幸隆は怒鳴り、朱里夏さんは棒演技で謝る。
「ごめんで済むかっ! この馬鹿女がっ!」
「ひあー」
幸隆が朱里夏さんをポコポコ叩く。
「このっ! このっ! いつも偉そうにしやがってっ! 俺が買ったケーキも勝手に食っちまいやがるしこのっ! てかワンホールのケーキをひとりで食うとか、どれだけ意地汚ねーんだよっ!」
……演技ではなく本気になってないか?
まあリアリティがあるのはいいけど……。
「あれー。誰か助けてー」
キレて怒鳴る幸隆に、朱里夏さんは下手な演技で応じていた。
「あ、ハーティンが叩かれてる……」
「うん。けどハーティンなら強いからきっと大丈夫だよ」
しかし朱里夏さんは頭を抱えて幸隆に叩かれているのみ。
強さなど微塵も見せなかった。
「ハーティン……」
優実ちゃんがそう呟いたとき、
「「――お待ちなさい」」
女の子2人の声が響く。
声のしたほうを見ると、正義のヒロインっぽいコスプレ姿をした覇緒ちゃんと野々原さんがいた。