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第132話 借金取り立てヒーローの朱里夏

 今日はお母さんと一緒ではない。

 優実ちゃんひとりで来ているようだった。


「今日はひとり? お母さんは?」

「優実、ひとりで来たの」

「そうなんだ。ひとりで大丈夫だった?」

「うん。優実のおうち、すぐそこだもん」


 どうやら家が近所だったらしい。


 とりあえず家に入ってもらい、部屋へと連れて行った。


「あっ! ハーティンっ!」


 優実ちゃんは朱里夏さんを見つけると大喜びで声を上げた。


「ハーティンっ! 優実を弟子にしてっ!」


 やっぱりそれが目的かと俺は苦笑い。

 朱里夏さんは昨日と同じく困ったような表情であった。


「あたしはハーティンじゃないって」

「ハーティンっ!」


 しかしやっぱり、優実ちゃんは信じない。

 朱里夏さんがハーティンだと信じて疑わない様子だった。


「どうしよう五貴君?」

「どうしようって言われましても……」


 優実ちゃんは朱里夏さんをハーティンだと信じ切ってしまっている。これを間違いだと説得するのは至難に思えた。


「じゃあさ、ハーティンらしくないことをするってのはどう?」


 優実ちゃんに聞こえないよう、兎極が小声でそう言う。


「ハーティンらしくないって?」

「正義のヒロインらしからぬことをするとか?」


 正義のヒロインらしからぬこと……。


 確かに良い考えだと思うけど、急には思いつかなかった。


 バキュン! バキュン! ズダダダダ!


「うわぁっ!?」


 不意に銃撃戦のような音が鳴り響く。


 驚いた俺は優実ちゃんの頭を抱え、兎極と一緒に伏せた。


「あ、これあたしの着信音」

「だからそれ紛らわしいからやめろってのっ!」


 兎極に頭を叩かれながら、朱里夏は電話に出る。


「はい。なに? 金の取り立てに手こずってる? しょうがないな。どこの奴? ……ああそいつか。わかった。今から行く」


 そう言って朱里夏さんは通話を終える。


「どうしたんですか?」

「うん。うちが金を貸してる企業へ組員が取り立てに行ったら、そこの社長が警察呼ぶとか言って金を返さないんだって。それで困ってあたしに電話をかけてきたの」

「ああ」


 昔は暴力をちらつかせて脅かせば取り立てられたんだろうけど、今は法律が厳しくなってそういうやり方では難しいのだろう。


「けど、それって朱里夏さんが行ってどうにかなるんですか?」

「あたしも組の金貸しには関わっているからね。返済をごねられたときの対策はバッチリしてるの」

「そうなんですか」


 対策ってなんだろう?

 暴力の塊みたいな人だし、やっぱり乱暴なやり方なのかなと思った。


「あ、じゃあさ、その取り立てに優実ちゃんを連れて行ったらどう? それを見たらこいつがハーティンじゃないってわかるかもよ?」

「いや、借金の取り立てにこんな小さな子を連れて行くのは……」


 兎極の提案に俺は難色を示す。


「なんかわかんないけど、ハーティンが行くなら優実も行くっ!」

「うん? うん。まあ危険は無いからいいんじゃない? 社会勉強になる」

「しゃ、社会勉強ですか……」


 にしたって、借金の取り立てなんて幼稚園児には早いような……。


 しかしこのまま優実ちゃんに朱里夏さんをハーティンだと信じさせておくのも危険だし、荒っぽい方法だけどしかたないか。


 朱里夏さんはバイクで、俺たちはタクシーで現場に向かう。

 そしてやって来たのは中小企業のものと思われる小さなビルの前だった。


「あ、お嬢っ!」


 その近くにいた難波組の組員が朱里夏さんへ声をかける。


「すいません。お嬢の手を煩わせることになっちまいまして」

「構わない。これもあたしの仕事みたいなもんだし」

「しかしお嬢、ここの社長かなり強気でしたよ? しつこいようなら警察呼ぶとか。警察の上層部に知り合いがいるとか喚いてきましてね。絶対に金は返さないって、そんな感じでした」

「大丈夫。ごねたときの対策はちゃんとしてある」

「そ、そうなんすか」

「うん。じゃあ行こうか」


 俺たちはその組員と一緒に朱里夏さんへついて行く。

 それから社長室へと入った。


「なんだまた来たのか?」


 あれが社長だろう。イスにふんぞり返ったおばちゃんが、うんざりした表情でこちらに目をやっていた。


「うん? なんだその子供たちは?」

「あーいや……」

「あたしは子供じゃない。難波組の人間だ」

「あんたが難波組の? つまらない冗談を……」

「信じなくてもいい。貸した金は返してもらう」

「……冗談じゃ無いみたいだね」


 朱里夏さんの雰囲気に、子供ではないと察したのか社長の目が真剣となる。


「返す気はないよ。脅すなら警察を呼ぶ」

「うちは貸した金を返せと言っているだけ。返さないほうが悪い」

「法外な利息をつけといて、よく言えたねそんなこと」

「利息に関しては貸すときに説明している。借用書にも書いてあるし、あんたは納得して書名と印鑑をした」

「だったら裁判所にでも訴えたらどうだい? 法外な利息をつけて金を貸したけど、返してもらえませんってね。けどそうしたら困るのはあんたらじゃない? まあその前に警察を呼んでやるけどね」


 社長は余裕の表情でそう言う。


 社会的に暴力団は立場が弱い。

 それを利用して最初から踏む倒す気で金を借りたのだろう。


「別に構わないよ。警察を呼んだって。けど、あたしらが捕まる前に、こういうものを世間に公表させてもらうけど」

「えっ?」


 朱里夏さんは社長の座る机の前に写真を何枚か置く。

 そこにはおばちゃん社長と強面の男たちが、どこかの高級なクラブで酒を飲んでいる様子が写っていた。


「こ、これは……」

「あとこんなものも」


 と、今度はレコーダーを置く。


『難波組さんサイコーっ! 利息はガンガン払うからどんどんお金貸してちょーだいっ! きゃははははっ!』


 そこにはおばちゃん社長の声が録音されていた。


「暴力団との繋がりが世間に知られたら困るんじゃない? 会社潰れるよ? あんたの交友関係も終わるかもね」

「こ、こんなの脅迫……」

「構わないよ。うちも終わるけどあんたも終わる。どうする? 金を返してうちらとの関係を解消するか、地獄まで一緒に行くか。好きなほうを選べ」

「う、ぐ……」


 もうおばちゃんに余裕の表情は無い。

 顔中を汗まみれにして、ゾッとしたような表情で朱里夏さんを見ていた。



 ……



 それから借金を回収して俺たちはビルから出て来る。


 おばちゃんに選択の余地など無かった。

 慌てて金を用意し、利息付きで全額を返済してきた。


「さ、さすがお嬢ですね。あんな写真と録音を持っていたなんて」

「暴力団って言っても、今はもう暴力で解決できることなんて少ないからね。頭使わなきゃダメ。企業に金を貸すときはうちらとの繋がりを証拠に残しておくの。暴力団と企業の繋がりは昔より厳しいけど、それを逆手に利用するってことね」

「ああ、だからお嬢はいつも会社の社長とは飲みに行けって言うんですね」

「酔わせていろいろしゃべらせて、録音しておけばあとで使えるからね」

「勉強になります。あのちなみに個人が返済をごねた場合は……」

「個人は企業と違って暴力団との繋がりが知られてもダメージは大きくない。だから返済をごねたときは勤め先や家族に電話をかける。けど、ヤクザが電話をしちゃダメ。半グレかバイトの堅気を使う。ヤクザが直接、債務者の勤め先や家族に取り立ての電話をかけると警察に通報されるからね」

「なるほど。あの、勤め先も家族もいない奴だったらどうしますか?」

「歳いってる奴なら生活保護受給させてそこから搾ればいい。若い奴ならバラして売り飛ばせ。身寄りがないなら丁度良い」

「ひえっ……」


 するりと怖い発言が出てきて俺は短く悲鳴を上げる。


 この人はやっぱりヤクザだ。

 見た目はかわいらしいけど、考え方が怖すぎる。


「う~ん、さすがはお嬢だ。頼りになる。お嬢が男だったら、難波組も安泰だったんすけどねぇ。若はどうも、頼りがなくて……」

「そういうこと言わないの」

「へ、へい。口が過ぎました」


 まあ、後継ぎが幸隆ではこうも言いたくなるのはしかたがないかも。


「しかしお嬢の一歩も引かない堂々とした態度は、あねさんを思い出しますね」

「それはもっと口にするな。気分悪い」

「あ、す、すいませんでした」

「姐さんって……朱里夏さんのお母さんですか?」

「うん。あたしが小学生のころに、組の金を持って行方不明になったクソ女」

「そ、そうなんですか」


 朱里夏さんは身内への情に厚い人だ。組の金を持って行方不明になるという裏切り行為をした母親に対して、怒る気持ちがあるのだろうと思った。


 それはともかく、正義のヒロインらしくないことはできた。

 こんなものを見せられれば優実ちゃんも朱里夏さんに幻滅して、ハーティンだなんて言わなく……。


「格好良いっ!」

「ええ……」


 しかしなぜか優実ちゃんは朱里夏さんに渇望の眼差しを向けていた。


「か、格好良い? でも、ハーティンならこんなことしなくない?」

「あのおばさんのほうが悪い奴だったっ! ハーティンは懲らしめたのっ!」


 まあ、あのおばちゃん社長が悪い奴だったのは間違い無いけど……。


「ハーティンってのは写真と録音で敵を脅すヒロインなの?」

「いや、違うと思う……」


 そんな陰湿なヒロイン聞いたことない。


 肩をすくめた兎極に、俺は苦笑いを返す。


 ともかく失敗したようなので、次の方法を考えることにした。

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