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第129話 おにいと初めての……

 それから数日後、俺と兎極は野々原さんとともに空港へ来ていた。


「お父さん……」


 野々原さんがお父さん……徳岡さんを見上げる。


「お別れだな。たぶん、もう会うことはないだろう」

「そんな……」

「私の仕事は危険なものなんだ。側にいればお前にも危険が及んでしまう。それをこのあいだのことで実感できたよ」

「……」


 このあいだのこととは野々原さんが鳴海に誘拐されかけたときのことだろう。あのときのことを自分のせいだと、徳岡さんはひどく自分を卑下していた。


「すまなかったな、こんな父親で。普通の父親なら、もっとお前と一緒に過ごすこともできたんだが……」

「ううん」


 野々原さんは首を横へ振り、徳岡さんの手を取る。


「お父さんはすごく素敵な人だよ。お父さんがどんな危険な仕事をしているかはわからないけど、わたしのためを思ってくれているっていうのはすごくわかるから」

「楓……」


 そう長くは無いあいだだったが、野々原さんとお父さんは会えなかった期間の溝を埋めることができているようだ。


 仲良く手を取り合う2人の様子からそれが察せられた。


「久我島君、獅子真さん」


 徳岡さんの目が俺たちのほうへと向く。


「君たちには娘を助けられた。これからも楓の側にいてくれると嬉しい」

「それはもちろんです。楓さんは俺たちにとって大切な友人ですから」

「うん。野々原さんは大切な友達だもんね。だから安心してください」

「ありがとう。しかし大切な友人か。獅子真さんとはそれでいいとしても、久我島君とは友人でいいのかな楓?」

「もう、お父さんっ!」


 顔を赤く染めた野々原さんが徳岡さんをポンポンと叩く。


 俺とは友人でいいのかな、とはどういう意味だろう?


 キョトンとする俺の隣では兎極がなぜか難しい表情をしていた。


「それじゃあもう行くよ」

「あ、うん。お父さん、それじゃあ……」


 言葉を詰まらせた野々原さんの目から涙が零れ落ちる。


「あ、う……。うあああんっ! お父さんっ!」


 泣き出した野々原さんが徳岡さんへと抱きつく。


「お父さん、もう会えないなんて嫌だぁっ! また……また会えるよって言ってよっ! ねえお父さんっ!」

「ごめんな楓……」


 ただ一言そう言って徳岡さんは野々原さんを抱き締める。


 こんなに仲の良い親子がもう二度とは会えない。それがどれほど辛いことか? 俺には想像することしかできない。


「……」


 兎極は2人を無言で見つめている。


 もう会わないほうがいいとセルゲイさんから言われた兎極は、野々原さんと徳岡さんを見てなにを思うのだろう?


 兎極のことならだいたいのことがわかる俺だが、このときになにを思ったのかはわからなかった。



 ……



 空港から帰って来た俺たちは地元の最寄り駅へと到着する。


「野々原さん……その」


 ここに着くまでずっと無言であった野々原さん。

 落ち込んだ表情の彼女に、俺はなんと声をかけていいかわからなかった。


「あ、えっと、大丈夫。お父さんの思いは理解できるし、気持ちの整理はもうついたから……」


 そうは言うも、やはり野々原さんは悲しそうであった。


「じゃあわたしはここで……」

「送って行こうか?」

「大丈夫。少しひとりでゆっくり歩いて考えたいこともあるし……。今日はありがとう。久我島君、獅子真さん。それじゃ」

「あ、うん。また学校で」


 手を振って離れて行く野々原さんに、俺たちも手を振り返して別れを告げた。

 それから俺は兎極と一緒に自宅へ向かって歩いた。


 別れを惜しむ野々原さんと徳岡さんを見てから兎極の口数は少ない。


 2人の姿を自分とセルゲイさんに重ねて悲しい気分になったのだろうか?


 しかし表情は特に悲しそうでもない。

 思い詰めているような、そんな表情であった。


「ねえおにい」

「えっ?」


 不意に声をかけられて少し驚く。


「わたしさ、やっぱりパパと会わないほうがいいのかな?」

「そ、それは……」

「会わないって言われたときは、なんか現実感なかったんだよね。言葉ではこう言っても、パパがわたしに会わないなんてあり得ないってどこかで思っててさ」

「ま、まあ……」


 セルゲイさんは兎極を溺愛している。

 あの人が兎極に会わないなんて、確かに現実味がなかった。


「けど野々原さんのお父さんを見てさ、ああ、パパもこんな気持ちになったのかなって。だからあのときに言った言葉は本気なんだろうなって、今さら実感できてきちゃって……」

「悲しい?」

「うん。けど大丈夫。パパには会えなくなっても、わたしにはおにいがいるから」


 と、兎極は俺の腕を抱く。


「おにいがいなかったら、わたし悲しくて泣いてたかも」

「お、俺でセルゲイさんの代わりになるかな?」

「おにいじゃパパの代わりにはならないよ。だってパパよりおにいのほうが大好きだもん。どんなに危険でも、おにいと会えなくなるなんて絶対に嫌。自分に死ぬ危険があったって、おにいからは絶対に離れない」

「兎極……」

「おにいはパパの代わりじゃない。唯一の大切な人。おにいが側にいてくれれば、わたしは誰と会えなくなっても寂しくないから」

「う、うん」


 セルゲイさんよりも、兎極は俺のことを大切に思ってくれている。セルゲイさんには悪いが、俺はそれが嬉しくて堪らなかった。


「おにい」

「えっ? ん……」


 兎極は俺の首へ抱きついてきたかと思うと、唇へとキスをしてくる。

 いきなりのことだったが、俺は受け入れて兎極の身体を抱いた。


「ん……ふう。模試のご褒美。まだあげてなかったから……」

「ご、ご褒美って……」


 まさかキスのことだったのか。

 しかも唇への……。


「もちろんファーストキスだからね。おにいもでしょ?」

「う、うん」

「セカンドもサードも、キスはずっとわたしとだけ。わかった?」

「わか……うわぁっ!?」


 背中にいきなりの重み。

 それと同時に頬を舐められる感触に驚く。


「おかえり」

「しゅ、朱里夏さんっ!?」


 いつの間にか俺の背中には朱里夏がしがみついていた。


「遅いから迎えに来た。早く帰ろう」

「は、はい……」

「この野郎てめえっ!」


 乙女な雰囲気から一転、声を荒げた兎極が朱里夏へ掴みかかる。


「おにいから離れろっ! この妖怪女っ!」

「嫌だ。五貴君はあたしのもの。レロレロ」

「ひゃあっ!?」


 背後から首筋をベロベロ舐めまわされる。


「おにいにてめえの汚ねー唾液をつけるなっ! 離れろーっ!」

「レロレロ」

「ひーっ!」


 朱里夏に首筋を舐められ続ける俺。

 兎極はますますブチ切れ、朱里夏ごと俺を引っ張って離そうとしていた。

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