第127話 大島真仁の覚悟
そのまま大島は立ってこない。
俺も立ったまま動かず、倒れた大島を見下ろしていた。
「……僕の負けや」
「大島……」
勝った。
それを確信した俺の身体からは途端に力が抜け……
「おにいっ!」
崩れ落ちて倒れそうになるのを兎極が支える。
「にいちゃんっ!」
倒れている大島のほうには妹の仁魅が駆け寄った。
「いたた……」
「お、おにいっ、これ、骨が折れてるかも……。早く病院に……」
「待て、それよりも……」
兎極に肩を借りて、俺は大島のもとへ歩く。
「大島……」
負けて倒れている大島だが、悔しそうな表情はしていない。
それどころか満足そうに笑っていた。
「僕は殴り合いの強さこそが、喧嘩のすべてだと思っていた。けど、そうじゃないことを君から教えてもらったよ。喧嘩は背負っているものが大切なんや。君の背負っているものに、僕の背負っているものは負けたんだ」
「ああ」
「君は僕が親父を説得できると思うかい?」
「思うじゃない。やれる。やるんだよお前は。絶対に」
「……ああ。そうやな」
そう言って大島は目を瞑る。
彼はきっと親父さんを説得してくれる。
言葉よりも表情から、俺はそれを悟った。
―――セルゲイ・ストロホフ視点―――
留置所からようやく出て来た俺にはやることが山積みだった。
まず竜宮一家の工藤だ。
あいつはサツと組んで俺を逮捕させた。それから沼倉を闇討ちして、その隙に北極会を乗っ取ろうとしやがった上、仁共会の鳴海と組んで俺に殺し屋を送りやがった。
絶縁じゃ済まねぇ。
どうしてくれようと思っていたが……。
「なんだお前がカタつけちまったのか」
「ええ」
目的地へ向かう車の後部座席で、病み上がりの沼倉が松葉杖を傍らに答える。
「野郎には鉄砲玉を送られたり、大怪我を負わされたりで散々でしたからね。おやっさんには悪いと思ったんですが、俺のほうでカタつけさせてもらいました。海外にガラをかわそうとしていたんで、ギリギリでしたがね」
「まあいい。お前がやったってことは、俺がやったみたいなもんだしな。あれの兄貴はどうしたんだ?」
確かこのあいだ五貴を撃ったガキの親父とかだったらしいが。
「あれは堅気なんで、それなりのカタをつけました。今ごろは漁船に乗ってしっかり働いていますよ。まあ、二度と日本に帰って来ることはないでしょうね」
「奴らの息子と娘のほうはどうした?」
「それが連中、親より先にガラをかわしちまいましてね。捜してはいますけど、たぶん海外に逃げたんじゃねーかと」
「そうか」
実の親をとられたんだ。いつか復讐してくるんじゃないかと、それが不安だった。
狙われるのが俺ならいい。
しかしまた兎極が狙われでもしたら……。
「一応、捜してそれなりのカタはつけときますよ。娘のほうはだいぶ執念深いらしいんで、またお嬢さんになにするかわかりませんからね」
「ああ。お前に任せる」
「はい。それで、今日の話し合いのほうはどうなりますかね?」
「どうもこうも……飲むとは思えねぇな」
仁共会会長、大島の引退。仁共会の解散。若頭の鳴海を引き渡すことと、野郎が持ってるしのぎの譲渡。最初はこれを要求するつもりだった。
「解散は求めなくてもですか?」
「ああ」
兎極の話では、解散さえ求めなければ相手は要求を飲むと言う。
しかし仁共会に兄弟分がいる幹部から聞いた話では、会長の大島に引退する気など無いらしい。戦争も辞さない構えのようだ。
「なら……やっぱり戦争ですか?」
「戦争はしたくねぇけど、うちもこれ以上は譲歩できねぇからな」
「けど戦争になったら……」
「わかってるよ」
今の時代、戦争なんてすれば使用者責任で俺がサツに持って行かれる。そうしたら今度こそ起訴されて、下手をすりゃ死刑にだってなる。それは大島もわかっているだろうが、引くに引けないのがヤクザって言う不器用な生き物だ。
「まあ、俺も極道だ。覚悟はできてる」
「おやっさん……」
沼倉は俯き、それから黙り込む。
俺も黙りながら窓から外を眺める。
……しかし解散を求めなければ向こうの会長が要求を飲むというのはどういうことなのか? 兎極が嘘を吐くとも思えないし、不思議だった。
……やがて仁共会の大島厳政と会う料亭につく。
中に入って部屋まで行くと、すでに大島と幹部の2人が来ていた。
「どうも、セルゲイさん」
「ああ」
以前にうちの本部で会ったときとは違う。
剣呑な空気が部屋には満ちていた。
俺と沼倉は向かいへ座る。
相手は落ち着いているように見えるが、心中は穏やかじゃないだろう。
「楽しくおしゃべりなんてする気はねぇ。こっちの要求だけ伝える。あんたはそれにイエスかノーで答えるだけだ。話はそれで終わる」
「ええ」
「こっちの要求は鳴海を引き渡すこと。それと野郎の持ってるしのぎの譲渡。あんたの引退だ」
「……解散は要求しないのですか?」
「うちの工藤もそっちの鳴海と組んで関わっていたことだ。だから解散だけは要求しない」
「そうですか。まあ、はなっから解散なんてするつもりはあらへんけど」
と、大島はお茶を一口飲み込む。
「生憎、鳴海はサツに持って行かれてましてな。うちは奴を絶縁するから、出てきたら好きにしたらええ。奴のしのぎもそっちにやる。けど、引退はせん」
「鳴海は俺のタマを狙いやがった。それがあんたの知らないことだったとしても、野郎はあんたの子分だ。子分の不始末は親の責任だろう?」
「鳴海のしたことは申し訳なく思っとる。あれの暴走を止められんかったのはわしの責任や。しかし後継者がおらん。わしが引退したら、仁共会……いや、関西の極道はめちゃくちゃや。せやから引退はできん」
「子分の暴走も止められねーってことはよ、あんたもう力が衰えてんだよ」
「……」
「戦争になったら俺たちはムショ行きだ。あんたも会にはいられなくなる」
「……弁護士何人でも雇うて死刑さえ回避できればムショの中からでも、会のことには口を出せる。しかし引退したら無理や。せやから引退だけはできん」
「じゃあうちと戦争するって言うんだな?」
「しゃーないやろ」
……ここまでだ。
予想はしていたことだが、やはりこうなってしまった。
「わかった。なら話はここまで……」
「待ってくださいっ!」
「なに?」
そこへ何者かが現れる。
「し、真仁?」
「真仁?」
確か前にうちへ来た大島の息子だったか。
一体なにをしに来たのか?
険しい表情からして、ただ話をしにという感じでもなかった。
「真仁、お前は車で待っとれ言うたやろ。とっとと戻らんかい」
「そういうわけにはいかん」
「!?」
そのとき真仁は懐からドスを取り出す。
立ち上がろうとする沼倉を、俺は手で制した。
「おい、もしかしてそれで俺を取ろうってんじゃねーだろうな?」
「そんな気はありません。これは……こうするためですっ!」
ドスの鞘を捨てる真仁。
なにをするのかと思いきや、その刃を自分の腹へと突き刺した。