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第126話 不可能を可能にするおにいの喧嘩

 朱里夏のバイクに乗ってなんとか間に合った俺は模試の続きを受ける。

 ……それから数日後、全国模試の結果が発表された。


 俺は大島真仁に連絡をし、近所の河川敷で落ち合う。大島の側には鼻に包帯を巻いた仁魅が。俺の側には兎極がいた。


「大島、結果はもうわかっているな」

「……ああ」


 沈んだ表情で大島は答える。


「俺の勝ちだ」


 俺の順位は3位。大島は5位。

 差はきっと僅かだっただろうが、俺は全国模試で大島に勝つことができた。


「悔しいよ。勉強には自信があったんやけど」

「その自信が、油断になったんじゃないか?」

「そうかもしれないね」


 ふふっと大島は自嘲気味に笑う。


「約束や。予想はしてるけど、君の頼みを聞こうか」

「ああ」


 大島への頼み。

 それはひとつしかなかった。


「セルゲイさんが出て来たら、仁共会の会長に今回の件で落とし前を要求すると思う。だから、解散以外の条件をお前の親父さんに飲ませてほしい」

「なっ……」


 驚きの表情で俺を睨んだのは大島真仁ではなく、妹のほうだった。


「なに言うとんねんっ! そんなことできるわけあらへんやろっ!」

「できなければ北極会と仁共会で戦争になる。そうなったらセルゲイさんも君のお父さんも捕まって、最悪、死刑になるかもしれないんだ」

「そ、それは……けど」

「兎極からセルゲイさんに頼んでもらって、解散だけはさせない。だからそれ以外の条件を親父さんに飲ませてほしいんだ」

「……無理や」


 大島は暗い表情でそう答える。


「僕は親父の実の息子や。かわいがられているし、期待もされとる。けどまだガキや。ガキの言うことなんか親父は聞いてくれん」

「そこをなんとかしてもらいたいんだ」

「無理や。それだけは無理なんや。親父はきっとセルゲイ会長の要求を突っぱねる。そうしたらもうそれで決まりや。親父の言うことには逆らえん」

「なら……っ」


 俺は上着を脱いで捨てる。


「どうする気や?」

「俺と喧嘩をしろ。お前が勝ったらなんでも言うことを聞いてやる」

「おにいっ!?」


 兎極がなにを言いたいかはわかる。

 以前に手も足も出ず負けているのだ。勝てるはずはない。そんな条件をつければ言うことを聞かされるだけだと、そう言いたいのだろう。


 だがもうこれしか方法は無い。


 拳で語り合う。

 セルゲイさんと父さんのように、拳でわからせてやるしかないと思った。


「模試では負けたよ。けど、喧嘩には一度勝っている。圧倒的にね。あれからそれほど経ってはいない。あれから君は勉強に力を入れていただろうし、喧嘩の強さはそれほど変わってないと思うけど」

「やるのかやらないのか、どっちなんだ?」

「やってもいい。けど、君が勝ったとしても、親父の説得は……」

「俺は格闘技なんてやっていないし、お前の言う通りあれからずっと勉強ばかりしていたから喧嘩も強くなっていない。俺がお前に勝つのは不可能かもしれない。けど勝つ。お前が親父さんの説得が不可能って言うなら、俺はお前に喧嘩で勝つ不可能を可能にしてやるっ!」

「……わかった」


 大島は上着を妹へ渡してムエタイの構えを取る。


「僕が勝ったら……そうやな。兎極さんをもらおうか」

「えっ?」


 意外な要求に俺は驚く。


「お前……兎極と結婚はしたくないからって、俺と喧嘩をしたんだろう?」

「妹を殴って落とし前をつけた気概に惚れてね。ほしくなったんや」

「……」


 俺は兎極を見下ろす。

 強い想いが込められた視線が俺を見返した。


「君にとって兎極さんはすごく大切なんやろう? だったらやめとき。喧嘩じゃ僕には絶対に勝てない」

「俺は……」


 兎極の手を握る。


「絶対に負けない。兎極はお前に渡さないし、頼みも聞いてもらう」

「馬鹿やな君は」


 大島の雰囲気が変わる。

 以前に喧嘩したときとは違う。あのときよりもさらに強く見えた。


「っ!?」


 ものすごい速さで近づいて来た大島の蹴りが側頭部に入る。

 俺はそのまま吹っ飛び、草むらに転がった。


「ぐっ……」


 蹴った大島が膝をつく。

 額からは血が流れていた。


「にいちゃんっ!」


 大島妹が叫ぶ。


 蹴られた瞬間に拳を返してやったのだ。


 立ち上がった俺は、膝をついている大島を見下ろす。


「前は無傷だったな」

「こ、この……っ」


 ふらりと大島も立ち上がる。


「俺は絶対に負けない。できない。無理だなんて言ってるヘタレな男にはな」

「言うやないか。けど、最後にヘタレて這いつくばるのは君やっ!」


 それから俺たちは何度も殴り、蹴り合った。

 大島は何度倒れても立ち上がって来る。俺も何度倒れても、意識を断たれそうになっても気合で立ち上がっていた。


「はあ……はあ……」

「はあ……うう……」


 お互いに荒い息をつきながら睨み合う。


 もう痛いとか疲れたとかわからない。

 本当に気合と根性だけで俺は立っていた。


「き、君は……」

「なんだ……?」

「もう……立てないはずや。それくらいのダメージは与えた。それなのになんで立てるんや? 君に痛みや疲れは無いのか?」

「あるに決まってる……」

「だったらどうして倒れへん? 前に喧嘩をしたときはもっと早くに倒れていた。あのときと今で、一体なにが……」

「負けられない喧嘩だからだ……」

「ま、負けられない……」

「あのときはただの喧嘩。今はお前に重要な頼みを聞かせること、それと大事な女の子を守る喧嘩だ。この喧嘩は負けられない。勝たなきゃいけない喧嘩は絶対に勝つのが男だ」

「……っ」

「この喧嘩は単純に強いほうが勝つんじゃない。より大きなものを背負ってるほうが勝つんだ。負けるってことは、自分の背負ってるものが相手より軽いってことなんだよ」

「僕が君に負けたら……親父には逆らえないっていう僕の思いが、僕に言うことを聞かせた上で、兎極さんを守りたいという君の思いより軽いってことになるわけか」

「そういうことだ」


 俺がそう肯定してやると、なにを思ったか大島はくつくつと笑う。


「……良い男やな君は。立派な極道になれる」

「いや、俺は極道になる気なんて……」

「最後や」

「えっ?」

「もう立ってられへん。もうパンチ一発を打つのが限界や。君はどうや?」

「俺はお前があと100発の拳を打ってきても倒れる気は無い」

「そ、そうかぁ……はあ」


 大きく息を吐き出す大島。

 そして構えを下ろしたかと思うと、そのまま仰向けに倒れた。

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