第124話 攫われる野々原さん
―――鳴海達夫視点―――
「くそっ! マジでやばいぞこれはっ!」
車の後部座席で竜三郎と会った俺は、最悪の状況に嘆き声を上げる。
「ああ。セルゲイが出て来たらお前は良くて絶縁、悪ければ殺されるやろうな。俺も指1本じゃ済まん。まあ、親父は和解の条件、飲まんやろうし、北極会に引き渡されることは無いやろうけど」
「ふざけんなっ!」
竜三郎は怒り顔で俺の眉間に銃を突きつける。
「てめえを殺して責任を全部、おっ被せることだってできるんだぜっ?」
「無理やろ。セルゲイはそんなにマヌケやない」
「だったらてめえも道連れだっ!」
「落ち着けや兄弟。これ見てみ」
「なんだ?」
一枚の写真を竜三郎の前に出す。
そこには高校生くらいの女が写っていた。
「なんだこいつ?」
「前に雇った殺し屋の娘や。こいつを人質に取れば、次こそはセルゲイを仕留めさせることができる。そのあとはお前が北極会を乗っ取れ」
「俺がセルゲイを逮捕させたってのは会の幹部連中にバレてるんだぜ? 今さら野郎を仕留めたって……」
「うるせえこと言う幹部は始末したらええやろ。他にお前が生き残る方法あるか?」
「う……」
こいつに選択の余地は無い。
俺も指は惜しいし、なんとかセルゲイを仕留めてうまく事を収めたかった。
「……うまくいくのか? セルゲイの娘を人質に取るのは失敗しただろう?」
「お前の兄貴がマヌケやったせいでな」
「……っ」
「こいつの娘はセルゲイの娘と違って普通のガキや。攫うのはそんなに難しくない」
「ならとっとと頼むぜ。セルゲイが出て来るまでそう時間はねーぞ」
「わかってる」
竜三郎に銃を仕舞わせた俺は、部下へと電話をかける。
娘の動向は調べてある。
明日は模試を受けに行くらしい。学校にいるあいだにいなくなれば教師が騒いですぐに警察を呼ぶかも知れないが、模試の途中でいなくなっても不審には思われにくい。急用で帰ったと思われるだけだろう。
今度ばかりはしくじれない。
絶対に成功させるため、俺自身も現場に行くつもりだった。
―――久我島五貴視点―――
全国模試の当日、俺は兎極と一緒に駅へ来る。
「あ、野々原さん」
そこで野々原さんと落ち合う。
「おはよう久我島君、獅子真さん。今日の模試はがんばろうね」
「うん」
俺は本当にがんばらなければならない。
大島真仁に勝って、奴に頼みを聞かせなければならないのだから。
「あ、今日もその時計をつけてきてるんだね」
「うん。お父さんにもらった時計だから」
野々原さんの腕には俺と兎極ももらった時計が巻かれていた。
「けどこれ大きくて緩いんだよね」
時計は大人の男性用なのだろう。
野々原さんの細い腕には大きくてスカスカであった。
「なんかもう気を付けてないと腕から外れて落ちちゃいそうで」
「本当だね」
それでもこの腕時計を使うのは、お父さんのことが好きだからだろう
初めはどうなることかと思ったが、仲良くなれてよかったと思う。
それから俺たちは3人で会場へと行き、模試を受ける。
模試の問題は難しい。
しかし、しっかり勉強をしてきたおかげでなんとか解けていた。
それから昼休憩となり俺は外へ出る。
兎極と野々原さんは別の教室で模試を受けており、外で落ち合って一緒に昼食を食べに行く予定だ。
「うん?」
建物から数人の男たちが出て来る。
格好からして清掃業者のようだが……。
丸めたカーテンを男のひとりが背負っている。
俺は不思議とそのカーテンの束が気になった。
男はそのカーテンを駐車場に止めてあるワゴン車に積み込む。
そのとき……。
「えっ? あれは……」
カーテンからなにかが落ちる。
それは腕時計。俺と兎極が野々原さんのお父さんからもらった腕時計だった。
「野々原さんっ!」
兎極がそう簡単に捕まるわけはない。
何者かに捕まったのが野々原さんであると直感した俺は叫びつつ駆け出す。
しかし車は発車してしまう。
俺は飛び上がってその車へしがみつく。
「ぐ、う……」
そのまま車の上へと上る。
以前にもこんなことあったなぁと思いつつ、嫌なことも思い出す。
バンっ!
「うあっ!?」
車内から銃声が鳴り、脇の下を銃弾が通る。
このままでは狙い撃ちだ。
どうしようか考えていると、
「うん?」
目の前のサンルーフが開き、そこから腕が出て来て俺の額を狙う。
「降りろ。死にたいか?」
「野々原さんをどうするつもりだ?」
「お前には関係無い。降りるか死ぬかだ」
「……っ」
降りなければ殺される。
殺されては野々原さんを助けられない。ならば選択肢はひとつだった。
俺は手を離し、車の上から道路へと転げ落ちる。
「くそ……」
ナンバーは覚えた。
しかしまともな連中じゃないし、恐らく盗難車だろう。
「おにいっ!」
そこへ兎極が走って来た。