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第123話 模試で勝たなければならなくなったおにい

「すまなかった。この通りや。足りないって言うなら、俺の指でもこいつの指でもこの場で詰める」

「い、いや指なんか……」


 詰められても困る。

 俺はヤクザじゃないし、そんな落とし前のつけられ方をされても嬉しくない。


「ほら、お前も謝らんかいっ!」

「う……も、申し訳ありまへんでした……」


 大島妹は搾るような声で謝罪をしてくる。


 俺だけのことなら別に許してもいい。

 しかし兎極も危険な目に遭ったのだ。そう簡単に許すわけには……。


「おい」

「あ……」


 兎極が大島妹、仁魅の胸ぐらを掴んで立たせる。


「か、堪忍や。もうええやろ? 無事やったんやし……んごぁっ!!?」


 兎極の拳が仁魅の顔面をぶん殴る。

 拳を顔面に沈み込ませた仁魅はそのまま吹っ飛び、家の前の道路へと転がった。


「うが……げはっ……がっ……は、あ……」


 恐らく鼻の骨が折れただろう。

 中心が潰れた顔で仁魅は倒れていた。


「兄貴に免じてあたしはそれで許してやる。おにいはどうする?」

「兎極がそれで許すなら俺のほうは構わないよ」

「だってさ。じゃあ一昨日の件はこれで終わり。あんたも立っていいよ」

「ああ。ありがとう」


 真仁は立ち上がり、妹の仁魅を立たせた。


「それで、どういう理由であんなことをしたのか俺たちに話してもらえるか?」

「うう……」

「こいつは話せそうにないから僕が話すよ。五貴君が模試へ行けないように怪我をさせて入院させようとしたのは、僕が模試で君に負けるかもとこいつが思ったからや。だから兎極さんを誘拐させるついでに暴行を頼んだってことらしい」

「兎極を誘拐しようとしたのは?」

「うちの若頭が北極会の工藤と組んで企てたことや。それにこいつが協力して君らに迷惑をかけることになった。本当にすまんかったと思ってる」

「それって会長さんは知ってるの?」

「知らんかった。これは本当や。若頭の鳴海が独断でやったことなんや。あいつの組は北極会ができる前からセルゲイ会長の組とは因縁があったからな。北極会との融和を進める親父の方針にも反対しとった」

「あ、じゃあその鳴海って人が責任を取れば……」


 そいつが破門だか絶縁をされれば解決するんじゃ……。


「もうそれでは済まんほどに事態が大きくなってるんや」

「えっ?」

「鳴海の動きが怪しいと思って、奴んところの若頭を締め上げたんや。そしたらあの野郎、とんでもないことをやっていてな……」

「と、とんでもないことって……?」

「鳴海は殺し屋を雇ってセルゲイ会長を狙ったんや」

「セ、セルゲイさんをっ!?」

「失敗したみたいやし、暗殺未遂の事実はまだ明らかにはなってへん。けど、北極会が調べれば、鳴海が殺し屋を雇ってセルゲイ会長のタマを狙った事実はいずれ明らかになる。そうなったら鳴海の絶縁じゃ済まんやろう。もしかしたら戦争になるかもしれへん」

「戦争って……」


 関東と関西のヤクザが全面戦争。

 そんなことが起これば大勢が死ぬだろうし、会長のセルゲイさんは使用者責任で今度こそ起訴されて下手をすれば死刑なんてことも……。


「ど、どうしたら回避できる?」

「親父が北極会から要求される落とし前を飲むしかないやろうな」

「じゃあそうすれば……」

「恐らく要求はまず鳴海の身柄を引き渡すこと。あとは仁共会の解散、親父の引退。あとはしのぎをいくつか渡すようにも要求するやろうな。鳴海の身柄としのぎはともかく、解散と引退を親父が受け入れるわけはあらへん」


 確かにセルゲイさんと兎極を狙った難波組への対応を考えれば、今回もそれくらいの要求はするだろう。難波組は要求を飲んだが、仁共会は受け入れそうにないらしい。


「たぶん戦争になる。もう避けられへん」

「けど、君が親父さんを説得すれば回避することもできるんじゃないか?」

「親父は会長や。極道は親が言うたら黒いものも白。親父がやる言うんなら俺は反対できないんや」

「そんな……。戦争になったら君のお父さんだって捕まって、もしかしたら死刑になることだってありえるんだよ?」

「そうなってもしかたない」

「……」


 彼は父親である会長に意見する気は毛頭ないようだ。

 このままでは本当にヤクザ同士の戦争が起こってしまう。


「とにかくもう模試どころやないね。融和なんて状況やないし」

「そうだね……」


 俺が全国模試で大島真仁に勝つ目的は、彼の父親に彼と兎極の結婚を諦めさせることだった。しかしもうそういう状況じゃない。


「けど、君も今日までがんばって勉強をしてきたんだろう? だから勝負はしよう。負ける気は無いけどね」

「うん……」


 目的は無くなった

 しかし今までがんばってきたんだ。模試は受けるべきだろう。


「……大島、模試で俺が勝ったら頼みを聞いてくれないか?」

「頼み? ……君が僕になにを頼みたいのかはある程度の察しはつく。けど、僕が負けることは無い。君の口からその頼みを聞くことはないやろうね」

「聞かせてみせるさ」

「ふふ、それじゃあ僕は帰るよ。模試の結果が出たらまた会おう」


 妹を連れて真仁は帰って行く。


 俺たちはそれを見送り、家の中へと戻った。


「戦争を回避したいなら簡単な方法がある」

「えっ?」


 今まで黙っていた朱里夏が俺を見上げながら言う。


「仁共会の会長も幹部もみんな殺せばいい。そしたら戦争は回避できる」

「そんなむちゃくちゃなことでできるかっ!」


 兎極はそう言うが、


「五貴君がやれって言うなら、あたしがひとりでやってもいい」


 ……目が本気だ。

 やれと言えば本当に行きそうであった。


「てめえは狂犬過ぎるんだよ。少しは政治を考えろ。なにも考えねーでただ突っ込んで行くから、金翔会に殺されかけるんだよ」

「生きてる」

「おにいがいなかったら死んでるだろ」

「だから五貴君は命の恩人。五貴君のためなら仁共会を潰してもいい」

「しゅ、朱里夏さん、俺は別に仁共会を潰したいわけじゃありませんよ。むしろ仁共会を残して穏便に物事を治めたいんです」

「北極会は親を狙われてるんだし、穏便に済ませるのは難しい。極道にとって親の命は自分の命より大切なものだし」

「そ、それは……そうでしょうけど……」


 しかし戦争なんか起きてセルゲイさんが死刑になんてなれば兎極は悲しむ。

 なんとか回避したいのだけど……。


「おにい、あいつへの頼みって……」

「あ、うん。聞いてもらえるかはわからない。けど、北極会と仁共会の戦争を回避するにはあいつを頼るしかない」

「うん……」

「兎極、セルゲイさんは大島の言った通りの要求をしそうか?」

「うん。難波組のときは解散まで要求しなかったけど、北極会の傘下組織と仁共会の傘下組織は以前から反目し合ってるのが多いから、幹部連中は解散まで要求するだろうね」

「解散だけはなんとか許してもらえないかな? 兎極の説得でなんとか……」

「おにいの考えはわかるよ。けど、難しいよ。パパはわたしに甘いけど、会のことまで言うこと聞いてくれたりしないと思う。娘の言うことを聞いて落とし前を甘くしたなんてしたら、幹部連中に示しがつかないだろうし……」

「でもセルゲイさんも幹部も戦争したいわけじゃないんだろ?」

「そりゃそうだよ。戦争になればお金はかかるし、人もたくさん死ぬ。パパも幹部も逮捕されるだろうし、戦争はできるだけ回避したいはずだよ。だけどヤクザにとって面子は命よりも大切だから、簡単には引けないんだよ。だからパパも落とし前を甘くしたりはできないと思う」

「けど今回の件は北極会の工藤も関わっていることだし、北極会側にも落ち度はあるんじゃないかな?」

「それはそうかもだけど……」


 なんとか解散だけは許してもらうことができれば、あとはなんとかできるかもしれない。しかしそれには大島真仁の協力が必要だ。奴に協力させるには、まずは模試で勝たなくてはならない。


 初めは勝とうが負けようがどっちでもよかった。

 しかしもう負けられない。戦争回避のため、絶対に勝つしかなかった。

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