第120話 義妹を誘い出す大島仁魅
全国模試を3日後に控え、俺はとにかく緊張をしていた。
兎極が言うにはかなり学力は上がっており、順位は期待できるとのこと。
しかし今だに勉強は苦手という意識があり、全国模試で高得点を取れるような気はしなかった。
「模試まであと3日だから、今日も帰ったら勉強頑張ろうね」
「うん……」
放課後になって帰り支度をしつつ、俺は兎極に返事をする。
自信は無い。しかしここまでがんばってきたんだ。
大島の頼みはともかくとして、勉強を手伝ってくれた兎極や沼倉さんのためにもできれば勝ちたかった。
「久我島君、獅子真さん」
と、そこへ野々原さんが声をかけてくる。
「あ、野々原さん、どうしたの?」
「うん。あのこれ……」
「えっ?」
俺と兎極へ腕時計をひとつずつ渡してきた。
「今朝、郵便ポストにこれが入っててね。お父さんが入れたみたいなの。それで、久我島君と獅子真さんに渡してほしいって手紙も一緒に入ってて」
「そうなの? でもこんな高そうな時計……」
「2人にもらってほしいんだって。あと、なんか変なことも書いてあったの」
「変なことって?」
「うん。なにかあぶない目に遭ったときは、時計の裏にある赤い部分を3回押してほしいって書いてあったの。もしかしたら助けることができるかもって」
「赤い部分……」
確かに時計の裏には不自然な赤く小さな丸があった。
「どういうことだろう?」
「わかんない。手紙にはそう書いてあっただけだから。あ、わたしはこの髪飾りをもらったの。綺麗でしょ?」
「うん。野々原さんにすごく似合ってるよ」
「えへへ、ありがとう」
頭につけた青い髪飾りを撫でて野々原さんははにかむ。
しかし野々原さんのお父さんからもらったこの時計。
あぶない目にあったら助けられるかもとはどういうことなのかよくわからなかった。
……
「こんな良い時計もらっちゃってもよかったのかなぁ」
野々原さんと別れ、俺たちは学校を出て帰路につく。
もらった時計は数万円くらいはしそうだ。本当にもらってしまってよかったのか今さらになって疑問に思う。
「でも野々原さんもお父さんの連絡先は知らないって言ってたし、返せないでしょ。もらうしかないよ」
「それはそうだけど……」
「それにわたし、おにいとお揃いの時計がつけられて嬉しいし」
と、兎極は腕に巻いた時計を嬉しそうに見せてくる。
実際、返すことはできないしもらうしかない。
しかしお礼を言えていないのが、気にかかってしまっていた。
今度、会うことがあったらお礼を言おう。
そう決めて歩いていると、
「うん?」
見覚えのある黒塗りの高級車が側に停まる。
後部座席から降りて来たのは、これまた見覚えのある人物であった。
「ひさしぶりやな」
大島仁魅。
大島真仁の妹だ。
「はあ? あんた誰だっけ?」
「せやせや初対面やからちゃんと自己紹介を……って、なんでやねんっ! 会ったことあるやろっ! 大島仁魅やっ!」
関西の人らしく、綺麗なノリツッコミであった。
「おう、あんちゃんは覚えとるやろ? 模試の勉強はどないや? うちのにいちゃんに勝とうってまだ無駄な努力してるんか?」
「ま、まあ……」
「はー時間の無駄やのにご苦労なことやな。まあせいぜい口に出して言える程度の順位に落ち着けたらええんちゃうの。知らんけど」
「ははは……そうね」
わざわざこんなことを言いに来たんだろうかと思いつつ俺は苦笑する。
「おいてめえ、おにいを舐めるのも大概にしろよ」
苦笑う俺の横で兎極が低く声を発する。
「事実を言ったまでや」
「おにいはな、去年の全国模試と同じ問題をやって平均80点台を取ってるんだ」
「80? そ、それがどないした? うちのにいちゃんは全国模試でいつも平均90点台後半や。80なんて低い低い」
「それからもおにいは学力を上げてんだ。あたしの見立ててでは全国模試で1位も狙えると思うぜ」
「そ、そんなことありえへんっ! 勝つのうちのにいちゃんやっ!」
「結果はそのうちわかる」
兎極の言葉を聞いて大島仁魅の表情が歪む。
正直、俺が大島兄に勝つのは難しいだろうと思う。
しかし無様に負けたくはない。善戦はしてやろうと気合は入っていた。
「……ふん。そんなことよりにいちゃんから伝言や」
「伝言?」
「明日ここへ来てほしいってな」
「大島が?」
なんの用だろう?
行き先を書いた地図を渡され、俺は考えた。
「用って俺に? それとも兎極に?」
「……両方や。2人でそこに来てほしいそうや。理由は知らん。ほなな」
踵を返した大島妹は車に乗って行ってしまう。
「なんの用だろうね?」
「模試まであと3日だし、そのことでなにか話があるんじゃないかな?」
「うん。まあとりあえず明日ここへ行ってみようか」
「そうだな」
親の意向で兎極と婚約させられそうとか言ってたけど、その状況が変わったのかもしれない。だとしても、今さら模試を受けないという選択肢は無いが。