第117話 おにいに惚れた男
引き締まった肉体。男らしい素朴な顔立ち。
そしてなによりもご立派なおチン〇様……。
あたしは目の前の男の子を見て、言葉を失っていた。
「な、なんでしょうか?」
「あ、いや、その……」
この高鳴る胸の鼓動。
これは恋。間違い無く恋の高鳴りであった。
「そ、その……あの、きゃーはずかしいっ!」
あたしは顔を両手で覆ってその場から駆け去る。
突然に現れた素敵な男子を前にもうどうしていいかわからず、あたしは逃げ出してしまう。
それから脱衣所へ戻り、高鳴る胸の鼓動とともに荒く息をついた。
「ど、どうしたんです純也さん? 早くあいつを捕まえないと……」
「うるさいわねっ!」
「おごぉ!?」
チームメンバーをビンタ1発で気絶させる。
それを見た他のチームメンバーは一斉に口を閉ざした。
「こ、これは想定外よ……」
久我島五貴があんな素敵ボーイだと思っていなかった。
あの子にビンタなんてできない。脅すなんてダメ。嫌われるわ。
「どうしたらいいの? どうしたら……」
これではパパの望みを叶えられない。
兎極って女と正面から喧嘩して勝てるかどうかも……。
あの素敵ボーイの周囲には兎極という女を含めて4人もメスがいる。
その事実にあたしの恋心が嫉妬の炎で燃え上がった。
「五貴君はきっとメスに騙されているのよ。メスどもから五貴君を助けなくちゃ……。行くわよあんたたちっ!」
「「「は、はいっ!」」」
服を着たあたしはメンバーを引き連れて脱衣所を出る。
それから建物の外で五貴君とメス4人が出て来るのを待った。
……
……1時間ほど待っていると、メス4人を連れた五貴君が建物から出て来る。
「さっき浴場で変な人に声をかけられて……」
「へー」
胸のでかいチビメスが五貴君の腕を抱いて歩いている。
五貴君の背には小学生くらいのメスがしがみ付いており、両隣にはこれまた胸のでかいメスが歩いていた。
どうやら五貴君は大きい胸が好きなようだ。
胸囲ならあたしのほうがある。あたしという女を知れば、五貴君もあんな女たちとはすぐに縁を切るはずだ。
「ちょっといいかしら?」
「えっ? あ……」
五貴君がぎょっとしたような目であたしを見上げる。
本物の良い女を前に緊張しているのね。
まだ若いんだし、しかたのないことだわ。
「な、なんでしょうか……?」
「ええ。まず自己紹介ね。あたしの名前は工藤純也。よろしくね」
「は、はあ。よろしく……。それでなんのご用でしょうか?」
「単刀直入に言うわ、五貴君、そんなメスたちとは別れなさい」
「は?」
五貴君はきょとんとする。
そんな顔もかわいいわ。
食べちゃいたいくらい。うふふ……。
「いや、なんですか急に? わけがわからないんですが……」
「あなたはまだ若いからわからないのはしかたないわ。でも大丈夫。これからはあたしがいろいろと教えてあ・げ・る」
そう言ってウインクをする。
そんなあたしを前に五貴君は目を瞬かせて口を開けていた。
どうやらあまりに美しいあたしの魅力に気圧されて言葉を失ってしまったらしい。こんな若い男の子を魅了してしまうなんて、美しいってことは罪だわ……。
「おいてめえっ! さっきから聞いてりゃなんなんだ一体よぉっ!」
五貴君の腕に絡みついているメスが喚く。
「まあ下品なメスね。あんたなんかが側にいたら五貴君が汚れるわ。とっとと離れなさい」
「なんだとこの野郎っ!」
「野郎じゃないわ。ほんと、下品なメス」
早くこんな下品なメスから五貴君を解放してあげなければ。
「五貴君以外のメスは好きにしていいわ。警察が来る前に片付けなさい」
「わかりました。へっへっへっ。どいつも美人ぞろいだぜ」
指示に応えて、メンバーたちが5人を取り囲む。
「姉御、なんかヤバそうっすよ」
「く、久我島君……」
左右のメス2匹はゾッとしたような表情だ。
しかし五貴君の腕に絡みついているメスは余裕の表情だった。
「あんたが獅子真兎極ね」
「なんだてめえ? なんでおにいとあたしの名前を知ってるんだ?」
「用があるからよ。五貴君のほうにあるのは個人的な用だけどね」
「ふん。まあなんでもいい。喧嘩したいなら付き合ってやるよ」
「あんたが喧嘩に強いのは知ってるわ。けどやめといたほうがいいわよ。あたしのチームにいるメンバーはみんな格闘技経験者なの。やるだけ無駄」
「そいつはどうかな?」
メンバーがそれぞれ構えを取る。
……それから決着は一瞬でついた。
「うう……」
「ば、化け物……」
「強過ぎる……」
結果はメンバー全員が地面に転がって呻くこととなり、、メスは平然とそれを見下ろしていた。
「な、な……」
強いとは聞いていた。
しかしまさかこれほどとは……。
想定外の事態にあたしは焦った。
「残りはてめえだな」
「ひっ……」
これはどう考えても敵わない。
とすれば、ここで取るべき手段はひとつだけだった。
「お、覚えてなさーいっ!」
脱兎の如く逃げ出す。
幸い追ってくる気配は無く、誰もいない路地裏まで逃げて荒く息をついた。
「はあ……はあ……。こ、これはパパが止めるはずだわ……」
あまりに強過ぎる。
あれはもう野生の猛獣かなにかだ。普通に捕まえるのは絶対に無理だろう。
「けど、諦めるわけには……」
パパの役に立ちたい。
それになにより、五貴君をメスの魔の手から救い出したかった。
「ううーん……けれど、五貴君を人質に取るのは……だけど、これは五貴君を救うためだし、しかたのないことかもしれないわ」
五貴君を人質にすれば、あの化け物メスも身動きは取れないだろう……。
「――それは難しいんじゃない?」
「えっ?」
背後から誰かの声。
振り返ると、そこには知らない女が立っていた。
「だ、誰よあんた?」
頬に傷のある女。
さっきはいなかったが、あのメスたちの仲間では……。
「あんたの敵じゃない。てかわたし、たぶんあんたのいとこだし」
「い、いとこ?」
「わたしは工藤天菜。あんた工藤純也って言うんでしょ? 名前だけはパパに聞いたことあるんだよね。父親は工藤竜三郎じゃないの?」
「そ、そうだけど……」
「ああ、やっぱりね。あたしのパパは工藤天二郎。あんたの父親の兄貴」
「て、天二郎伯父さんの……」
そういえば天二郎伯父さんには娘がいると聞いたことがある。
確か喧嘩で頬に傷を負ったとかの……。
「そう。あたしもさっきの健康ランドにいたんだよね。隙を見てあの女のどてっぱらにナイフを差し込んでやろうと思ってさ」
そう言って工藤天菜はナイフを取り出して見せてきた。
「ああでも、あの女は隙がなくてさ。結局、なにもできなかった」
「ふん。それはよかったわ。あのメスを殺されたら困るもの」
「へーあんた、あいつをどうしたいのさ?」
「パパがあいつを捕まえたいらしいの。だから五貴君を人質にして、あいつを捕まえようと思ってるのよ」
「それは無理。だってあいつ、四六時中、五貴に付き纏ってるもの。夜だって一緒なんじゃない? 五貴を人質にするには、あの女を倒さないと無理」
「そ、そうなの? じゃあやっぱり他の方法が必要ね……」
この女を言っていることが事実かはわからない。しかし天二郎伯父さんの娘というのは本当っぽいし、だったら嘘を吐く理由も無いと思う。
「わたしが協力してあげる」
「協力? なにか良い方法を知っているのかしら?」
「うん。あんたがあるものを手に入れてくれればあの猛獣を捕まえることはできる」
「それって……」
あたしは天菜からそのあるものがなにかを聞く。
それがあれば確かにあのメスを捕まえることができる。
「どう? 手に入れることはできる?」
「ええ。それならパパの事務所にあったわ」
「じゃあそれを取って来て。けれど、あの女は隙がないからね。雑にやれば失敗する」
「どうすればいいの?」
「わたしがあの女を油断させる。そうしたら……」
「わかったわ」
この女がどうやってあの猛獣を油断させるのかはわからない。
しかしやれるというのならば、とりあえず任せてみようと思った。