第107話 逮捕されるパパ
月曜日に学校へ行くと、野々原さんが嬉しそうにお父さんの話をしてくれた。
「あのあとね、お父さんと食事したり、いろんなところに連れて行ってもらったの」
「へー。それはよかったね」
「うんっ」
兎極が妙なことを言っていたので、少し懸念をしていた。
しかし何事もなかったようでホッとする。
「お父さんしばらく日本にいるんだって。だからよかったらまた会おうって」
「お父さんとずいぶん仲良くなれたんだね」
「うん。お父さんとお母さんが別れた理由はわか、ないけど、お父さんはすごく優しい人だったよ。お母さんも、すごく優しい人だからって言ってたし」
「そっか」
それを聞くと兎極の懸念がなんだったのかますまさ気になる。優しい人だったなら、それはそれでいいんだけど……。
「あ、それでね、日本にいるあいだにきっと久我島君と獅子真さんにはお礼をするって言ってたよ」
「別にお礼なんていいんだけどなぁ」
「あ、うん。そうだよね。お礼するなら、お父さんがじゃなくて、わたしがしなきゃいけないのに……」
「あ、いや、野々原さんもお礼とか気にしなくていいよ。天菜のことは俺たちの問題でもあったしさ。全然、気にしなくていいから」
俺たちと天菜のいさかいに巻き込んでしまったとも思っている。
お礼なんてされたら申し訳ない。
「でも……。あ、あの、わたしでよかったら久我島君、その……」
「えっ?」
不意に野々原さんの手が俺の手を握る。
「エッチなこととかしても……」
「ふぇっ!? の、野々原さん、それって……」
「おにいっ!?」
「わあっ!?」
突然、背後から現れた兎極が鬼の形相で睨んでいた。
「なにしてるの?」
「いやなにも……」
「野々原さん、その手は?」
「あ、ご、ごめんなさいっ」
慌てた様子で野々原さんは俺の手を離す。
「もうっ! 油断も隙も無いんだからっ!」
と、兎極は俺を見上げて声を上げた。
……
……沼倉さんの電撃授業を受けるようになってから1週間が経つ。
学校が終わったら沼倉組の事務所へ行って、授業とテストを受け、それからバリバリと電撃を受ける。
もうすぐ死ぬんじゃないか?
毎日のようにそれを考えている。
しかし沼倉さんの授業はわかりやすく、真面目に聞いていればテストで良い点は取れる。まだ授業を受け始めて1週間だが、俺の学力は確実に上がっていた。
「このまま授業を受け続ければ本当に全国模試で一桁順位に入れるかも……」
それまで生きていたらだけど……。
今日も学校が終わったあとに沼倉さんの授業を受けている。
連日、厳しい指導を受けているおかげで授業後に受けるテストの間違いも減り、電撃を受けたくないという思いから集中力も上がったような気がする。……しかし、
「はぎゃぎゃぎゃぎゃっ!!!」
テストの問題を間違えて電撃を受ける。
そもそもが落第生だ。
一切間違えることなくテスト終えるなど無理であった。
「五貴さんすごいですよ。1週間前よりは間違いが減っています。この調子でいけば全国模試も期待できそうですよ」
「ははは……。それまで俺、生きてますかね……?」
身体中から煙を上げながら俺は聞く。
「たぶん大丈夫です。気合と根性ですよ何事も」
「そ、そっすね……はあ」
実際、これくらいやらなければ俺の学力は伸びないだろう。
しかしここまでして全国模試で大島真仁に勝つ必要はあるのか? 別に勝たなくたって、兎極と彼が結婚なんてあり得ないだろうし……。
「ケーキ作ったから少し休憩しよう」
そう言って兎極がケーキを持って部屋へ入ってくる。
「そうですね。甘いものは頭の働きには重要ですし」
「あ、はい」
休憩と聞いて俺は肩の力を抜く。
それからテーブルへ置かれたケーキを口へ運んだ。
「勉強は捗ってる?」
「うんまあ……それなりにね。死んでもいないし」
「よかった。がんばってね」
「うん」
兎極に微笑むを向けられ、俺の心は安寧に満たされる。
俺は勉強ができるようになりたいとは思わない。しかし勉強ができるようになれば兎極に相応しい男へ近づける。そう考えたら沼倉さんから受ける厳しい授業も耐えられるような気がした。
「く、組長っ!」
と、そこへ乱暴に扉を開いて組員が駆け込んで来る。
「なんだ? お客さんが来てるんだぜ。ノックくらいしやがれ」
「す、すいませんっ。しかし一大事ですっ! か、会長が……会長がサツに持っていかれましたっ!」
「なんだとっ?」
「えっ?」
会長とはセルゲイさんのことだろう。
セルゲイさんが逮捕されたと聞き、穏やかだった沼倉さんの表情が険しくなる。
「どういうことだ? なんで持ってかれた?」
「ガサですっ! 本家にサツのガサが入ったらしくて、銃刀法違反で持ってかれましたっ!」
「銃刀法だと? なんで今ごろ……」
「と、とにかく本家に来てほしいとのことです」
「わかった。すいません五貴さん。今日の授業はここまでです」
「わ、わかりました。
ジャケットを手に持って沼倉さんは慌てて部屋を出て行く。
兎極も心配していることだろう。
そう思い、なにか言葉をかけてやろうと兎極のほうを見る。
「んじゃ、続きはわたしが授業やってあげようか」
「えっ?」
しかし兎極は平然としており、ホワイトボードの前へと立った。
「だ、大丈夫なのか? セルゲイさんが逮捕されたのに?」
「パパはヤクザだよ? ヤクザなんていつ捕まってもおかしくないんだし、なんとも思わないよ。銃刀法くらいなら有能な弁護士さんが不起訴にしてくれるだろうし」
「あ、そう……」
なんとも淡白である。
しかしまあ、最悪、母さんがなんとかしてくれるかもしれないし、確かにそれほど悲観することもないか。
「じゃあ授業の続きはわたしがするね」
「あ、うん」
兎極が授業をしてくれるなら電撃は……。
「沼倉さんが用意したテストは……これかぁ。うわぁ。これはなかなか難しいね。おにい、電撃にはがんばって耐えてね」
「で、電撃はありなの?」
「もちろん。なかったら意味無いでしょ。おにいのためにわたしも心を鬼にする覚悟を決めたよ」
「そ、そう……」
下手をすれば沼倉さんより厳しいかも?
甘い考えを捨て、俺は兎極からの授業を受けることにする。
「じゃ、じゃあさ……テストで60点以上取ったらほっぺにキスしてあげるってのは……どうかな?」
「えっ? そ、それは……その、そうしてくれたら嬉しい……かな」
「それじゃ決まりっ。がんばってね」
「うんっ」
ご褒美に兎極からキスがもらえる。
今までとは違う形で、俺は勉強への気合が入った。