第103話 大島の強さを再認識するおにい
次の日になり、俺は家を出て学校へ向かう。
「いてて……」
昨日に大島と殴り合ったときの傷が痛む。
こんなにやられたのに、俺は大島に触れることすらできなかった。
身体は毎日のように鍛えているし、合宿でもあれだけがんばったのにあっさり負けてしまった。向こうは格闘技をやっているのだからしかたないが、こうも完全に負けてしまっては悔しかった。
「俺、本当に強くなってるのかぁ?」
こんなじゃ兎極を守れない。
弱いならば、もっと強くならなければ……。
「よお、久我島」
「えっ? あ……」
不意に声をかけられて振り返ると、そこには藤岡と子分たちがずらりと立っていた。
「藤岡」
「あの女は……いないな」
ボコられてビビっているのだろう。
俺の周辺を必死の形相で見回して兎極を探していた。
「兎極はいないよ。なにか用か?」
「へっへっへ。あの女がいないなら怖くねーや。おい久我島。ひさしぶりに殴らせろよ。あと金も寄こしな。あの女には黙ってろよ。俺たち友達だからいいよな?」
「いいわけないだろ」
「あ?」
ニヤニヤしていた藤岡の表情が変わる。
「今なんて言った? 聞こえなかったからもう一度、聞かせてもらえるか?」
「いいわけないだろって言ったんだ。殴らせないし金はやらない。向こうへ行け」
「へえ」
子分らが俺を囲む。
「ずいぶんと強きじゃねーか。ああ久我島よぉ? ここにあの怪物女はいねーんだぜ? どうなるかわかってんのか?」
「ボコボコになる」
「わかってんじゃねーか。おい。少し痛めつけてやれ。俺がどれだけ怖いか、このクソザコ野郎に思い出させてやれ」
「わかりました。へへ、てめえが悪いんだぜ。前みたいにおとなしくしてりゃいいのによぉ。馬鹿な奴だぜっ!」
部下のひとりが俺の顔面を殴る。
しかしまったく効いていない。痛くもなんともなかった。
「……ん? こいつ全然……んぎゃっ!?」
そのまま手首を掴んで握り潰した。
「いぎゃああっ!!? て、手首がぁぁ……」
「な、なんだ? おいやっちまえっ!」
藤岡の掛け声で子分らが一斉に襲い掛かって来る。
数は20人くらいか。
その全員を俺はあっという間に倒してしまった。
「な、な……」
そしてひとり残った藤岡は腰を抜かし、地面に尻をついて震えながら俺を見上げていた。
「ちょ、ま……ゆ、許してくれっ! なっ? 友達だろ? へへへ……んがっ?」
そう言う藤岡の鼻を俺は摘まむ。
「鼻は治ったのか?」
「い、いやまだ完治は……んぎゃあああっ!!!?」
鼻をそのまま左へ折り曲げる。
そして喚き叫ぶ藤岡をそのままにし、俺は学校へと向かった。
……やっぱり前より強くなってるな。
度胸もついたように思う。
兎極や朱里夏さんの影響か、思い切りもよくなったような気がした。
あの大島真仁って奴が異常に強いんだ。
「今度は勝ちたいな」
彼に勝てば兎極を守るという自信もだいぶつく。
もっと鍛えなければと、そんなことを考えていると、
「おにいっ!」
横断歩道へやって来ると、待っていたらしい兎極が俺の腕へと抱きついてくる。
「あ、兎極おはよう」
「うん。おはよう。少し遅かったね? もしかして寝坊した?」
「ま、まあちょっとね」
藤岡たちのことは話す必要も無いだろう。
他愛も無いことだ。
「ひょっとしてあの女がまたおにいの部屋に忍び込んでたんじゃ……」
「い、いや違うよ。うん」
実を言えば夜に来たのだが、なんとか説得して帰ってもらった。
これこそ言えば揉め事が起きそうなので話す必要は無い。
「そう? ならいいけど」
「うん。じゃあ行こう」
追求されなくてよかったと安心しつつ、横断歩道を渡って学校へ向かう。
「そういえば俺に勉強を教えてくれる人って誰なの?」
それをまだ教えてもらっていない。
「当日の楽しみって言ったでしょ。次の日曜日になればわかるよ」
「うん……」
誰だか気になるが、そもそも勉強などやりたくない。
できれば逃げ出したかった。
そして学校へとやって来る……と、
「うん?」
校門の前に黒塗りの高級車が止まっている。
最近はそっち系の人とと関わることが多かったせいか、直感であの車がそういう人の持ち物だとわかった。
「ほ、北極会の人かな……」
「それはないんじゃない? 昨日、パパが酔う前にママがいままで一番きつく締め上げて、組をわたしたちに関わらせるなって言ってわからせたそうだし」
「そ、そう」
たぶん言うだけじゃないだろう。
今の俺より傷をつけられたセルゲイさんの姿が想像できた。
「じゃあ……」
「無視無視。わたしたちと関係あるかもわからないしね」
「うん」
それもそうか。
俺は気にせず、校門へ向かう。
「ちょい待ちいや。そこの白い頭」
「えっ?」
誰かが兎極を呼び止める。
そちらへ顔を向けると、車から中学生くらいの女の子が降りて来ていた。