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第102話 工藤兄弟の復讐(工藤天二郎視点)

「天菜っ! いいかげん部屋から出て来なさいっ!」


 どこかへ出掛けたかと思えば、ふらりと帰って来て1ヶ月は経ったか。

 それから部屋に籠ったまま、娘の天菜は部屋からはほとんど出て来なかった。


「うるさいっ! 放って置いてって言ってるでしょっ!」

「お前、お父さんに向かってそんな口の利き方……っ」

「はっ! お父さんっ? あんたなんてわたしのことなんにも知らないじゃんっ! なにしてくれるのっ! なんにもできないんだから放って置いてって言ってんのっ!」

「あ、天菜……」


 大切に育ててきたつもりだ。

 娘も自分を慕ってくれていると思っていたので、まさかこんなことを言われてしまうとは思ってもみなかった。


「いや……」


 娘は自分を慕い、尊敬をしてくれていた。だからこそ空手の稽古には力を入れてくれていたし、妻が男を作って蒸発しても俺を悪く言ったりはしなかった。それが大きく変わってしまったのは、高校に入ってからだ。


 なにがあったのか詳細は知らない。

 しかしどうやら昔馴染みの女子生徒と再会したことに、天菜が大きく変わってしまった原因があるようだった。


 頬にできたあの傷もその女子生徒にやられたとか。

 まずはそれを恨みに思うが、その女子生徒があのセルゲイの娘であることを知り、さらに俺の中で怒りが増した。


「あの男、親父だけじゃなく、俺の娘にまで……っ」


 親父がやられたことはもう30年ほど昔のことだ。

 とうに忘れかけていたことなので怒りも収まっていたが、奴の娘に自分の娘が傷をつけられたことで怒りが再燃した。


 とは言え相手は北極会の会長だ。そう簡単に復讐はできない。


「うーん……。やっぱりあいつを頼ってみるか」


 復讐に使えるかもしれない人物にひとりだけ心当たりがある。

 しかし協力を得られるかどうかは微妙であった


 娘の部屋を離れた俺は、もしかしたらの可能性に賭けてその人物へ電話をかけることにした。



 ……



 その人物と会うことになった俺は、所用で最寄り駅まで来ているとのことだったので、その場所まで出掛けていくことに。

 それから駅前でしばらく待っていると、


「兄貴っ!」

「おお、竜三郎っ!」


 目の前の車路に停まった車の後部座席を運転手が開き、背の低いゴリラのような容貌の男が降りて来る。


 工藤竜三郎。俺の弟だ。


「ひさしぶりだな兄貴」

「ああ。天菜が生まれたとき以来か」


 だいたい16年ぶりくらいになる。

 別に仲が悪いわけではない。滅多に会わないのは、竜三郎の仕事に関係があった。


「なんか込み入った話があるみたいだな。まあ飲み食いはあとにして、まずは車の中で話を聞こうか」

「そうだな」


 俺は竜三郎の乗って来た車の後部座席へと乗り込む。


「それで、なにがあったんだ」

「ああ……」


 俺は天菜にあったことを竜三郎へと話す。


「……なるほどな。それで復讐をしたいと。……会長に」

「そうだ」


 竜三郎は竜宮一家というヤクザ組織の組長をしている。竜宮一家は北極会傘下の組で、つまり竜三郎にとってセルゲイは本家の親分ということになるわけだ。


「俺にその話を持って来るってことは、ずいぶんと覚悟は決まってるってことか」

「親父の件は昔のことだ。忘れることもできる。しかし奴の娘に天菜は傷つけられたんだ。しかも顔をだぞ。これを許したら親じゃない」

「俺もその事件は知ってるぜ。ロシアンマフィアや難波組も関わった大事件だからな。けど、聞いた話じゃ天菜ちゃんが先に銃を撃ってやり返されたって聞いたぜ?」

「だからどうした? 天菜が顔に傷をつけられた事実に変わりは無い」


 過程はどうだっていい。

 とにかく俺は大事な娘の顔に傷をつけられたのが許せなかった。


「まあ親ならそう考えるか。しかしうちは北極会傘下だ。兄貴の復讐に協力するってことは、セルゲイを裏切ることになる」

「わかってる。しかしお前だってセルゲイを恨みには思ってるだろう? 奴のせいでガキの頃の俺たちがどれだけ苦労したか……」


 俺たちの親父はヤクザ組織の組長だった。しかし高校生だったセルゲイともうひとりにカチコまれて組は潰されたのだ。

 たった2人の高校生に組を潰された親父はヤクザとしてのメンツを失ってそのまま引退して行方をくらまし、組の構成員だった俺たちは路頭に迷うことになったのだ。


「俺たちはじいさんがやってた空手道場に拾ってもらってなんとかここまでやってきた。それからお前がヤクザに戻った理由はなんのためだ?」

「……」

「セルゲイの起こした組を潰すためだろう? それなのに今は奴の下に付いている。お前はこのままでいいのか?」

「兄貴……」


 今はセルゲイの下についているこいつにこんな話をするのは間違っているかもしれない。しかし奴へ復讐をするには、弟の竜三郎を頼るしかもう手はなかった。


「兄貴……俺はな」

「無理は百も承知だ。どうか俺に手を貸してくれ竜三郎」

「ふっ」


 竜三郎は小さく笑い、そして俺の目をじっと見た。


「まさかこのタイミングで兄貴にこんな話をされるなんてな。運命かもしれねぇ」

「えっ?」

「兄貴よ、俺はセルゲイに従いたくて北極会に入ったわけじゃねぇよ。中から奴を潰すために北極会へ入ったんだ。その準備を今までずっとしてきてな。準備の仕上げがそろそろ終わろうってときだったんだよ」

「竜三郎……」

「一緒にセルゲイへ復讐しようぜ兄貴」

「あ、ああっ!」


 差し出された弟の手をがっちりと掴む。


「それじゃあ準備の仕上げに兄貴も一緒に行くか?」

「準備の仕上げって、なにをするんだ?」

「関西の仁共会は知ってるか?」

「仁共会って、確か北極会に負けず劣らずのヤクザ組織か」

「ああ。そこの若頭と俺は五分の兄弟分でな。北極会との融和を考えている会長のやり方に不満があるらしいんだよ。昔にセルゲイの組からだいぶやられたらしくてな」

「じゃあそこの若頭に協力を頼むってわけか?」

「そうだ。うまく行けばセルゲイを追い出して、俺が北極会のトップよ。そうすれば俺たちの復讐も成る」

「ああ。ようやくな」


 天菜がやられたことの復讐。そして親父の組が潰されたことの復讐がようやくできる。それがわかった俺の心は踊っていた。


「しかしいくら仁共会で若頭やってる奴の協力を得られても、あのセルゲイを北極会から追い出すのは難しいだろうな。なにか方法は考えてるのか?」

「警察に知り合いがいる。いくらセルゲイでも、サツには弱いだろうぜ」

「なるほどな」


 いくらあの怪物でも警察相手には暴れられない。

 警察にまで知り合いを作っておくとは、さすがは俺の弟だった。


「そういえば兄貴、セルゲイと一緒に親父の組を潰した奴は覚えてるか?」

「うん? いや……」


 ヤクザ時代の情報網でセルゲイが組を起こしたという情報は知ることができた。しかしもうひとり……。確か名前は久我島士郎だったか。奴が今どうしているかは知らなかった。


「セルゲイの娘が入れ込んでいる男がいるらしくてな。そいつの名前が久我島五貴だ。どうやらこいつがあいつの息子らしくてな」

「ま、まさか……」


 久我島五貴は天菜の幼馴染なので昔から知っている。父親にも会ったことはあるが、眼鏡をかけた温和な男で、とてもあのときの男と同一人物とは思えない。


「久我島五貴のことは知っている。天菜の幼馴染だからな。恋人だったこともあるらしい」

「本当か? まさかそんな偶然があるなんてな」

「ああ」


 恨めしい人間のひとりがまさかそんな近くにいたとは……。

 知っていたら天菜との付き合いなど許すわけはなかった。


「奴は今、警官らしくてな。丁度良い。奴もセルゲイのついでに潰してやるから楽しみにしてな」

「ふっ、頼もしい弟だ」

「兄貴にも働いてもらうぜ」

「もちろんだ」


 ひさしぶりにヤクザとしての血が騒ぐ。


 これから起こるだろうことが楽しみになり、俺の表情は自然と笑みへ変わっていた。

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