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第101話 勉強は苦手なおにい

「はあ……はあ……」


 喧嘩を始めて5分ほど経つ。

 俺は手も足も出ず、その場に膝をついていた。


「おにいっ!」


 状況を見て兎極が駆け寄って来る。


 喧嘩は完全に俺の負けだった。


「てめえ……」

「兎極っ!」


 大島へ向かって行きそうな兎極の肩を掴む。


「喧嘩は終わりだ」

「け、けど……」

「俺は負けたんだ。お前が彼と戦って勝っても、俺が負けたことに変わりは無い。それどころか俺が恥をかくだけだよ」

「うう……」


 俺の言ったことが理解できたのだろう。

 悔しそうな表情で兎極は下がる。


「すまなかったね。けど、どうしても君を試したかったんや」


 大島に手を差し出され、それを掴んで俺は立ち上がる。


「理由を……聞かせてもらえるかな?」

「もちろんだよ」

「その前に怪我を治療しなきゃ。おにい、医務室行くよ。話はそこで」

「う、うん」


 と言うことで俺たちは屋敷の医務室へ行き、そこで話を聞くことにした



 ……



 ……医務室で俺は兎極から手当て受ける。


「おにい大丈夫?」

「う、うん」


 あちこち打たれて怪我はしたものの、急所は打たれていない。

 どうやら手加減されていたようだった。


「それで君と喧嘩をした理由なんやけど、僕ね、親父……ああ、本当の意味での親父ね。ヤクザの親分的な意味やなくて。さっき一緒にいたのは血の繋がった僕の親父」

「うん」

「僕の親父は関西のでかいヤクザ組織、仁共会の会長なんや。まあそんで、関東のでかいヤクザ組織の北極会とはまあまあ揉めとる時期もあってね」


 すごくぼんやりしたイメージだが、関東のヤクザと関西のヤクザは仲が悪いという印象がある。実際はどうなのか知らないけど。


「せやけど、もう昔と違うやん? 切った張ったなんて時代やない。ちょっともめたらすーぐ親分が警察に持っていかれる。そんな時代や。せやから争うのはやめて、これからは関西と関東も仲良くやっていきたいってのが親父の考えなんや」

「そうなんですね」


 なんか怖そうな顔のおっさんだったが、中身のほうは穏健派な人らしい。別に俺はヤクザ関係の人間ではないが、仲良くやるのはいいと思う。


「そんで関東と強い繋がりがほしいって親父は言っててな」

「ああ、盃を交わす、ってやつ」


 ヤクザの世界ではお酒を飲み合って親分子分の関係になったり、義兄弟になったりするらしい。彼の言う強い繋がりとはそういうことだと思った。


「それもあるんやけどね。今日も挨拶がてらそのことを北極会の親分さんに話したんやけど、なかなか難しいみたいでね」

「そうなの?」

「親分同士が盃で関係を深めても、会の構成員全員が納得するってわけやないからね。お互いにいろいろと恨みつらみがあるやろうし」

「まあ……それもそうか」


 ボス同士が決めたことなら従うしかないだろう。

 しかしそもそも争っていた者同士だ。親分の命令だからと言って、今日明日から子分らも仲良くなんてのが難しそうなのはわかる。


「そんでまあ、盃はもちろん、他にもいろいろ強い繋がりを持ったほうがいいって親父は考えててな。繋がりが多ければ子分らも、じょじょに受け入れるんやないかって」

「盃以外の繋がりって?」

「まあ……ひとつには政略結婚ってやつやな」

「政略結婚って……」

「僕とセルゲイさんの娘さんが結婚することを親父は望んでるんや」

「つ、つまり君は兎極と結婚をして、組の繋がりを強固にしたいと?」


 実に前時代的な考えであった。


「いや、僕の考えやなくてね。親父の考え。北極会の会長には娘さんがいるからどうにかして落として、結婚まで漕ぎつけろってね」

「けど、セルゲイさんと兎極のお母さんは離婚してるし、セルゲイさんは親権を持ってないから意味無いと思うけど」

「まあそれでも、北極会会長の娘さんなことに変わりはないからね。自分の息子と結婚をさせれば北極会との繋がりは強くなると思うよ」

「まあ……そうなのかな」


 確かにそれはそうかもしれない。


「話はわかったけど、そういうのって言わないほうがいいんじゃないの?」


 政略結婚が目的で近づいたなんて、そんな話をしてしまったら相手は逃げると思うのだが。


「僕は政略結婚なんて反対なんや。けどヤクザっちゅうのは厳しい縦の社会やからね。親父の言うことには逆らえんのや」

「じゃあ……」


 どうするつもりなんだろうか?


 俺たちへこんな話をする大島の意図がわからなかった。


「せやからできれば振られたことにしたくてね」

「じゃあもうわたしはあなたを振ったし、それで終わりじゃない?」

「それで納得してくれるような親父やないんや。振られるにしたって、親父が納得する理由が必要なんや。これは絶対無理やなって思える理由がね」

「君の親父さんが絶対無理って思うような理由って……」


 なんだろう?


 考えてもすぐには思いつかなかった。


「兎極さんには僕ではどうしようもないほどの素晴らしい恋人がいることやね」

「す、素晴らしい恋人……」

「せや。僕よりも圧倒的に良い男が兎極さんの恋人として存在していれば、親父も諦めざるを得んやろうね。それくらいの恋人が兎極さんにおるかどうか、それを聞きたくてここで待っとったんや」


 兎極に優秀な恋人がいれば彼の親父さんも、政略結婚を諦めざるを得ない。

 確かにそれはそうかもしれないけど。


「だったらここにいるしっ」


 と、兎極が俺の腕へがっしりと抱きつく。


「兎極さんが五貴君に惚れてるのはわかる。けど五貴君が相手じゃ親父は諦めへんよ。喧嘩も僕に負けてしまったしね」

「け、けどおにいは……」

「兎極」


 なにか言おうとした兎極の言葉を制す。


 あの力……ミハイルを倒したときみたいな力は俺本来の強さとは違う。

 本来の俺は彼に喧嘩で負けた。それは事実で覆ることではなかった。


「まあ喧嘩以外で僕以上のものがあればいいかもしれへんけど」

「喧嘩以外って……」

「学業とか」

「が、学業……」


 それを言われて俺は黙る。


 学業は嘘でもできるとは言えるようなものではなかった。


「僕は中学の全国模試で5位になったけど、君は何位だった?」

「いやその……受けてないけど」

「そうか。いや、君を馬鹿にするつもりは一切ないんや。けど親父は喧嘩だけじゃなく、頭の良さも男には重要と考えていてな。君が兎極さんの恋人なら、僕に学業で勝ってくれれば親父も納得するかもしれんのや」

「が、学業のほうは……」

「わかった」

「えっ?」


 なにがわかったのか?


 俺は少し嫌な予感を持ちつつ、兎極のほうを見た。


「次の高校全国模試でおにいはあなたより上の順位に入るから。それでいいでしょ?」

「と、兎極っ!?」


 そんなの無理だ。


 俺の頭には瞬時にその言葉が浮かんだ。


 彼……大島真仁は中学の全国模試で5位に入ったと言っていた。

 それが本当なら俺より圧倒的に頭が良い。学校の成績すら下から数えたほうが早いだろう俺が、高校の全国模試で彼に勝てるはずはなかった。


「そうなってくれれば助かるんやけどね」

「そうなるっ!」


 兎極は自信満々に言うが、俺はまったく自信が無い。


 喧嘩のほうは身体を鍛えていたので強くなれる可能性はあった。しかし頭のほうはダメだ。勉強のほうは自信にできるようなものがなにも無い。


「じゃあまあ、親父には兎極さんに優秀な恋人がいるらしいって話しとくわ。そんで模試の結果を知れば親父も諦める気になるかもしれんし」

「うん。必ずそうなるから安心してていいよ」

「わかった。話はそれだけや。模試はまだ先やけど、結果を楽しみにしてるよ」


 そう言って大島真仁は手を振り、医務室を出てこの場から去って行った。


「と、兎極、俺、勉強はダメだって。知ってるだろ?」

「おにいはやればできる」

「そう言われても……」


 まったく自信は無い。


「別に俺が彼に勝たなくたって、普通に断ってれば親父さんのほうもそのうち納得すると思うけど……」

「けどそれだとあの人が親父さんにものすごく厳しく怒られるかもしれないじゃない? 女ひとりも落とせないのかーって」

「まあ……」


 ヤクザの世界だしそういうことは言われそうか。


「それにさ、勉強して成績を良くするのはおにいにとっても悪いことじゃないでしょ? 良い機会だし、勉強にも力を入れたらいいと思うよ」

「そ、それはそうかもだけど……」

「じゃあ模試であの人に勝ったら、ご褒美あげる。それなら力も入るでしょ?」

「ご褒美って?」

「すごくいいもの」


 いいものってなんだろう?


 前にもらった金の印鑑みたいなものでもくれるのかな?


「でも自信ないなぁ」

「大丈夫。勉強を教えてくれるいい人を知ってるから」

「勉強を教えてくれるいい人? 兎極じゃなくて?」

「わたしじゃ甘やかしちゃいそうだし、厳しく教えてくれる人」


 誰だろう? 兎極が知ってる勉強のできる厳しい人と言えばやっぱり母さんだけど、母さんは忙しいから無理そう。


 じゃあ誰だろうと考えるも、これと言って適当な人物は思いつかなかった。

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