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第100話 喧嘩してほしいと頼まれるおにい

 それから2人は元の部屋へと戻り、


「わっはははははっ!!」

「あっはっはっはっ!!」


 お互いに肩を組んで酒を飲んでいた。


「てめえ全然、腑抜けてねーじゃねーかっ! 今でもバリバリの喧嘩馬鹿だよてめーはっ! 警官なんてやめてうちの組入れよっ! でかくなれるぜてめえならっ!」」

「俺は立派な公営ヤクザだよ。今さら民間のヤクザなんかになる気はないって」

「はっ、てめえの仕事を公営ヤクザかよ。言うじゃねーか。がははっ!」


 さっきまでの怒り顔は無くなり、セルゲイさんは上機嫌だ。

 父さんも楽しそうに酒を飲んでいた。


「なんかさっきあった喧嘩が嘘みたいだな……


 やや離れた場所へ座って眺める俺たちの前で2人は楽しそうに笑い合う。」


 あれだけ激しく喧嘩をしたのに今は仲良く語り合って酒を飲んでいる。

 まったく不思議な光景に思えた。


「だから言ったでしょ。殴り合えば満足して丸く収まるって」

「う、うん。けど父さんてあんなに強かったんだ」


 あのセルゲイさんと互角に戦っていた。

 凡庸な警察官の父だと思っていたので、戦いを見た今でも信じれない。


「あたしも喧嘩するのは初めて見たけどね。高校時代からセルゲイとは互角だったらしいの。あんなに強いから暴力団対策を勧めたんだけど、血の気の荒い連中を相手にすると、やり過ぎてあぶないからって生活安全課にいるのよね」

「へー」


 そんな話は初めて聞いた。

 しかしあのおとなしい父さんが昔はヤクザとやり合うような不良だったとは。知れてよかったような知りたくなかったような、複雑な気持ちだった。


「でもママがパパとおとうさん2人と結婚するなんてすごい偶然だよね? 本当に2人が昔の知り合いだったって知らなかったの?」

「うん。あたしも驚いたもの。セルゲイと士郎さんが昔の知り合いだったなんて。まあなんか似たところはあったけどね……」


 そう言って母さんは父さんとセルゲイさんを見つめる。

 その目はなんだか暖かく、微笑ましいものを見るような目であった。


「ああ、ママってああいう喧嘩して仲直りするような男の人に弱いんだね」

「えっ? い、いや別にそう言うわけじゃ……。たまたまっ! たまたま、ああいう感じの男2人と結婚しちゃっただけなのっ! 別に弱いってわけじゃ……」

「本当に?」

「ううん……」


 兎極に詰め寄られて母さんは悩ましい表情を見せる。


「でもほら、喧嘩強いのって男らしくていいじゃない? あと敵同士だったのに殴り合って仲間になったり、仲直りしたりさ。格好良いじゃないそういうの?」


 嬉しそうに母さんは語る。


 なんか少年漫画のキャラクターみたいだ。

 真面目でしっかり者の母さんにしては、意外な好みであった。


「わたしは別に……。そういう男の人には興味無いかな」

「どうしてよっ! あんただって喧嘩強いんだからわかるはずでしょっ!」

「いや、男の人に喧嘩の強さは求めないかな。だってわたし、おにいが喧嘩強くなくても好きだし。ね、おにい?」

「えっ? あ、ははは……」


 兎極はこう言うが、俺はもっと強くなりたい。

 もっと自分を鍛えて強くなって、堂々と兎極を守れる男になりたかった。


「あんた本当に五貴のことが好きなのね」

「うん。パパも知ってるよ。おにいが男らしくなったら結婚してもいいって」

「ふーん。兎極を溺愛してるあいつがそんなことをね……。五貴、あんたあいつにも結構気に入られてるみたいね」

「そ、そうかな?」


 嫌われてはいないけど、気に入られてるかはちょっと微妙かも。


「うん。けどあいつの言うこととか気にしなくていいからね。あんなクソヤクザの言うことなんか聞いてたらあんたもヤクザにされるよ」

「う、うん……」


 実際、ヤクザにされかけてはいるからその通りであった。


「あと、今日は士郎さんが一緒だったからいいけど、2人ともこんなところへ来ちゃダメだからね。ここはダメな人間がいるところなの。ここの人間とも関わっちゃダメ。合宿なんかも二度と行っちゃダメだからね。わかった?」

「わ、わかった」

「うん」


 一応は返事をしたものの、はたして守れるかどうか……。兎極も返事をしつつ、セルゲイさんと会うのはやめないだろうなぁと思った。


「よろしい。セルゲイにもよーく言っておくからね」

「う、うん」


 そういえば俺たちに組を関わらせないようにという話をしに来たんだったか。

 父さんたちの喧嘩やらなにやらですっかり忘れていた。


「それじゃあ、あんたたちは先に帰りなさい。あたしはあいつが酔っぱらう前に、組をあんたたちに関わらせるなってきつく言っておくから」

「あ、でも、セルゲイさんには俺の口から……」

「いいから任せておきなさい。どうせ子供の言うことなんてまともに聞きはしないんだから。と言うか、子供がヤクザなんかと話しちゃダメ。わかった?」

「わ、わかったよ」


 母さんがそう言うならしかたない。

 話は任せることにした。


「おにい、行こ」

「うん」


 兎極に腕を引かれつつ振り返り、仲良く肩を組んで酒を呷っている父さんたちを眺める。


 ……なんかいいな。ああいうの。


 母さんじゃないが、俺もああいう親友のような関係には少し憧れる。

 俺に男の友人はいない。中学の親友はあんなだったし、今も男の友達はおらず、きっと父さんとセルゲイさんのような友人関係はできないだろうと諦めていた。


 俺たちは部屋を出て屋敷の玄関へ向かう。……と、


「うん?」


 誰かが玄関にあるイスに座っている。

 ヤクザではない。あれは……。


「確かさっきの……」


 俺たちがセルゲイさんのいる部屋へ入ったときにいた高校生くらいの男性だ。一緒にいた白髪のおじさんと帰ったものとばかり思っていたのだが。


「やあ」


 そう言って男性は右手を上げてこちらへあいさつをしてくる。


 やや軽薄そうだが、よく言えば親しみやすそうな顔立ちだ。イスから立ち上がった背丈は俺と同じくらいだった。


「あなたはさっきの……」

「ああ、あなたなんて堅苦しい呼びかたはせんでもええよ。同い年くらいやと思うし、敬語は無しで話そうや」

「あ、は、はあ」


 関西弁。

 そういえば一緒にいた白髪の人も関西訛りがあったような気がする。


「僕は大島真仁おおしましんじ。よろしく」

「俺は久我島五貴。よろしく」

「わたしは獅子真兎極」


 手を差し出されたので握手をする。


 ……思ったよりごつい手だ。

 かなり喧嘩が強いんじゃないかと、俺は直感で察した。


「いやー君らとちょっと話したくてね。親父は先に帰して僕だけ待っとったんよ」

「俺らと?」


 なんの話だろう?

 と言うか、あの白髪の人が父親ってことはヤクザの息子か。いや、親分的な意味の親父かもしれないけど。


 なんか嫌な予感がするなぁと思いつつも、わざわざ待っていたのに話を聞かないわけにもいかなかった。


「話って?」

「ああえっと、その前に聞きたいんやけど、君ってそっちの子の恋人?」

「えっ? いや……」

「恋人っ!」


 そう言って兎極が俺の腕を抱く。


 少なくとも今は違うのだけど……。


「へえ。じゃあ、ちょっと僕と喧嘩をしてくれるかな?」

「け、喧嘩? どうして……?」

「事情があってね。悪いけど付き合ってもらうよ」


 大島の雰囲気が変わる。


 彼は本気だ。

 そう悟った俺は兎極を離して下がらせる。


「おにい、わたしが……」

「彼は俺との喧嘩を望んでいるんだ。兎極は下がってて」


 心配そうな兎極を下がらせ、俺は大島と向かい合う。


「おにいって……君ら恋人じゃないの?」

「家庭の事情があってね。血の繋がりはないけど、兄妹でもあるんだ」

「そうなんか。まあええ。じゃあ……行くよ」


 彼が構える。


 この構えは確かムエタイだったか。

 どうやら格闘技経験者のようだった。

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