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第1話 おにいのわがままな恋人

 俺には中学2年のときから付き合っている幼馴染の彼女がいる。


 美人で胸もそこそこ。

 学校でも1、2を争う美少女で、俺なんかと恋人同士になってくれたのは本当に奇跡のような出来事と思っていたのだが……。


「もう五貴いつきなんて死んじゃいなよ」


 先を歩く長い黒髪の美少女は足を止めて振り返ると、吊り上がった厳しい目で俺を睨みつけた。


 休日。買い物へ行きたいと言うので付き合ったわけだが、一体どれほど買うのか荷物がどんどん増えていく。それを持たされた俺はヒイヒイ言いながら、恋人である工藤天菜くどうあまなについて行っていた。


「ほんと遅いんだから。もっととっとと歩いてよ。わたし、早く次の店に行きたいんだけど?」

「だ、だって天菜、これ本当に重くって……」


 昔の漫画とかで主人公の男がありえないくらいたくさんの荷物をヒロインに持たされている描写があるが、今の俺はまさにそんな感じだ。


「ちょ、ちょっとでも持ってくれれば……」

「は? 女の子に荷物持たせる気なの? あんたほんとサイテーだね」

「いやだって……」

「いいから早く歩いてよね。のろまのグズ」

「はあ……」


 いつもこんな調子だ。

 惚れた弱味と言うか、俺はいつも言われっぱなしで言い返せない。悔しい気持ちはあるが、やっぱ男だし女の子の言うことには我慢しなきゃなっていう、変な男らしさがあった。


「と、というかさ天菜。俺もう金があんまり無いんだけど」


 買い物と食事、それに交通費までぜんぶ俺の奢りだ。天菜のためにと新聞配達で稼いだお金は、いつもこうしてあっという間に無くなっていく。


「はあ? あんた新聞配達とかして稼いでんでしょ? なんで無いの?」

「なんでって、そりゃあこんなに買ったらすぐに無くなっちゃうよ」

「だったらもっと働きなさいよ。怠け者」

「やってるよ。けど、勉強もしなきゃいけないしさ」

「言い訳するなんて男らしくない。と言うか、どうせ馬鹿なんだし、勉強なんてしたって意味無いでしょ? あたしのために働いたほうが有意義だと思うけど?」

「そ、そういうわけには……。高校入試だってあるし。勉強もがんばらないと同じ高校に行けないから……」

「ああまあ……そうだね」


 天菜は冷めたようにそう言う。


「お金無いんだったらもういいや。帰る」

「えっ? あ……そう」

「うん。それ、わたしの家に届けといてね。それじゃ」

「あ、か、帰るなら駅まで一緒に行こうよ」

「あー……えっと、行きたいところがあったから、あんたひとりで帰って」


 と、天菜は俺を置いて行ってしまう。


 残された俺はため息を吐き、しかたないと思いつつ、買った荷物を持ってひとり駅のほうへ向かって歩き出した。



 ……


 …………


 ……………………



 買った荷物を天菜の家に置いて自宅へ帰って来た俺は、自分の部屋に入ると倒れるようにベッドへ身を預ける。


「疲れた……」


 天菜とのデートは本当に疲れる。

 そして楽しくもなんともない。


「俺、なんで天菜と付き合ってんだろ?」


 告白してOKをもらったときは嬉しくて天にも昇る思いであった。

 しかしいざ恋人同士になれば、会うたびに罵倒されるし稀に暴力も振るわれる。天菜とは幼稚園から一緒だが、昔からとにかく気が強くて喧嘩っ早く、ことあるごとに罵倒されたり暴力を受けた。それは恋人同士になっても変わらない。むしろひどくなっているような気もする。


 けど俺なんかにはもったいないくらいに天菜は美人だ。容姿に劣っている俺は我慢しなければならないと諦めていた。


「気が強いと言えば……」


 気の強い天菜だが、かつては強力な天敵がいた。

 天菜の言うことに一歩も引かず、倍にして返すような気の強さだった。


「昔のあいつはすごかったなぁ」


 俺が小学校1年生のときに父親が再婚して、半年ほど年下の義妹ができた。お父さんがウクライナ人とかで、髪色は銀髪で瞳はブルーのお人形さんのようにかわいらしい女の子だ。おとなしい子だったが、あるときから猛獣のような性格に変貌した。


 初めて会ったころはまだおとなしかった。目立つ見た目をからかって泣かせている他の生徒を、何度か俺が追い払ってやった記憶がある。しかしあるときキレたのか、いじめてくる生徒たちを叩きのめしてからは一転して気が強くなり、盛大な喧嘩をして何度も親が呼び出されるようになった。上級生相手にも平気で噛みついて喧嘩三昧。気に入らなければ誰にでも噛みつく狂犬ぶりから、ついたあだ名がシルバーファング。上級生でさえ恐れる喧嘩最強の女の子であった。


 そんな性格なので天菜との相性は最悪で、顔を合わせるたびに罵り合い、取っ組み合いの喧嘩をしていた。


 小学5年生のときに親が離婚して離ればなれになったが、今でも連絡を取り合って稀に会ってもいる。会うたびに外見は女の子らしくなっていき、狂犬なんて言われていたころが懐かしく思えた。


「もう喧嘩なんかしてないんだろうな」


 聞いたことは無いが、以前よりもおとなしい雰囲気なので恐らく喧嘩などしていないのだろう。


 シルバーファングと恐れられていたころから俺とはずっと仲が良い。天菜が俺になにか言ったりすると、代わりに言い返してくれたりと、兄想いなところもあって……。


「うん?」


 不意にスマホが鳴り、俺は画面を確認する。


「幸隆か」


 難波幸隆なんばゆきたか。中学で知り合った親友だ。

 サッカー部のエースで、俺みたいな友達の少ない奴とも気さくに付き合ってくれる良い奴である。


「もしもし」

「お、五貴」

「うん。どうしたんだ?」

「いや、今日の昼間にすっげーたくさん荷物を持って歩いてるお前を見かけてさ。どうしたのかと思って」

「見たなら手伝ってくれてもいいだろ」

「ごめんごめん。俺も予定があったからさ」

「まあそれならしかたないけど」


 幸隆はイケメンで、女子にモテる。

 休日はいつも誰か女の子と出掛けており、今日もそうなのだろうと思った。


「荷物は天菜のだよ。一緒に買い物へ行ったの」

「工藤と? けどお前、ひとりで歩いてたぞ?」

「それは……まあいろいろあったんだよ」


 金が無いからデートは強制終了されたなんて天菜の悪口を言っているようになるので、それは黙っていた。


「そうか。お前も大変だな」

「まあ……うん、お前は今日も女の子とデートか?」

「ああ。いろいろ買わされて参っちまったよ」


 口では参ったと言うが、実際はなんでもないことを俺は知っている。


 幸隆の家は金持ちだ。小遣いも年間で100万円くらいもらっているらしく、金に困るなんてことはありえないだろう。


「今も一緒にいるんだけどさ、高い飯に連れてけってせがまれてさー」

「そうかよ」


 俺のことを心配して電話をかけてきたというより、自慢がしたかったのだろう。気さくな良い奴だが、こういうところはちょっと苦手だった。


「うん? ああ、今行くよ。彼女に呼ばれたから切るわ。お前もいろいろ買わされたり奢らされたりで大変だろうけど、無理はすんなよ。じゃあな」


 と、幸隆は電話を切る。


「無理すんなって言われてもな……」


 無理しなきゃ天菜とは恋人同士ではいられない。

 天菜と恋人でい続けるには、無理をするのはしかたのないことだと諦めていた。

お読みいただきありがとうございます。


ブクマ、評価をいただけたら嬉しいです。

よろしくお願いいたします。

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