もう一人の第一王子
俺様は―――――僕は英雄になりたかった。
きっかけは幼いころ、母に読み聞かせてもらった英雄騎士の物語だった。
圧倒的な強さに憧れた。そして何より、強さに奢らず弱い人たちを助けるその姿勢をカッコイイと思った。
それから僕は強くなるために努力した。魔術も剣術も学問も。ただ憧れの人に追いつくために。
そしてある日、僕は英雄になれないと悟った。
僕には一番大切なものがなかった。才能だ。僕は努力し続けた。その結果は凡人より少し上の程度だった。それを知った父と母の顔は今でも忘れられない。失望、絶望、不信……ありとあらゆる負の感情を向けられた。
それからまもなく弟が生まれた。
それはもう、僕は用済みだということだった。
それから僕に向けられていた期待や注目は全て弟がかっさらっていった。
剣術も魔術も学問も全てにおいて優秀で弟こそが英雄にふさわしいと言っているように聞こえた。
僕はせめて弟の足を引っ張らないようにと思った。
それでもやはり弟は僕よりも一歩先に行ってしまう。
『兄さん、生まれた意味ある?』
弟にそう言われたときはショックが大きかった。
僕の今までのすべてが否定されたように感じた。結局、僕に誰かを救うことなんてできないんだと思い知らされた。
それでも時間は流れていく。
やがて僕が王位を継ぐ時がやってきた。
周囲からは何もなかった。期待も安心も失望や落胆すらも。ただただ無だった。
でもそこに大きな問題が立ちはだかった。
僕は、聖剣に認められなかった。
聖剣は代々王家の象徴とされていた。その聖剣を使えないのは王家として致命的だった。そんなこと、僕自身わかっていた。
しかし他の人たちにとっては僕が考えていたよりずっと重く考えていた。
そして僕より弟の方が王位を継ぐのにふさわしいとの声が大きくなっていった。
しかしランバルト王国には先に生まれたものが家を継ぐのが習慣だった。
その習慣は王家とて簡単に破られるものではない。いや、王家だからこそ破ってはいけない。
なぜならランバルト王国の初代国王様が直々に決めたことだからだ。跡継ぎ争いで内戦を防ぐためだ。
この習慣のせいで王位を継ぐのは僕だと決まってしまっている。どうすることもできない。
そんな中、誰かが言ったのだ。第一王子を殺せば必然的に第二王子が王位を継ぐことができるのではないか、と。
そこからは周囲の僕を見る目が変わっていった。
早く死ね、と。生きている価値などない、と。
それは蔑まれるよりも鋭く突き刺さった。
僕は誰かの足を引っ張ることしかできない。
そして風の噂で僕の暗殺が非公式で決まった。
もう死んでもいいと思った。早く死にたいと思った。
こんな、他人に迷惑をかけるだけの人生なんて不要だ。
僕がいなくなった程度で困る人なんて誰一人としていないのだから。
そして僕の目の前にあのお方が、ダリューン様が来てくださった。
ダリューン様は僕の憧れの人、アルス様の隣で戦っていた方で、僕たち王家の祖先だ。それこそ数千年前の人間であるはずなのにどうして今生きているのか。どうして魔族になっているのか。疑問は多くあった。でもダリューン様の『来い』という一言で僕はついていく決心をした。
初めて自分が必要だと言われた気がした。
それがすべての分岐点だった。
ダリューン様に連れてこられたのは北の端にある塔だった。そこはまさにアルス様たちの活動拠点だった塔にそっくり、いやそのものだった。
そこで僕を出迎えたのは黒髪の綺麗な女性だった。その人は僕の前まで来るとこう言った。
『この世界をどうしたい?』
それにすぐ答えることができなかった。前までは魔族から人間を救いたいと思っていたはずなのに、今ではその言葉が出てこない。そのまま僕がだんまりを決め込んでいると
『君は力を欲するか?』
次は即答だった。力がなければ何もすることができない。したいことができない。だから僕は力を望んだ。
そして言われるがまま僕は魔族に生まれ変わった。
魔族の身体はとても便利だった。
まずは人間だったころに比べて魔力が飛躍的に上昇した。それこそ人間では決して得られない、耐えられない量だ。そして分かったのが僕には闇系統魔術の才能があるということだ。
これまでは詠唱魔術というなんとも非効率で無価値なもので魔術を行使していたため上手く扱えなかった。しかし新たに得た無詠唱魔術は最高だった。
速度、威力、扱いやすさ。すべてにおいて詠唱魔術を上回っていた。そんな技術を身に付けた僕に人間が敵うわけもない。
そこから墜ちていくのは簡単だった。
最初に人間を殺したのはいつだったか。もう覚えてないほど昔のことだ。
きっかけは何だっただろう。確か僕の姿を見て罵倒してきたのだったか。それに僕は怒って殺してしまった。
罪悪感はあった。でもどうしてか爽快感もあった。それは今まで閉じ込めていたものが発散されるような気持ち。
そうして僕は弱者をいたぶる快楽を知ってしまった。
そうして幾度となく気に食わない人間たちを殺してきた。殺した人間の数は数えきれない。中には国から派遣されたらしい大規模な討伐隊が送られてきたこともあった。
その時ほど闇系統魔術が素晴らしいと思った瞬間はない。
俺様が半数を闇系統魔術にかけるとやつらは突然同士討ちを始めた。あの惨状はまさに地獄絵図のようだった。
信じていた仲間には裏切られ、酷い罵倒を受けながら攻撃される。心の底からの叫びだからかその言葉の威力は高いものだった。攻撃してきた相手を殺してもそれは仲間だった相手。罪悪感がこみ上げてきて叫びだすものもいれば狂いだすものもいた。逃げ出す奴もいたが背中を向ける相手を殺すなんて容易いこと。結局、その討伐隊は文字道理、全滅した。
その光景が今でも忘れられない。その理由は分からない。でもこの時に思ったことは一つだけある。
『僕は、本当にこんなことがしたかったのだろうか』
この疑問に答えてくれる人なんていない。そもそも間違っていたところで引き返すことなんてできやしない。もう進むしかない。
僕の後ろには大量の屍がある。彼らを殺したことに後悔はない。だけど迷いもある。
そして今日、あのバカ王子と出会った。
バカ王子は闇系統魔術にかかったにも関わらず正気に戻って俺様を倒した。
いったいなぜそんな真似ができたのかわからない。でも彼は強かったのかもしれない。自分の弱さを受け入れることができていたのかもしれない。
そしてバカ王子に殺されたことでようやく楽になれたと思った。
その感覚があった時、俺様は自分を疑った。
あんなに人間を好きで殺していたはずなのに、どうしてここまで心が晴れやかになるのだろう。もう自分自身のことが分からなくなった。
でもバカ王子に何をしたかったのか言われたときに一つだけ頭に浮かんだ言葉があった。
僕は、英雄になりたかった。
それは自分の中でストンと入った。どうしてこんなに心が晴れやかなのか、それはもう自分が人間を殺さなくて済むからだと気付いた。
どうして俺様は忘れていたのだろうか。いや、気付かないふりをしていたんだ。もし気づいてしまえば俺様の中で何が終わってしまう気がしたから。
こんなもの身勝手だ。許されないかもしれない。むしろ許されるわけが無い。気に食わないからと、楽しいからだと人間を殺しておきながら心の底では殺したくなかったなんて。自分で言っていても反吐が出る。俺様は英雄ではなく悪魔に変わり果ててしまっていた。
悪魔は物語で英雄の手で殺される。でも俺は英雄でもない雑用に殺される。俺は悪魔にさえなれなかった小者なんだ。でもそれでいい。俺様は物語に必要ない。これは罰なのだ。自分勝手な理由で人を殺し、誰かの大切なものを奪い、好き勝手した俺様の。
でも、こんな俺様の願いが叶うなら、どうか―――――――
「世界を、平和に………」




