想定外
ガーリングがジークの意識に入り込んでいるころ、ガーリングの婚約者たちはニクレマンと戦っていた。
「次の相手はカワイ子ちゃんたちかぁ。たぁくさん遊ぼうねぇ」
ニクレマンは相手がフィリアたちだけだと知ると途端に上機嫌になり舌なめずりする。
「私はこれほど魔族に対しても不快だと思ったことはないぞ」
「サイテーですね」
「あなたのような下衆にお兄様は………!」
ニクレマンに対して三者三様の不快感をあらわにする。
「その不快感の顔もいいねぇ。それを屈辱に変えるのも最高にそそるねぇ」
ニクレマンは新たに現れた二人の実力を把握していない。二人が魔物と戦っていた光景をジークロットとティーベルの戦いで見ていなかった。
もちろん人数が増えたから警戒はしている。しかしニクレマンはティーベルという強者を知っている。故に彼女ほどの実力者はもういないと思い込んでいる。この二人はどちらもティーベル並みの実力者であるにもかかわらず。
「さっさと終わらせるとしよう」
リーゼロッテはそう言うと剣を構える。
「『三段解放』」
それはリーゼロッテが使える最高段階。つまりリーゼロッテの本気である。
「私も行きます」
フィリアも短剣に魔力を込める。
「いいよぉ。きなよぉ」
「「はあ!」」
短い気合の声とともに駆け出す二人。その速さは強化なしでは肉眼で見ることはできない。
「うおっ!?」
ニクレマンは二人の攻撃を紙一重で躱す。しかし完璧に避けきれず髪が数本斬られる。
「は?なんだよぉ、今のはぁ!?」
ニクレマンはたまらず声を上げる。
「避けられたか……」
「意外と手ごわいかもしれませんね……」
そんな中攻撃した二人は何事もなく淡々としていた。その事実にニクレマンは震えあがる。
(この二人、さっきの男より格段に強い!しかもあの一撃を避けた俺にノーリアクション。つまりあの程度の攻撃は通常。あきらかに化け物だ。あの魔術師の女といいどうなってやがんだこの女どもは)
ただただニクレマンの中には焦りだけが積もっていく。
「まだまだ行くぞ!」
「逃がしません!」
そして迫りくる二人の攻撃。さらに遠距離からのティーベルの魔術。
ニクレマンは完全な防戦一方、いや回避一方になってしまっていた。
回避に専念するのはものすごいセンスが必要だ。攻撃を見切る観察眼、身体を動かす運動センス、攻撃され続ける忍耐力、そして予知にも近い危機管理能力。ニクレマンは前者二つは平凡だった。それに対して後者の二つはずば抜けていたのだ。
これに関しては彼の人生が大きく関係している。誰からも期待されなかった第一王子。当然に悪口に陰口は日常茶飯事だった。抗おうとしても無駄だとわかっていた、だから耐え続けることしかできなかった。そしてニクレマンは鋼に近い忍耐力を身に付けた。身に付けざるおえなかったのかもしれないが。
さらに彼は暗殺されそうになったことが多々あった。ジークロットがガーリングに話したこと以外にも襲撃の事実はあったのだ。それに対処する度、危機管理能力は高くなっていた。
ニクレマンが生き残っていたのは皮肉にも第一王子として生きていた過去があったからなのだ。
それに対し攻撃だけするのは基本楽だ。ただ攻撃を加え続けるだけでいいのだから。しかし攻撃が当たらなければ焦りが生じてしまう。さらには体力もかなり消耗してしまう。
フィリアとリーゼロッテが加わってから約十分が経過した。
相変わらず婚約者組の方が優勢だ。しかしニクレマンには傷一つない。
それに比べフィリアとリーゼロッテはかなり息が上がっていた。
「確かに強かったけどぉ、持久力はなかったのかなぁ?」
ニクレマンは飄々としながら煽る。それは効果てきめんでリーゼロッテとフィリアの頭に血が上る。
「……ちょっと、いやかなりウザイな」
「さすがの私もカチンときましたよ」
「二人とも落ち着いてくださいまし」
その中で一番落ち着いていたのはティーベルだった。
「焦ってしまえば倒せる相手も倒せなくなってしまいますわ」
かくいうティーベルも内心では焦っていた。
ガーリングも思っていたことだが実力的にはフィリアたち三人で十分に倒せる程度のはずだった。ただニクレマンが逃げに優れすぎていることを見誤ったのだ。
「そろそろショウタイムといこうかぁ!『心闇』!」
ニクレマンから黒い魔力が放出されるのをティーベルとリーゼロッテはしっかりと視た。だから二人は対応しようと身構えることができた。だが一人だけ魔力が見えないものがいた。フィリアだ。黒い魔力は一直線にフィリアへ向かい入り込んでしまった。
「あ、ああああああああああああああ!」
その数秒後、フィリアは苦しそうに絶叫する。ジークロットと同じように。
「フィリア!」
「リーゼ、待ってください!」
フィリアに駆け寄ろうとしたリーゼロッテをティーベルが制止する。
「むやみに近づいては危険ですわ!」
「くっ……貴様!よくもこんな卑怯な手を!」
「卑怯ぅ?これは俺様の戦い方だよぉ?むしろ戦場では何でもありなんだからぁ、君たちの奢りなんじゃないのかぁ?」
「な!?」
ニクレマンの物言いにリーゼロッテは面喰ってしまう。
「さあさあ!仲間同士で戦ってくださぁい!」
「どうして……ですか……?」
フィリアは息を絶え絶えにしながらゆっくりと立ち上がる。
「なぜ立ち上がれる!?俺様の『心闇』が効いていないのか!?」
ニクレマンはが『心闇』を使った相手全員に効いていた。だから知らなかったのである。『心闇』が効かない相手が存在するということを。これはニクレマンの増長が招いた失態であった。
「フィリア!無事か!?」
すぐさまリーゼロッテはフィリアに駆け寄る。
「はい……すいません」
「謝ることはない。ゆっくり休んでくれ」
フィリアはリーゼロッテの肩を借りる。
「『豪炎』!二人は早く―――」
「全員、道を開けろ!」
ティーベルの言葉がかき消されるように一人の男性の声が響く。
その男性は―――――
「お兄様!?」
ジークロットだった。




