心闇①
ここはどこだろうか。
暗闇で俺――ジークロット・フォン・ランバルトは考える。
確か俺はニクレマンという魔族と戦っていたはずだが……
「お前は何だ?」
「誰だ!?」
後ろから声がして咄嗟に振り向く。
「な!?」
そしてそこに立っていた人物を見て俺は目を見開いた。なぜならその人物は俺、ジークロット・フォン・ランバルト本人だったのだから。
「お前は何者なんだ!」
「俺はお前であり、お前は俺だ」
そう言ってジークロット(影)は足を進める。
「何を言っているのかわからないな」
俺は冷や汗をかきながら手にしていた聖剣を構える。
………いや待て、今どうやって剣を取り出した?俺はさっきまで持っていなかったはず。それにこの空間はいったい何なのだ?ニクレマンは直前に魔術を発動していたがこれだったのか?しかしこのような魔術など俺は知らない。
「混乱しているようだな」
ジークロット(影)は不敵に笑う。
「お前はこの空間を知っているのか?」
「俺はお前だ。お前が知らないことを俺が知っているわけないだろう?」
「じゃあお前は何がしたいんだ!」
「何も」
「………は?」
「俺が何もしなくてもお前は何も出来ない。だから何かする必要が無いんだ」
「何だと……」
俺はその言い方にカチンときた。
「はああああああああ!」
俺は手にしていた剣をジークロット(影)に振り下ろす。しかし
「な、んで?」
「どうしてだと思う?」
俺の剣はジークロット(影)の直前で動きを止めてしまった。それからどれだけの力で押してもビクともしない。
「どうする?剣は封じられてしまったようだが」
「そんなもの……」
俺は次の手を考える。しかし何も思い浮かばない。
「どうした?顔が青いぞ?」
「う、うるさい!」
「俺にはわかるぞ。お前の心が」
ジークロット(影)の目が俺を見つめる。その目は本当に俺の全てを見透かしているようで不気味な感じがする。
「お前は弱い。何もできない。だから誰も救えない」
「そ、そんなことない!俺は――――」
「ではお前は誰を救った?」
「それは……」
「お父様は国王として多くの民を救っている。リューク殿は宰相としてお父様を支えている。シュレイナーは騎士団長としてたくさんの人の安全を守っている。そしてガーリングは大事な妹を危機から救い出した。ならお前は?王子として何をした?誰を守った?」
「お、俺、は……」
そうだ。ジークロット(影)の言う通りだ。
俺は誰も自分の手で誰かを救ったことなんてない。
「お前は剣がなければ何もできない」
「それがどうした!」
「今のお前はどうだ?」
「なに?」
気が付くと剣が消えていた。
「お、俺の剣は!?」
「剣がなくなったくらいでその慌てようとは……つくづく能がない」
「クッ……」
ジークロット(影)は嘲笑う。しかし俺は反論できない。事実、剣がなくなった時今までにないほどの恐怖を感じた。
「お前は剣があるから強気でいられる。しかし剣を失えば途端に無敵感は失われる。いつもの自信がなくなる。だからお前は弱い」
「…………」
有無を言わさぬ物言いに俺は歯噛みする。
「だが、俺は次期国王だ。俺が弱くては国が纏まらない」
「その通り。そしてお前は強さを求めた」
そうだ。そのためにより一層剣の修練に打ち込んだ。俺にはそれしかなかったから。
「それでも本物には手が届かなかった。だからお前はガーリングを羨み、妬んだ」
「違う!」
「だからお前はガーリングの上に立つことで少しでも優越感を得ようとした」
「違う!」
「大事の妹を婚約者にすることでガーリングを御そうとした」
「違う!」
「ガーリングがいなければあそこにいたのは自分だった」
「違う!」
違う違う違う違う違う!
ガーリングの力は国を守るうえで有益だったから力を貸してもらっているだけ。
ティーベルを婚約者にしたのはティーベルが望んだから。
ガーリングがいるからあのメンバーが集まっている。
理性ではいくらでも言い訳は思いつく。しかしどれもしっくりとこない。それはわかっている。本能では気が付いているのだ。こいつの言っていることは正しい。俺はそれを認めたくないだけ。
「楽になれよ。もう辛い思いはしなくていいんだ」
「俺は何も辛いなんて思っていない!」
いや、本当はものすごく苦しい。
ガーリングに出会ってから俺の今までのすべてを否定されている気がした。お前の努力は無駄なのだと。まるで嘲笑うように。
実際にガーリングが嘲笑ったわけじゃない。無駄だと言ったわけじゃない。それでもガーリングの才能が、実績がそう訴えてくるように感じる。
「ガーリングをうっとおしく思っている。だがそんな思い、もうしなくて済むぞ」
「ほ、本当か!?」
俺はその言葉に反射的に答えてしまった。それは無意識の肯定だというのに。
そしてジークロット(影)の言葉は耳を疑うものだった。
「―――――ガーリングを殺せ」