王女の独白
わたくしは独りでした。
それは本当に意味での一人ではなく、わたくしの精神的なもの。
わたくしは王家の王女として生を受けました。王族は他の者より身分が高い。その分近くにいるものはいませんでした。でも家族からは愛情を注がれていた。お父様、お母様、お兄様、妹のクリスティーナ。それだけではなく、わたくしを育ててくれた使用人も愛情を注いでくれました。でも、それもわたくしには意味がなくなっていました。
私がそれに気づいたきっかけはわたくしが魔術を使った日のこと。わたくしが魔術の本を読んで見よう見まねで魔術を使いました。それが5歳の頃。その歳で魔術を使えるようになるのは異例らしかったようです。それからわたくしは魔術のことを重点的に教わるようになりました。そしわたくしは順調に魔術を習得していくことができました。8歳の頃には適正のあった火属性魔術の中級魔術まで発動できるようになっていました。中級魔術は魔術師として1人前になったという証。それを10歳にも満たない子供が発動できたとなれば、それはもう大騒ぎでした。
『王女様は天才だ』
『この力があれば――――』
それから貴族たちがわたくしを見る目が変わっていきました。王族で魔術の天才、しかも容姿が優れている(自分で言うのもなんですが)。
もしわたくしを取り込むことができたら貴族としての地位だけでなくその家の力そのものが強くなる。そう考えた貴族たちはこぞってわたくしに子どもとの婚約の申し出をしてきました。それは下心が見え見えで人間不信になるのは時間の問題でした。
それでもわたくしがこうしていられるのは家族、使用人、そしてリリアのような数少ない仲良くしてくれた友人ともいえる人たちのお陰だと思います。家族はわたくしに変わらずの愛情を注いでくれました。使用人はわたくしのことを考えてくれていました。友人はわたくしを純粋に尊敬してくれました。だからこそ最低限の人の温もりを忘れないで過ごすことはできました。でも、わたくしの心が満たされることはありませんでした。
『ティーベルはよくやっているな』
お父様からの言葉も違う。よくできているのは才能があるから。
『ティーベル、期待していますよ』
お母様からの言葉も違う。それはわたくしに才能があるから。
『ティーベル王女は天才ですね』
家庭教師の言葉も違う。この人はわたくしの才能しか見ていない。
わたくしが求めていたのはこんな上っ面だけの言葉ではない。重いようで軽い。心配も賛辞もすべてわたくしであってわたくしではないものに向けられている。こんな言葉、わたくしのことを見ているようで見ていない。わたくしは――――
『ティーベルも一緒に行こう』
お兄様。
お兄様は剣の天才と言われていました。お兄様ならわたくしのこの感情をわかってくれるかもしれません。同じ天才と呼ばれもてはやされているお兄様なら。
ですが、それも幻想にすぎなかったのです。
『ジークロット様、まだやるんですか?』
『もちろん!』
それはわたくしが見たお兄様の稽古の様子。
お兄様は当代の騎士団長に剣の稽古をつけてもらっているようでした。その様子はとても楽しそうで輝いていました。騎士団長もお兄様との稽古を楽しんでいるように見えました。そこには確かな信頼関係があるように感じて、わたくしはそれが羨ましかったのです。お兄様にはお兄様として見てくれる人がいる。お兄様の心はすでに満たされているのだと、感じ取りました。
わたくし自身を見てほしい。ただそれだけの願いは叶わない。
それから12歳となり学校に入学することとなりました。これからは様々な人と交流することになることにわたくしは酷く不快でした。今までも下心丸出しで近寄ってきていた者がいたのです。それが学校に入れば一日中付きまとうことになります。それはわたくしにとっては我慢なりません。しかしわたくしは王女として、英雄学校に入学しなければなりません。それが愛してくれた家族の恩返しのひとつになるのだから。
学校の入学試験に行くと想像通り、下心丸出しの視線が向けられました。
『ティーベル王女様よ』
『どうにかお近付きになれないかしら?』
『もしここでかっこいいとこ見せたら』
『婚約者がいないならなれるかもしれない』
男女関係なく視線は向けられ居心地が悪いものでした。
わたくしの心は満たされません。いくらわたくしが強くなって、努力してもも満たされません。わたくし自身、どうしてなのかはわかりません。でもわたくしの心は乾いていました。わたくしの才能しか見ていない。誰もわたくしそのものを見ようとはしてくれなかった。
そんな時、彼を見ました。ガーリング・エルミット。入学試験で無詠唱魔術を使った逸材。これほどの力の持ち主なら自由はありません。この力を国のために尽くさなければなりません。だからわたくしは彼に声をかけました。彼ならきっと、わたくしの乾いた心をわかってくれると思っていましたから。
でも彼も違った。お兄様と同じで満たされていました。そんなに力を持つのにどうしてそこまで心が満たされているのかわかりませんでした。その力を欲する人たちの下心に晒されてきたはずです。自由がなかったはずです。才能しか見られなかったはずです。なのにどうして?
わたくしはそれが許せませんでした。だからどうにかして困らせたくて、嫌がるならとそばにいることを選びました。どうしてそうしたかわからない。でも無性にそうしたかったのです。
でも彼と過ごして少しずつ心が満たされていくのを感じました。どうしてでしょうか。わたくしはなぜこんなにも満足しているのでしょうか。彼に魔術を教わって褒められる度に心の底から暖かいものを感じました。今まで他の人に魔術を教えてもらって、褒められてもこんな気持ちになったことはありませんでしたのに。
『ティーベルは本当に強いんだな』
それはガルさんに言われた言葉。他の誰にも言われなかった言葉。「すごい」ではなく「強い」。
『きっと辛いことがあっただろうがそれを乗り越えてきているんだろ。充分強いよ』
その時のガルさんは遠い目をしていた。まるで何かをわかっているように。わたくしの心に寄り添ってくれるような安心感がありました。わたくしの才能ではなく、わたくしを――ティーベル・フォン・ランバルトという一人の少女として見てくれた。今まで誰からも感じなかったものを。
『俺がもっといろいろ教えてやるからな』
その目、声からは下心が見えず、純粋に楽しんでいるようでした。今までの家庭教師はわたくしが教えることを吸収するごとに自分の手柄とする人だった。でもこの人は違う。
『ティーベル!』
リリアは昔よりも深く、親友のように接してくれて。
『ティーベルさん!』
フィリアはわたくしを純粋に慕ってくれて。
その時間がとても愛おしく感じました。何よりもうれしかったのです。この時間を、この人たちを守りたいと思いました。そして私わたくしは気付きました。わたくしが欲していたのは家族のぬくもりでも使用人からのやさしさでも友人からの尊敬でもない。
本当にわたくしが求めていたものは――――――――




