不穏な兆し
1ヶ月後。
多くの人が無演唱魔術の練習に慣れきていた。使えるものもチラホラと見える。そんな中で一人、未だに頑なに拒み続ける者がいた。ヨノーグスだ。
「俺は認めん!無演唱などという邪道!演唱こそが正道なのだ!」
「ヨノーグスさん、いい加減にしてください。あまり授業の邪魔ばかりしていると退学にしますよ」
「この俺に脅しだと!?お前こそわかってるのか!?公爵家である俺を敵に回したらお前はこの学校にいられないんだぞ!」
「ヨノーグスさん、それはわたくしにも言えますか?」
「それは――――ティ、ティーベル様!?」
「無演唱魔術の実用性は計り知れません。お父様も学校で学ぶようにと指示しています。もし無演唱魔術を学ばないのであれば反逆ということになりますわよ」
「し、しかし今まで演唱魔術が正道だったのに急に手のひら返しはあまりにも演唱魔術に対して不義理ではないですか!?他の奴らもそう思うよな!?」
ヨノーグスがそう言うとクラス全員が目を背ける。
「な、なぜ同意しない!公爵家の俺が言っているのだぞ!」
「あまりこういうことを言いたくありませんが、わたくしは王族です。それともあなたは王族に楯突きますか?」
「そ、それは…」
「もういいですわ。あなたには謹慎処分を言い渡します」
「なっ!どうして!?俺は無演唱魔術からみんなを守ろうとしているだけだ!それにティーベル様にそのようなことを決める権利なんてないはず!」
「確かにわたくしにはありませんがお父様なら話は違います。頭は冷やしてきなさい。先生、ヨノーグスさんをお願いします」
「わかりました」
先生はヨノーグスを掴むとそのまま連れていった。ミーナ先生は大人とはいえ女性でヨノーグスを連れていくには大変だろうが、無演唱で身体強化を使っていた。クラスの中で俺の弟子以外の一番の成長株は先生だな。
「ガルさん、あなたヨノーグスさんに何かしました?」
「してないよ。そもそも向こうから絡まりにきた記憶しかない」
「それにしても酷い言い草だよね。無演唱魔術はこんなに楽なのに」
「確かに無演唱魔術は身につければ楽だがその分身につけるのが難しい。それに今までの常識が否定されるのは怖いだろうからあいつの言い分は理解できる」
「…以外ですね、ガル様があのようなやからの肩を持つなど」
「別に肩を持ったつもりはないさ。俺もアイツ嫌いだし」
「ずいぶんはっきり言うのね…」
「事実だし」
だがさすがにあいつの演唱魔術に対する執着は並大抵じゃない。何も起きなければいいが…
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「くそ!」
ヨノーグスが王都の屋敷の自室で悪態をつく。
「どうして俺がこんな目にあわなきゃいけないんだ!」
「全くその通りですよね」
「だ、誰だ!?」
暗闇から出てきたのは顔を隠すように黒いローブを来た男だった。
「貴様は誰だ!俺になんの用がある!」
「いえいえ、わたくしはあなたに敵対するつもりはありません。ですので敵意を鎮めてください」
「それを信用しろと?」
「ふむ、そうですね…あのガーリング・エルミットを殺せる、と言えばどうでしょう?」
「っ!それは本当か!」
「もちろん。嘘はつきませんよ」
「ど、どうやるんだ!?」
「こちらをどうぞ」
そう言って男は見るからに禍々しい球体をヨノーグスに差し出した。
「こ、これは?」
「これは『真魔の宝珠』。これを飲むことで莫大な魔力を得ることができます。莫大な魔力を得れば所詮1生徒、即座に殺せますよ。あとは権力も女も思いのままです」
「これがあれば…」
「今飲むのはダメですよ。飲むのは相手に対面した時です」
「わかった。これさえあればあの忌々しいやつをこの手で…ククク」
すでに男は部屋から消え去っていた。