それぞれの思惑
「グ……ァ……ゥ」
「ほらほら!もっと鳴けよ!泣き叫べよなァ!」
「キャア!」
暗い監獄で鎖がジャラジャラと音を立てる。
リリアの頬は赤く腫れ、辺りには血が飛び散っている。
しかしリリアが光に包まれると腫れは引いていく。
それがもう何度目になるだろうか。
「なんで、こんなことするのよ………」
リリアの目元は傷とは違う腫れがある。リリアの目には薄っすらと涙が見える。
光系統魔術では傷は癒せても衝撃と痛みは消えない。
「なんでだぁ?テメェが俺らの仲間を、家族を殺したからに決まってんだろ!」
「か、家族?」
「おいカミラ!お前も殴ってやれよ」
リリアの言葉を無視してブレーズはカミラという魔術師に声をかける。
「わ、私も?」
カミラはおどおどしながらも前に出てくる。
「お前だってこいつらを恨んでんだろ」
「そうだけど……」
「一発いっとけ一発」
「う、うん……えい!」
カミラは気合を入れて拳を振り上げるも力が弱くてポスッという音が出た。
「……いや弱くない?」
あまりの出来事にブレーズも勢いをそがれてしまう。
「う、うぅぅぅぅぅぅぅ……」
カミラは恥ずかしいのか座り込んでしまった。ローブで顔が分からないがきっと赤くなっていることだろう。
「もっとこう、素早く拳をぶつけるんだよ」
カミラに教えるのにもブレーズはリリアをサンドバックにする。リリアは殴られるたびに苦しそうに喘ぐ。
「わ、私が殴ったりするのが苦手なの知ってるでしょ!」
「なら魔術ならどうだ?」
「そ、それなら……『石弾』」
「クゥ……」
「いいねいいね!よくやった!」
リリアが苦しむ姿を見てブレーズは顔を綻ばせる。
「ブラッドたちを殺したんだ。これくらいで終わるわけねぇだろうがよ!」
「っ……そんなの、逆恨みじゃない!」
リリアは負けそうになる心を奮い立たせるためにも叫んだ。少々ヒステリックにもなっているが。
「貴方たちは人を悲しませることに加担した!だから仲間が死ぬのも当然じゃない!私たちはただ困っている人を助けただけ!貴方たちなんかよりよっぽど役に立って――――」
「っせぇんだよ!!」
「ヒッ」
ブレーズはリリアの顔を喋っている途中で掴むと今まで聞いたことない声量で怒鳴った。
あまりの迫力にリリアは怯えてしまった。
「自分たちは社会の役に立ってます?ふざけんないよ!テメェらやあの聖女のせいで困ってる奴が世界にどんだけいると思ってんだよ!お前があのおっさんの言うことに素直に頷いてれば、あの聖女がさっさと勇者パーティに入ればどんだけのやつが救われると思ってんだよ!」
それはブレーズの魂の叫びのようでリリアは口を挟めない。
「勇者パーティの実力は分かってる。俺たちじゃ手も足も出なかった。そんな勇者パーティなら魔族や魔物をもっと殺すことができる!でもなんで勇者パーティが戦わないか知ってるか?回復役がいないんだよ。少なくとも勇者パーティの実力に似合う程度には強くなくちゃなんねぇんだ。それがお前かあの聖女なんだよ!お前らが決めないせいでどんだけの人が苦しんでんのかわかってんのかよ!」
ブレーズは言い終わるとゆっくりと離れる。興奮しているのか吐く息は荒い。
「な、なんで貴方がそんなこと気にするのよ!」
「……俺たち『餓狼の牙』は全員、家族を魔族か魔物に殺されてんだよ。俺たちだってテメェらが殺した奴らだって。カミラなんて顔に酷いけがを負って普段顔を隠して人前に出るのを怖がっちまうようになった。ひでぇだろ。」
ブレーズはカミラに目を向けるとカミラはゆっくりとフードを外す。そして出てきたのは額から鼻筋までざっくりと切り裂かれたような跡が生々しく残っている。
「俺たちは身寄りがない者同士家族同然として生きてきた。五人で生きていこうって決めてたんだよ!でもテメェらは俺たちの家族を三人も殺したんだ。恨んで当然だろう!確かに勇者パーティがもっと早く活動していてもきっと俺たちの家族は救えないのはわかってる。でも勇者パーティが戦えるようになれば苦しむ奴は減るんだよ!」
ブレーズの言葉はリリアに突き刺さった。暴力よりも深く、急所に。
「なによ、それ……まるで、私たちが悪いみたいじゃない……」
それからは攻撃されるたびにリリアの中にあった何かが砕け散っていくような音がした。
「それで、首尾は?」
「問題ないのですよ」
ハイゼルヘン邸の政務室には二人の人影がある。
一人は恰幅のいい男性とフードを被った魔術師。―――グリーリッシュと『餓狼の牙』のもう一人の魔術師だ。
「彼らはきっといい感じにリリアちゃんを壊してくれるのですよ」
「だといいがな」
「信用していないのです?彼らはわざわざ私が推薦したのですよ」
「というか貴様はあの場にいなくてもいいのか」
この地にいる間、『餓狼の牙』は六人で活動していた。変な綻びが出るのは避けたい。
「大丈夫なのですよ。これがあれば問題ないのですよ」
そう言って取り出したのは黒いペンダントだ。
「それは、人工遺物か?」
「似たようなものなのです。これの能力は洗脳、私の存在に疑問を抱かなくなるだけなのですよ」
「……私にも洗脳していないよな?」
「もちろんなのですよ。そもそもこのペンダントは認識阻害しかできないのです。グリーリッシュ卿に使う意味はないのですよ」
「そ、そうか……」
それはつまり意味があれば使うと言っているようなものでグリーリッシュは冷や汗を垂らす。
「そんなことより、こちら約束のものなのですよ」
「おぉ!これが!」
魔術師がグリーリッシュに渡したのは禍々しい球体、『邪魔の宝珠』だった。
「これがあれば私は高みへいける!」
本来、『邪魔の宝珠』を知っていればすぐに捨てるだろう。しかしグリーリッシュにはそんな予兆はなくむしろ嬉々として受け取っている。
「せいぜい楽しく踊れなのですよ」
魔術師は誰にも聞こえないように小さく呟くと口に笑みを浮かべた。