特別
「ん………う……」
リリアが目を覚ますとそこは薄暗い空間だった。
「ここはどこ?」
そこで違和感に気付く。
手と足が拘束されている。
「こんなもの……!」
身体強化魔術で拘束を引き千切ろうとするもガチャガチャと音がするだけで全く壊れる気がしない。
「お、目が覚めたか」
声のする方を見ると男とローブを羽織った魔術師が二人。そしてリリアは彼らに見覚えがあった。
「『餓狼の牙』……!」
「昨日ぶりだな、嬢ちゃん」
グライブは穏やかな口調とは裏腹に目は今にも射殺しそうに睨んでいる。
「仲間を半分も殺された負け犬の分際で――――」
リリアが最後まで言い切ることはなかった。
グレイブにお腹を殴られたのだ。
「ガ……ア……」
あまりの痛さと衝撃に少女とは思えない声をあげてしまう。そう《《痛み》》だ。
それはこれまでリリアにとって関わりのないものだった。
「な、んで……?指輪、は?」
リリアの目には何もない左手しか映っていない。
「指輪……指輪はどこにやったの!?」
リリアは痛みを忘れてグレイブに突っかかる。
「指輪?そんなもん知らねぇよ」
「そんな……」
リリアの顔が絶望に染まる。
それを見てグレイブの顔は喜色に変わる。
「そんなに大切なもんだったのか。それはご愁傷様。もう見つからねぇと思うがな」
「っ!」
リリアはグレイブを睨みつける。
「どうせあんたは負け犬よ!」
「っせんだよ!」
「くっ!」
今度は蹴りを入れる。
リリアの口の中に血の味が広がる。
「俺たちは狼だ。狼は仲間の仇は取る。絶対にだ」
グレイブの一オクターブ低い声にリリアは本能的な恐怖を感じる。
「何を騒いでいる」
入り口から誰かが入ってくる。その声は聞き覚えがあった。
「グリーリッシュ、枢機卿……」
この人物が関係していると思わなかったわけではない。
こんな施設を用意できる人物を他に知らなかった。それに檻の様子はリリアには見覚えがあった。
「旦那、こいつどうするんですか?」
「きゃっ!」
グレイブはリリアの髪を乱暴に掴む。
「あまり雑に扱うなよ」
「どうせ光系統魔術で治せるんだからいいだろ」
「痕が残っては困る」
「じゃあ跡が残らねぇようにすりゃいいんだろ」
「あぁ」
二人のやり取りにリリアは呆気に取られてしまう。
まるでリリアを拷問にでもかけるような会話をしている。
「なんでこんなことを?」
目的が達成できないとわかれば解放してくれるかもしれない。そんなわずかな望みをかけてリリアは問う。
だがリリアはわかっていた。開放などあり得ないと。
「それは貴様が聖女を逃がしたからであろうが」
これまでの穏やかなグリーリッシュとは思えないほど低い声がする。
「貴様が素直に聖女になっていればこんなことにならなかったのだ」
「何を言って?」
「今から聖女になって勇者パーティに入るというのなら解放してやらなくもない」
「どうして私が聖女になんかに……」
「私が世界で名声を得るためだ」
グリーリッシュの目は酷く濁っている。まるで欲そのものだ。
「貴様も他の者も全員私の駒にすぎんのだ」
「なっ……」
あまりの物言いにリリアは絶句してしまう。
「それに貴様にとっても悪い話ではなかろう?貴様はあの三人に対して劣等感を抱いているのだろう?」
「っ!」
リリアは顔を痛みに耐えるかのように滲ませる。
「こいつらの話を聞くと貴様は戦えないらしいではないか。それに貴様が思い悩んでいることはわかっていた。どうする?聖女になれば貴様だけの特別な存在になれるぞ」
「私だけの……」
リリアは少し熱を浮かされた声で呟く。
しかしすぐに何かに気が付くとグリーリッシュに問いかける。
「そうなった場合、セシリア様はどうなるの?」
「殺すに決まっている」
即答されてしまいリリアは言葉を失う。
そもそも聖女になったからと言って本当にガーリングの特別になれるのか。セシリアを犠牲にして得た特別を果たしてガーリングは喜ぶのか。
それに勇者パーティに入れば自分の身がどうなるかわからない。
リリアは最初に会った勇者の行動を思い出す。正直下品だ。手の速い勇者のことだ。手を出すに決まっている。
拒否したとしても勇者パーティを追い出されたら聖女の肩書きを失う可能性がありそうなってしまえばリリアは何者でもなくなってしまう。
汚れてしまった体をガーリングがどう思うのか考えただけでリリアは吐き気がする。
「私、は………」
「……ふん!」
答えを出す様子がないリリアにしびれを切らしたのかグリーリッシュは檻から出ていく。
「こいつを説得させろ。手段は問わん」
「了解だ」
グリーリッシュが檻から出たのを確認してグレイブは笑みを浮かべる。
「んじゃ、死なねぇように歯ァ食いしばれや!」
そこから先は地獄の始まりだった。