聖女救出③
聖都はお祭り騒ぎになっている。
人だかりができて屋台も大通りにずらりと並んでいる。
そんな賑やかな街の路地裏を走る四つの影があった。
「それにしても今日は本当に人がいないですね」
フィリアが辺りを見渡しても誰もいない。
「ここにいないだけで表にはたくさんいるぞ」
「それはわかっていますが……」
「でもフィリアの言いたいこともわかるかも」
リリアも自身が走る路地裏を見渡す。
「外からは人の声がたくさん聞こえても私たちの視界に誰もいないと不気味だよね」
「無駄口をたたいてないで急ぎますわよ。今回はなるべく速やかに事を進めることが必須ですから」
少々浮ついている三人にティーベルが注意を入れる。
「見えてきましたわ」
四人の視界に目的の屋敷が入る。
「そういえばどうやって入るんだ?」
「どうやってそれは……どうやって?」
リーゼロッテとリリアは首をかしげる。
「正面から突破するのは除外ですね。だとすると裏口からの侵入になりますが……ティーベル様、屋敷の地図を見せてください」
「は、はいですわ……」
フィリアの勢いに気圧されてティーベルは素直に従う。
「裏口は屋敷に二つあるようですね。ティーベル様、屋敷の魔力反応を調べてください」
「まかせてくださいまし……一階の魔力反応は五つですわね。地下は七つですわ」
「それではこの地図に反応のある場所に点を書いてください」
そして地図にかかれたのは一階に通路に三人、隠し通路を守るように二人がいるようだ。
「東の裏口が手薄のようです。そこから潜入しましょう」
「「「はい」」」
この場はフィリアが完全に支配していた。
裏口は当然鍵がかかっている。外からは鍵なしでは入れない。
「ここは強行突破しましょう。さすがに鍵なしではどうしようもできないですし」
「ならばここは私の出番か」
リーゼロッテか剣を構える。
「ここはわたくしにまかせてくださいまし」
リーゼロッテが剣を振る直前でティーベルが待ったをかける。
「わたくしなら何とかできるかもしれませんわ」
「どうやって?」
「まずは『水球』で鍵の型を取りますわ。そこから『氷柱』で水を固めることで臨時の鍵を作ることができますわ」
「そんなことができるの!?」
「見ててくださいまし」
そう言うとティーベルは魔術を発動する。すると本当に氷の鍵が作られた。
「これならば扉を破壊する必要もないでしょう」
「すごいね、ティーベルは。そんなこと、誰にも真似できないよ」
「わたくし取柄は魔術だけですもの」
ティーベルは氷の鍵を使って扉を開ける。
「それでは行きましょうか」
今度はティーベルが先導する。
「やっぱりみんなすごいな」
「どうしたフィリア?早く行くぞ」
「………うん!」
フィリアの顔に残った影は一瞬にして消え去った。
一階での戦闘はすぐに終わった。
どうやら一階の見張りは戦闘向きではなかったらしい。
服装から見ても従者だったのだろう。だとしても多少は戦闘の心得があったのだろう。
しかし相手が悪すぎた。一般人相手ならまだしも人類最強の『英雄騎士』直々に訓練された彼女たちに敵うはずもない。
五人とも倒れてはいるものの息をしている。怪我が悪化しないようリリアが光系統魔術で回復をしていく。
絵画の仕掛けも難なく突破して地下への隠し通路が現れる。
「本番はここからです。気を引き締めましょう」
「では私が先陣を切ろう」
「お願いします。最後尾は私が行きます」
四人は連携を保ちつつ地下に下がっていく。
「確か三人が見回りで三人が見張りだったよね?」
「そうだな。少なくとも最終防衛ラインとして上の者たちより手練れだろうし戦闘も激しくなるだろう。ここからは殺しをメインにしていこうと思うが、どうだ?」
「賛成です。見張りの人たちには悪いですが手加減できるとも限りません。確実を期すためには仕方ない犠牲とも言えます。助けるほどの思い入れがあるわけでもありませんし」
フィリアはなかなかに辛辣なセリフを言う。
「シッ!静かに!」
ティーベルの一声で全員が黙る。
微かに靴音が遠くから聞こえる。
「地下だけあって音がよく響きますわ。音を当てずに進みましょう」
ティーベルの言葉に三人が無言で頷く。
リーゼロッテは角まで来たところで立ち止まる。
「暇だなー。金がもらえるのはいいがやることがなさすぎんだよ」
男が一人、角の先を歩いている。
リーゼロッテが後ろの三人と目配せをする。全員が頷くとリーゼロッテは背後から男に斬りかかった。
「ぐっ……」
突如のことで男も反応できなかったのかあっさりと斬られてしまう。
喉元を正確に斬られてしまったせいで声が出せない様子だ。
これで一人撃破だと思われたが男は最後の抵抗とでもいうように抜剣して地面に勢いよく突き刺した。金属音が地下に響き渡り異変を感じ取った他の五名が近づいてくるのが音でわかる。
「最後で厄介なことをしてくれたものだ……ここからは真っ向勝負といこう」
リーゼロッテの言葉で全員が臨戦体勢に入る。
集まった敵は盾役が一人に剣士が二人、魔術師が二人という構成だ。
「くそ!ブラッドがやられたか!」
敵の一人がリーゼロッテの足元に転がっている遺体を見て声を荒げる。
「貴様らは絶対に殺す!」
敵は殺意満タンのようだ。
「なら私たちを倒してみろ!」
リーゼロッテがいち早く前に出て剣を振るう。
すかさず盾を持った男が前に出てこれを防ぐ。
「お、重い……!」
しかし思ったより攻撃に重みがあったのか体勢を崩す。
「すいませんが、死んでください!」
その隙を見逃さずフィリアが後ろから斬りかかる。
相手側もそれを見越していたかのように剣士の女がフィリアの短剣を防ぐ。
もう一人の剣士の男がフィリアに迫る。フィリアはそれを察知して後ろに飛んで戦線離脱をする。
ティーベルはフィリアが下がった瞬間に『雷槍』を二本放つ。ティーベルの魔術は的確に相手に迫るが後方に控える魔術師の魔力障壁で防がれる。しかし一人では荷が重かったのか『雷槍』の一本が貫通する。
するともう一人の魔術師が『砂塵』で壁を作りもう一本の『雷槍』も防ぎきる。
その間にリーゼロッテは盾役の男に向けてもう一度斬りかかる。盾役の男も体勢を立て直してしっかりと防ぐ。今回は力負けせずにリーゼロッテの剣を完全に防ぐ。
「なっ!」
そのことにリーゼロッテは驚くも一瞬のすきに剣士の男に間合いを詰められてしまう。
振るわれた剣を体を捻って躱すとリーゼロッテを庇うようにフィリアが前に出る。リーゼロッテはいったん後ろに下がって立て直す。フィリアも剣士の男の追撃を受けとめるといったん下がる。
「まさかここまでの相手が出てくるとは思いもしませんでしたね」
フィリアは驚くような反応をするものの表情には出さない。
「こっちも俺らと互角に戦える相手がいたことに驚きだね。ブラッドがやられたのも納得がいく」
剣士の男もフィリアたちを称賛する。
「その強さに敬意を表して名乗ろう。俺たちは『餓狼の牙』って言うパーティだ。そしてそれが貴様らを殺す俺らの名だ」
男の目はまるで飢えた獣のように獰猛にギラついていた。