聖女の行方②
「それは、希望……ではないのですよね?」
聖女、ブレーズの妹が誘拐されてから半年が経っている。普通に考えれば生還は絶望的だ。
もしかしたらブレーズは現実を見たくなくて妹のことを生きていると思い込んでいるだけかもしれない。
「確かに希望も混じっているかもしれません。ですがグリーリッシュ枢機卿の性格からも考えられるのです」
「そうですか?」
俺はそうは思えない。あのような者たちは自分の危険分子となると判断すれば容赦なく殺す。
聖女が誘拐されたのならばグリーリッシュにとって聖女は危険分子と判断されたということになる。
そうなれば聖女の生存は絶望的と言わざるを得ない。
「グリーリッシュ枢機卿は非常に慎重で臆病な性格をしています。それが妹の生存の大きな要因だと考えています」
「それならむしろ危険なのでは?」
「そんなことありませんよ」
ブレーズは首を横に振る。
「彼は自分の立場を脅かすことは絶対にしません。彼が妹を誘拐したのは私が『教皇派閥』に属しているからです。私が『教皇派閥』であれば身内である妹も自然と『教皇派閥』に近くなります。そうなってしまえば『グリーリッシュ枢機卿派閥』は『教皇派閥』と『聖女派閥』の二つを相手にすることになってしまいます。いくら強大な力を持っていようと教皇様と聖女を同時に敵に回すことは危険が大きすぎる。そこでグリーリッシュ枢機卿は妹を誘拐することで『聖女派閥』を停滞させる目的があるのでしょう」
ふむ。それならば理解できる。
「しかしそれならば聖女を始末してしまった方がより確実なのではないですか?聖女が亡くなったのであれば別の聖女が選ばれるでしょうし」
「ありえませんよ。そもそも聖女の選定条件は知っていますか?」
「それは……」
俺は口を閉じる。よく考えてみれば聖女のことは外側しか知らなくて内側のことは何も知らない。
「聖女は誰でもなれるわけではありません。聖女になる前提条件として光系統魔術を扱えることがあります。幼いころから光系統魔術の才能のある少女たちは全員教会で聖女になるためさまざまな試練が行われます。その試練に残り最終的に"秘術"を習得できたたった一人の女性に聖女の称号が与えられます」
「"秘術"……ですか。それはどのようなものなのかわかりますか?」
「詳しいことはわかりません。教皇様も扱う聖女ですらその全貌はわかっていません。唯一知られていることは『英雄騎士』アルス様とともに戦ったサラミネ様が行使していたとされていることのみです」
サラミネ。序列十位だった光系統魔術使いだった。
光系統魔術使いでありながら実力主義である組織でトップ十に入るのはどうなのかと思うが今は関係ないので気にしないでおこう。
サラミネが使った魔術となると彼女の固有魔術なのかもしれない。
しかし固有魔術は普通他人には真似できない。なぜなら固有魔術はその人の性質に大きく左右されるからだ。
だとするといったいなんだ?
「……聖女様が特別な存在なのはわかりました。しかしそれが聖女様の生存にどのようにつながるのでしょう?」
考えに耽って固まってしまった俺の代わりにライカーンが質問をする。
「聖女は簡単に替えがきかない存在であるということです。さらに聖女は政治的権力はありませんがミニナリア教にとっては非常に重要な存在です。そんな存在が一年以上姿を見せないことは教会の沽券にかかわります。そこで一番のダメージを受けるのが今一番勢いのあるグリーリッシュ枢機卿です。しかし彼はそれを良しとしない。聖女が替えがきかないのであればそう簡単には殺しはしないでしょう。もし殺すとするなら妹の代わりに聖女になる人物が現れたときでしょう」
ブレーズの話を聞いて俺たちは冷や汗が止まらなかった。
「あ、あのー……」
リリアが俺たちを代表して気まずそうに手を上げる。
「何かな?」
「じ、実は私、グリーリッシュ枢機卿に聖女にならないかと誘いを受けていまして」
「………………………」
「まだ誘いを受けてはいませんが、グリーリッシュ枢機卿が新しい聖女を探しているのは間違いないかと」
「………………………………そうか」
ブレーズは静かに紅茶の入ったカップを持つ。
ブレーズは案外冷静のようだ。
……いやめっちゃ動揺してる!カップがガタガタ震えてるしそのせいで紅茶がこぼれて床がびちゃびちゃになってしまっている。
「すみません。お見苦しいところをお見せしました」
少し間を置いてブレーズは落ち着きを取り戻す。
「さて、詳しく話を聞きましょうか」
あ、ダメだ。この人まだ動揺してる。膝がプルプル震えてるわ。
「グリーリッシュ枢機卿は私に勇者パーティに入って聖女になってほしいという旨を伝えられました」
「それにリリア嬢は何と答えたのかな?」
「一応断ったのですが諦めていませんでした」
「なるほど。ちなみにですが"秘術"については何か聞きましたか?」
「何も聞いていません。私を聖女に認定しようとしたのも私が有名な光系統魔術使いだということが理由だそうです」
「っそうですか。どうやらグリーリッシュ枢機卿はなりふり構ってはいられないようですね」
ブレーズは深く考え始める。
「よければ私たちが妹さんを取り返しましょうか?」
「え?」
リリアが思ってもいなかった提案をする。
「私たちは部外者ですしこの街では動きやすいですし」
「し、しかしそれではみなさんに迷惑が―――」
「そんなことありませんわ」
ブレーズの言葉をティーベルが遮る。
「これは打算でもありますの。聖女様に恩を売れば将来何かの役に立ちますでしょう」
「そうだな。それに身内を助けたい気持ちは痛いほどわかる」
リーゼは懐かしむように目を細める。彼女はこの中で唯一身内を亡くしている身だ。きっと彼女にしかわからない気持ちがあるのだろう。
フィリアも何も言わないとすれば賛成なのだろう。
俺以外はみんなやる気みたいだ。ここで俺が水を差すのは野暮というもの。
「仕方ないな……俺たちが力になります。大船に乗った気持でいてください」
こうして俺たちは思わぬ事態の連続で聖女救出を行うことになった。
「ちなみに妹さんの名前は?」
「セシリアと言います」
「いい名前ですね」
聖女の名前について最後に出したのは名前を出す機会がなかったからです。
決して!忘れてたわけじゃありません!忘れていたわけじゃありません!(大事なことなので二回言いました)