大人
一日目。
俺たちは早速襲撃にあっていた。魔物―――ではなく盗賊に。
それは数分前のこと。
途中まではは順調な旅であった。
「このメンバーの中で言うのはアレなんですけど僕は一応これでも魔術は得意な方なんですよ」
「そうなのですね」
「ティーベル様と比べれば劣りますよ」
ほとんどの人間がそうだろうよ。
「これでも伯爵位を持つ家の当主ですからね。僕がしっかりしなくては守りたいものも守るべきものも守れません。だからこそ僕は努力したのです。皆さんの中には迷いを持つ人もいるでしょう。迷うことがいけないとは言いません。ですが努力は迷いを断ち切ることにもつながります。そのことをどうか忘れないでください」
突然の教えに聞いていた全員が頭を困惑させていた。しかし俺にはよく響いた。
迷いは努力で断ち切ることができる。ならば俺の中にある迷いも断ち切れるのだろうか。
「ぜ、前方に影を確認しました!」
ウーラスが大きな声警告する。
「魔物か?」
リーゼは剣に手をかける。
「いいや」
俺はもっと前からその存在に気付いていた。
「この魔力反応は……人間!?」
探知魔術を発動したティーベルは驚きの声をあげる。リーゼ、リリア、フィリアも驚いたように目を開く。
「盗賊ですね」
ライカーンは落ち着いた声で答えを出す。やはりこのような経験が多いからか慣れている気がする。
「盗賊って、この馬車はランバルト王国の王家の紋章がついてるんだよ!それなのに襲うなんて命知らずじゃん!」
リリアはまだ整理しきれてないようで困惑気味に叫ぶ。いつもなら敵の狙いなど見抜いているだろうに。
「簡単なことだ。王家の紋章があるってことは王族が必ずいるってことだ。しかも護衛はたったの二人。盗賊からしたら恰好の獲物ってわけだ」
「それにしてもリスクが大きすぎませんか?もし成功したとしてもランバルト王国全体を敵に回すことになりますし」
フィリアもまだ疑問を持っているみたいだ。ならもう少しだけヒントを出そう。
「そんなこと盗賊にとってはリスクには入らないんだよ」
「あ、そっか」
リリアは理解したようだ。
「盗賊ならすでに悪事を働いている。悪事を働けば当然国から追われることになる。だから王家の人間に危害を加えたとしても国に追われることは変わらない。そういうことだね」
「正解だ。盗賊は金を持っていそうな集団を襲う。だから王族っていうのは彼らにとってのごちそうなんだよ」
俺が言い終えると当の王族であるティーベルが申し訳なさそうに縮こまっていた。
「申し訳ありませんわ。わたくしのせいでこんなことになってしまい……」
「別に気にしなくていい。そもそもティーベルがいなくても襲われていただろう。ですよね、ライカーン卿」
「そうですね。僕も盗賊とは何度も戦っていますからね。ティーベル王女がいなくとも結果は変わらないでしょう」
そうして話しているうちに馬車は止まる。
「金目のもん置いてったら命だけは見逃してやんよ。まぁたかが護衛二人しかいない時点でテメェらの運命は決まってるがな」
ガハハと取り巻きたちが笑う。
「ふざけるな!俺は騎士として守るべき対象を置いて逃げるわけがない!」
ウーラスはいい騎士だ。数は圧倒的に向こうの方が上。このまま戦えば死ぬというのに一歩も引かない。その心意気は気に入った。
「えっと……これ、私も戦わないとですよね?」
一方シナイの方は戦うことに消極的なようだ。やはり戦闘職は向いていないのでは?
「戦うってんなら死んでも文句は言えねぇよな!野郎ども、殺せ!中にいる人間は生け捕りにしたらあとは好き放題だ!」
趣味の悪い鼓舞だ。しかしそれで気合が入ったらしい盗賊たちが一斉に襲い掛かる。
さすがにこの人数を二人で捌くには限度がある。少し手を貸そうか。
そう思ったがその必要がないとすぐに悟った。
「『地泥』」
「うわ!なんだこれ!?」
『地泥』。水と土属性の派生である泥属性魔術の中級魔術だ。俺がカノンとの戦いでも使ったがその効果は地面を泥で満たすというものだ。一見地味に見えるが使い方を工夫すれば凄まじい効果を発揮する。
今回のように相手が近接戦の場合は相手の足を鈍らせることができる。しかもシナイは『地泥』を盗賊全員がいる範囲に展開した。それはすごい魔力と属性の適性がなくてはいけない。これはすばらしい才能だ。どうしてこれほどの人材が酷評されているのだろうか?
「この泥動きずらいぞ!」
ウーラスは泥に足を取られているようだ。まさかシナイは『地泥』の制御が完ぺきではないのか?
『地泥』は地面に現象を及ぼす。だから効果を発揮する人物を選べない。味方の邪魔になってしまう可能性もある。そうならないように普通は効果範囲を絞るのだがシナイの場合は自分を中心に範囲が広がっている。
他の対策ならば魔力障壁を足と泥の間に展開するしかないのだかその発想はないのだろう。しかもシナイ自身は『地泥』の維持で手一杯のようだ。さすがに手を貸すしかないな。
「『雷槍』」
雷の槍が四本現れ盗賊たちを気絶させる。魔術の発動者はライカーンだ。
「ここは私にお任せください」
ライカーンはそういうと足踏みしている盗賊たちを次々と倒していく。その手際の良さは称賛すべきものだった。
そうして最後の盗賊まで倒してしまった。
「ふぅ……さすがに数が多かったですね」
「それならば俺たちに任せてくれてもよかったんですよ」
「そうはいきませんよ。いくら強く、達観していても子供は子供。人間の相手をさせるわけにはいきませんよ」
子供?それは俺のことだろうか?確かに俺の見た目は子供だ。しかし中身は立派な大人だ。今更人と戦うことに嫌悪など感じないというのに。
「そうですわね……わたくしも人と戦うことはできる限り避けたいですわ」
「わかります。殺してはいませんがやはり人が相手ではどうしてもためらいが出てしまいますしね」
そういえばティーベル、フィリア、リリアの三人は帝国で兵士たちの相手をしていたと言っていたな。誰一人として死者を出さなかったことは普通にすごい。
「ですからここからは大人の領分です。皆さんはゆっくりしていてください」
そう言ってライカーンは馬車の外に出てウーラスとシナイの手伝いをしていった。
その背中は何となく前世の父に似ていた。