忠告
「さて、第二ラウンドといこうじゃないか」
俺の目の前にはシーロがいる。ようやく捉えた。
「相変わらず規格外すぎるわよ……」
シーロはやや引き気味の笑顔で顔が引き攣っている。
「そう言われてもな。今回ばかりはお前のお陰でもあるわけだし」
俺がシーロを見つけれたのは彼女が俺の命を狙っていなかったことが大きい。俺はあの時、全魔力を探知魔術に使っていた。そのため俺は全身無防備の状態だった。もしシーロが本気で俺を殺すつもりだったなら俺は死んでいた。
しかし俺はかすり傷程度で生きている。つまりシーロは俺を殺す気がないという証明だ。
彼女はずっと足止めを目的と言っていた。ほとんど賭けだったがシーロの発言を信じてよかった。
「だとしてもこの状況で私を見つけれることは異常だわ」
「……否定はしない」
こんなことができるのは俺か魔力操作に長けているハルバートくらいだ。そもそもやろうとする発想すら出てこない。
そんな会話をしながらでもシーロは俺の隙を狙っている。
次姿を見失ってしまえば今度こそ終わりだ。先ほどより距離が近いことに加えて俺も集中している。この場から離脱するのは容易ではないはずだ。
シーロが弓を引いて矢を放つ。その動作によどみはなく一瞬の出来事だ。
俺は踏み込んで姿勢を低くし躱す。それと同時に一気に距離を詰める。普段より速度が落ちているがそれでいい。
「『地泥』」
シーロが下がったところで地面を泥状にする。
「え!?うそ!?」
足に気を取られているうちにシーロに肉薄する。
「しまっ―――」
「ふん!」
「きゃっ!」
シーロの襟首をつかんで地面に組み伏せる。
「……女の子に乱暴はいけないんじゃないかしら?」
「加減したとはいえ俺の投げ技を食らって悲鳴一つで収まってるお前が言うなよ」
普通は気を失うぐらいはするだろう。
「お前の持ってる情報を教えろ」
俺は低めの脅すような声を出す。この程度では脅しにもならないだろうが雰囲気が大事だ。
「何のことかしら?」
「とぼけるなよ」
この帝国での一連はすでに魔族と国の問題ではなく魔族と人間の問題になった。今までより一層魔族に対する態度が厳しくなる。今この時期に動いたことに意味があるはずだ。
「まだ知る時ではないの。その時が来たら彼が教えてくれるわ」
「彼……?」
その人物に一人心当たりがある。
「ハルバートか?」
「……」
反応はない。それは肯定を意味している。
序列的にはハルバートよりダリューンの方が上だ。しかし事務というか頭を使う仕事はハルバートが担当していた。俺が死んだ後も表面的なトップはダリューンだが内部はハルバートが運営していたに違いない。
「少し前までは待てたが今はもう事情が変わった。俺たちの生活に邪魔が入るなら全力で取り除く」
首を掴む力を強めるとシーロは顔をしかめて苦しげな声をあげる。これはもう脅しではない。情報が得られないなら彼女を殺すしかない。
それは分かっている。だが―――――
「俺には、お前を殺せない……」
かつては信頼していた仲間、背中を預けた戦友、笑い合った友なのだ。どうして殺せるというのだろう。
「甘くなったのね」
シーロの声は酷く落胆したものだった。
「私はここで貴方に殺されると思っていたのだけれど」
「何も言って……?」
それでは俺に殺されることを望んでいるみたいではないか。
その時背筋に殺気のようなものを感じた。その場を飛びのくと俺のいた場所に一本の剣が突き刺さった。
「外しましたか。確実に仕留めたと思いましたが」
そして刺さった剣を引っこ抜く新たな人物が現れた。シーロを庇ったことからその人物も魔族なのだろう。
「はぁ……もう少し静かに登場してもよかったんじゃないかしら?」
「捕まっていた方のセリフとは思えませんね」
シーロと仲良さそうに話しているが俺の知らない人物だ。俺が死んだ後に彼女たちがスカウトした人材なのだろう。まぁ今までの例からして魔族がまともだった試しなどないが。
「二対一で再戦なのか?」
勝てないことはないがさすがに分が悪すぎる。
「まさか。私たちが束になっても勝てないことくらいは分かってるわ」
「ということは彼が例の?」
「そうよ」
例のって何?魔族の中で俺って有名人なの?
「なるほど。話には聞いていましたが……本当にまだ子供ですね」
失礼なやつだな。
「それじゃあわたしたちは行くわね」
「そうか」
「最後に一つ忠告」
「何だ」
「貴方は自分の生き方を考えるべきよ。その力の使い方もね」
「俺の生き方だと?」
「次逢える時を楽しみにしているわ」
そうして二人の魔族は飛び去って行った。
「……あ、リーゼのこと忘れてた!」
本来の目的を完全に見失ってしまっていた。
「まずい…急がなければ!」
俺は全速力で闘技場に向かう。
闘技場に着くとすべてが終わっていた。シーロとの戦闘で時間をかけ過ぎた。
残っているのは戦闘によって壊れた後と血の跡、そして倒れているリーゼだけだった。ギルディアの姿はなかった。
「リーゼ!」
俺は慌ててリーゼに近づく。幸いなことに息はしている。
「ガル殿か?」
「そうだ。すぐに治療するからな」
リーゼの身体が光に包まれる。
「……私は負けてしまった」
そしてリーゼから事のあらましを聞いた。ギルディアとの戦闘、ギルディアの死、第三の乱入者。そのすべてを。
「すまない……俺はリーゼとの約束を守れなかった」
リーゼが泣いたあの日、俺はリーゼの笑顔のために戦おうと決めたはずなのに。
約束を守れず何が英雄騎士だ!結局自分の力に溺れて驕っていただけじゃないか!自分なら何でもできると信じて、不可能なんてないと思い込んでいただけの子供じゃないか!
あの時、俺は英雄騎士としての誓いを破り、初めて一人の人間、ガーリング・エルミットとして判断を下した。その結果、このざまだ。
他にもシーロに足止めされた時、迷わず森を焼き払っていればこんなことにならなかった。
躊躇なくシーロを殺していれば少しくらいの成果は得られたかもしれない。
今回、俺は一人の人間として判断を下し、間違え続けた。
俺はどこでも間違えた?
人間として判断を下したときか?森を焼かなかったときか?シーロを殺さなかったことか?それとももっと前から、俺がリーゼと出会った時から?俺が英雄騎士の力を記憶を持っていた時から?
わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。
――ワカラナイ