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英雄騎士の最強魔道  作者: バニラ
帝国動乱編
153/176

覚悟の意味

 何が起きたのかわからなかった。

 唐突に出てきた黒い靄が兄上を飲みこんだと思ったら剣に戻った。残ったのは兄上が使っていた剣だけ。

 なんで、どうして。わけがわからない。もしあの時手を掴んでいればどうなっていただろう。一緒に剣の中に飲みこまれていただろうか。そう考えたら恐ろしい。

 だが、そうだったとしても私は判断するのが遅すぎた。手を掴んでいたら助けられたかもしれない。もしそうだったら私は実の兄を見殺しにしたことになる。

 でも今はそんなことがどうでもいい。

 今、私を支配している感情は怒りだった。

 結果を見れば私は生き残り倒すべき敵は消えた。まさに勝利と言っていい。

 でも私の覚悟は無駄になった。私がどれだけ迷ったか!苦しんだか!そのすべてが無駄になった!

 せめて兄上を殺すなら私がと思っていたのにその機会も覚悟も踏みにじられた!

 全部全部全部全部全部全部――――――この剣のせいだ。

 この剣を破壊すればいい。そうすれば実質私が兄上を殺したことになるのではないだろうか。

 私はただ無言で剣を構える。そして剣を振り下ろす直前、声が聞こえた。兄上の声でも私の声でもガル殿の声でもフィリアたちの声でもない、第三者の声が。

「結果は成功、かな?」




「誰だ!?」

 咄嗟に声のした方を向く。闘技場の壁の上に黒いローブを着た人物が立っていた。

 ローブに加えて夜ということも相まって顔が見えない。

「君がリーゼロッテかい?」

「……なぜ私の名を?」

 もしかして例の襲撃者か?いや、ガル殿がしくじったとは思えない。だとすると新手の敵か?しかしガル殿がまだ戻ってきてないことも妙だ。まずは様子見だな。

 私は謎の人物を見据える。しかし謎の人物は私を見ていなかった。

「提案なんだけど、今すぐここから消えてくれない?」

「……嫌だと言ったら?」

「まぁいてもいいけど、アタシの邪魔はしないでね」

 そう言うと謎の人物は闘技場の壁からリングの上に飛び降りてきた。普通であれば音が響いて地面も砕く距離だというのに一切の音がしなかった。それだけ相手には実力があるということになる。

「目的は、この剣?」

 謎の人物は私ではなくずっと私の足元にある剣の方を見ていた。

「そうだね」

 やはり。この剣は渡せない。自分が使うためじゃない。壊すためだ。これは私が決めたこと。もう二度と、覚悟を無駄にしないためにも。

「欲しかったら私から奪ってみなさい」

 そう言って私は剣に手を伸ばす。

「触るな!」

 私急な大声にビクリと震え慌てて手を引っ込めた。声を出したのは謎の人物。

 私が手を引っ込めた?つまり恐れた?私が、謎の人物に?

「それは貴方が触れていいものじゃない」

 つい先程までの興味がなかったはずが今では気圧されるほどの覇気を秘めている。それは黒い剣を持っていた兄上さえも上回る圧倒的な威圧感。

「貴方、私が誰だと尋ねたね。一応言っておくと、アタシは魔族だ」

 魔族!

 私は全身の毛が逆立つと錯覚するほどの怒気が膨れ上がる。

 ウェイン兄上だけでなくギルディア兄上まで魔族の手で!

「貴様の……貴様たちのせいかァ!」

 私は感情的にその魔族へ斬りかかる。

「はぁ……感情的になりすぎ」

 魔族は面白くなさそうに呟くと私の剣を受けとめる。抜剣した剣で。

「貴様、剣を使うのか!?……もしかして貴様が剣魔か?」

「剣魔?なんです、それ?」

 私の問いかけに魔族は素で首をかしげる。本当に知らなさそうだ。

 剣魔とは人間が作り出した通称ならば魔族が知らないのは不思議ではない。

 それに剣魔の剣は白色だと言っていたがこの魔族が使っている剣は違った。だとするとこの魔族は剣魔ではないのか。

 それに実際の剣魔と対峙したことのある私はこの魔族と剣魔の違いがはっきりと分かった。冷静になってみればすぐにわかる。怒りに我を忘れていたことに反省する。

「それにしても弱いですね、貴方」

「は?」

「拍子抜けです」

 な、なんなのこの魔族!?イラつくんだけど!

 いや、いったん落ち着こう。深呼吸だ、深呼吸。

 ガル殿ならどうするだろうか。まずは情報収集だろうか。

「魔族はどうして帝国を混乱させた?」

「どうしてなんて知らない」

「は?」

 ダメだ。やっぱり魔族とは分かり合えない。さっさと始末するべきだ。

 私が怒りに身を震わせていると魔族が新たに口を開いた。

「強いて言うなら命じられたのとあの人のためになるから、かな」

「あの人?……魔王か?」

 あの人とは誰だろうか。魔族の最終的な目的は人類の殲滅、あるいは魔王による支配だとするなら魔王のためだとしか考えられない。命じられたということはこれまでの魔族の出現もすべて魔王の差し金かもしれない。

「違う」

 間髪入れずに即答する。しかも否定の言葉は強めだった。魔族は必ずしも魔王に忠誠を誓っているわけではないのか?魔族も一枚岩ではないのかもしれない。もう魔族わけわからん。

「じゃあ誰のために――――」

「貴方が知る必要はない」

「っ!?」

 私の言葉が最後まで言い終わる前に魔族が言葉を発する。決して大きな声ではない。しかし声の迫力は今までで一番強い。緊張が肌に突き刺さるようだ。

 思わず一歩引いてしまう。

 ダメだ。勝てない。この魔族との差は歴然過ぎる。まるで初めて父上と相対したときのような感覚がする。勝てないことには腹が立つことはない。でも別のことには腹が立つ。

 向こうは本気を出していない。完全に手を抜いて弄ばれている気がする。それが何より腹立たしい。イライラする。

「舐めるなぁ!」

 私は自分のすべてを乗せて剣を振るう。しかし私の剣はいともたやすく受け止められてしまった。しかも片手で。そんなこと、最近では父上にもされたことないのに。

「貴方は今、何のために剣を振るった?」

「な、何のためって……」

「覚悟は感じる。しかしその覚悟は何だ?」

「それは、兄上を私の手で討って大切な人といる覚悟だ」

「そんなもの捨てろ」

「な!」

 この覚悟のおかげで私は兄上に勝てた。それを捨てろだと!?

「覚悟とは他人のために命を懸けることを言うの。貴方の言う覚悟はすべて自分自身のためだけのもの。それは覚悟ではなく保身。自分が傷つきたくないからそう信じたいだけ」

 言葉が出なかった。私が信じてきいたものが全否定された。でもその言葉に否定することができなかった。

 でも傷つきたくないのは普通じゃないか。傷つかないように覚悟という殻で身を守る。誰だってそうだろう。

 なのにこの魔族はそのことを保身と言った。じゃあこの魔族にとっての覚悟とは何なのだ?

「覚悟とは誰かのために自分のすべてを捨てること。信念も感情も命も他人からの評価さえも。貴方にそれができる?」

「それは……」

 私は答えることができなかった。

 全てを捨てる。答えることは簡単だ。しかしきっとこの魔族はそれを許さない。嘘は全て見抜かれる。

 私は兄上との戦いで恐れたのは自分の命ではなくガル殿の気持ち、いわゆる評価だ。この魔族が言うのはそれさえ恐れるなということだ。そんなことできるはずがない。

 そんな私の恐れに呼応して剣に入れる力がほんの少し弱まってしまう。

 その隙を逃さず魔族は私の剣を軽く弾く。そこに追撃を加えられ剣を遠くに弾き飛ばされてしまう。さらにガラ空きになった私の胴を蹴り上げる。そこまで力を入れていないはずなのに強い衝撃が身体に伝わる。

「ぐっ!」

 身体が床に叩きつけられ肺の中の空気が吐き出る。口の中を切ったのか血の味が口に広がる。しかも強く打ちすぎたのか手や足を動かすと痛い。

 このままでは殺される。

「リーゼロッテ、覚悟の意味を考えて。それを知った時、貴方は、《《貴方たち》》は強くなる。覚えておいて」

 魔族は目的の剣を拾うと壁を飛び越えて行ってしまった。

「完敗、か」

 私は一人で呟いた。

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