公爵令嬢の内情
一方、帝城の廊下ではフィリア、リリア、ティーベルが戦っていた。
三人は闘技場に続く扉を背にして戦い続けていた。
「『氷弾』」
「ぐはっ!」
氷の礫が兵士の土手っ腹にぶつかり悲鳴を上げながらうずくまる。
相手に致命傷を与えないよう、尚且つ確実に気絶させられるように土属性と氷属性の固形物が出現する魔術で攻撃している。
「やあ!」
「ぎゃっ!」
今度はフィリアが短剣で峰打ちして兵士を気絶させる。
廊下には倒れた兵士たちがたくさん転がっていた。しかし誰一人として死んではいなかった。
「『回復』」
私――リリアが新しく気絶した兵士たちに光系統魔術を施していく。それでも全快はさせないように抑えている。
さらに全体を俯瞰して二人が倒し損ねた兵士に水属性魔術で攻撃して意識を奪っていく。
水属性魔術は攻撃性が少なく対人戦には向いていない。それでも使い方を変えれば意識を刈り取るのも容易になる。
方法は簡単。
「『水球』」
まずは初級魔術『水球』を作る。
それを相手の顔めがけて放つ。
「えい!」
「もがっ!?」
そうしたら相手の意識がなくなるまで水球の形を保つ。
これだけで魔術を使えない兵士はほぼ確実に無力化できる。
何気に強い魔術なのだ。
私はガルくんからこの魔術を教わった。というか属性魔術はこの技術しか教わらなかった。
私には水属性魔術の適性がある。しかし属性魔術の適性はそれしかない。一応水属性魔術の派生である氷属性魔術も何とか使い物になる程度だけどあまり期待してない。だから私は光系統魔術と水属性魔術を使ってみんなのサポートをするんだと思ってた。
けど実態は違くて水属性魔術の練習はほとんどしなかった。やったのは初級魔術の『水球』のみ。
きっとガルくんは私のことを見抜いていたのかもしれない。
はっきり言って私は人を傷つけることが苦手だ。というより生き物を傷つけることに抵抗がある。魔物、魔族にさえ殺したくないと思ってしまう。
もし大切な人が殺されてしまったらこの気持ちも変わるかもしれないけどいまいち実感がわかない。
こういった考えが甘いのかもしれない。けれど長年の価値観をなかなか変えられない。
だから私は攻撃系の魔術を持っていない。でもそれでいい。私からは攻撃しない。私はただ傷を癒す。それだけだ。
「二人とも!まだまだいける?」
「もちろんですわ!」
「はい!」
私の問いかけに二人は元気に返事をする。これまで多くの兵士と戦ってきた。でもどちらも息を切らしていない。
本当に頼もしい限りだ。
それと同時に侮れないと思う。
私にとっては恋敵でもあるのだ。
全員がガルくんの婚約者。別に奪い合う必要はない。でもガルくんの一番になれるのはたった一人だけ。
フィリアはガルくんと一緒にいる時間が一番長い。
ティーベルはガルくんに教えてもらっている中で一番の成長株。
ここにいないリーゼだって剣の腕前だけならガルくんに認められている。
じゃあ、私は?
ガルくんと会ったのだって二番目だ。
中々成長だって感じられない。
ガルくんに認められているものなんて何もない。
私が使える光系統魔術もガルくんの方が上手に使えてる。
だからガルくんが自分で光系統魔術を使い始めたら私は必要ない。
戦闘にも役に立たない。支援も役に立たない。そんな役立たずに居場所はあるのだろうか。
もし……もしガルくんにお前は必要ないって言われたら私は立ち直れるのだろうか。
無理に決まっている。断言できる。
私は弱い。単純な力もそうだし、心も。
みんなの中で一番弱い。
まだ幸いなのは自分が弱いと自覚していること。そのおかげでまだ耐えられている。
嫉妬なんてしない。するだけ疲れるだけだから。
自分に失望しない。するだけ無駄だから。
ただただ私は言われたことを、するべきことを忠実に行う。
そうすれば少なくとも捨てられない。
いらないなんて言われない。
役立たずと思われない。
そう、それでいい。
一番になるとか余計なことは考えるな。
みんなのサポートに徹しろ。
私はそう心の中で自分に言い聞かせる。
笑顔を絶やさない。
それだけが私にできることだから。
バタバタと足音が近づいてくる。
どうやらまた増員が来たみたいだ。いったいどれだけこの城に残ってるんだろう。
「一応光系統魔術を施しておくね」
私はティーベルとフィリアに光系統魔術を施す。
二人はありがとうと感謝を示す。
二人は気付いているのかな?
二人だけで小隊規模の人数を倒している。
それなのに息一つ切らしてない。
こんなデタラメすぎる人たちに勝てるはずないと改めて実感する。
だから私は望まれる私になる。
時には友達として。時には恋敵として。
私欲は決して表に出さない。
笑顔を張り付けて取り繕う。
昔からそう。そしてこれからもずっと。
「二人とも、頑張ろうね!」
弱みを見せたら、私の負けなのだから。