苦戦
俺はまず先手を取ろうと動く。
だがシーロと俺の直線上に木の枝が伸びて行き先を阻む。
「邪魔だ!」
俺は目の前の枝を叩き切る。しかし俺の視界にシーロの姿はなかった。
「くそ!」
悪態をつくがどうにもならない。本来であれば探知魔術で森の中でも敵を見つけることは容易なのだ。しかし今、この森は彼女の魔術で支配されている。
そのせいで森全体の魔力が淀んでいてシーロの魔力が見つからない。
しかもそれだけでなく彼女は気配遮断を得意としている数少ない魔導士だ。森に満ちた魔力内に溶け込むことなど造作もないことだろう。
例えるなら無数の魚のいる濁った湖から一匹の魚を見つけ出すに等しい。
ふと首筋にひりついたものを感じてその場から離脱する。
その後すぐに矢が地面に突き刺さる。
ところがその矢は途端に消えていった。
「ハハッ……ここでそれまで持ってくるとか、どれだけ本気なんだよ……」
これまでの矢はちゃんと実体があった。それは普通の矢であったから。
今回の矢は消えた。ということは矢は実体がない。俺はこの現象をよく知っている。
魔装の一つ、魔弓、無限弓トラゼインレイ。権能は使用者の魔力を矢にすること。使用者の魔力が途切れない限り何度でも矢を放つことが可能。カノンが愛用していた武器だ。
トラゼインレイとカノンの相性は抜群だ。カノンの魔力量なら魔力切れを起こすことなどほとんどない。
カノンにとってトラゼインレイは無限に矢を生産し続ける便利な弓なのだ。
カノンの戦い方は森の中での戦闘だ。森のすべてを支配しそれで倒せればよし、倒せなくとも完全な死角から放つ無限の弓矢。まぁここまでしなくとも固有魔術で大半の人間たちはカノンに勝てない。
今回は俺一人だったからよかったものの誰かを連れてきていた時点でめんどくさいことになっていたのは確実だ。心底よかったと胸をなでおろす。殺すことはしないとしても実戦で相手をするのは気が引けるからな。
そんなことを考えながら動き続ける。
一歩でも立ち止まれば致命傷を負わせる矢が飛んでくるからだ。
しかしこのまま動き続けるだけでは勝てない。反撃もしなくてはならない。
「『風刃』!」
矢が放たれた場所に向かってすぐさま『風刃』を放つ。しかし風の刃は木の枝を切るだけでシーロの姿はそこになかった。
おそらく森を縦横無尽に走りながら矢を放っているのだろう。放たれる場所は統一感がなく予測ができない。矢を避けているものだって第六感という勘頼みだ。
このままだと持久戦に持ち込まれてしまう。この状況を打開する方法が思い浮かばない。
考えろ。シーロを最短で倒しうる方法を。
そしてとある考えが浮かんだ。だがこれは非常に危うい賭けになる。
俺の口角が自然と上がる。
今更この程度の賭けに恐れることはない。
今、俺の仲間たちが頑張っているんだ。俺も頑張らないとな。
俺の背後からまっすぐ矢が飛んでくる。
この程度なら余裕で避けることができる。
だが俺は敢えてその矢を受ける。
「うぐ……」
肩に鋭い痛みが走り血が服に滲む。
俺の身体に刺さった矢はすぐに消えそうになる。
俺はそれを強引に掴み、矢の魔力を体内に流し込む。
身体の中に異物が混入していることがわかる。これがシーロの魔力だ。
俺は自身の魔力を操りながらシーロの魔力を右手に集める。
その魔力を右手から放出させる。
「『探知』」
魔力の靄の中にはっきりとした魔力反応がある。俺の右手に集中しているシーロの魔力が反応している。
俺は動きを止めて集中する。
俺が立ち止まるのは恰好の的になってしまう。それを証明するように俺の身体に矢が突き刺さり始める。
俺は矢が突き刺さっては消えるたびに光系統魔術を使って傷を癒していく。
矢は深く突き刺さらないし頭も狙われていない。
今までは焼けると判断されて狙われたみたいに俺を確実に殺しうる攻撃がなくなった。
どうやらシーロの目的は本当に時間稼ぎであり、俺の始末ではないみたいだ。
もしこれで頭を狙われていたら危なかった。死にはしないが作戦は中断されて傷を治すのに時間がかかってしまう。
そして意識を傾けることができてようやくこの状況を打開できる方法が見つかった。
「見つけた」
俺は身体強化を足に集中させてスピードを出す。
魔力を制限されたこの場所では身体強化もいつもより弱い。
いつもの速さを出すなら他の場所にかけた身体強化を解除して足に魔力を集中させる必要がある。
今は時間との勝負だ。この一瞬を逃すともう次はない。
俺は一直線に走る。
俺の目の前に再び木の枝が伸びる。
はっきり言ってここで剣を使えば時間がかかってシーロの姿を逃してしまう。
「『風渦』」
俺は『風渦』を発動し渦の中に入る。
それは一年前、フィリアが生み出した戦い方だ。
まさか俺が誰かの戦いの真似をするとは思わなかった。フィリアの発想はときどき俺の想像を超える。
奇想天外な発想で大勢を驚かせていた獣人族の女性を思い出させる。
『風渦』は木の枝を巻き込みながら止まることなく進み続ける。
枝の密集地を抜けるとそこには驚いた表情をしたシーロがいた。
「さて、第二ラウンドといこうじゃないか」
俺はシーロを見てそう宣言した。
えっとですね、唐突に何言ってんだと思いますが、感想あればぜひ聞かせてほしいです。僕自身ちゃんと書けてるか不安なので読者さんの感想があったら気軽に書いてほしいです