策に嵌まる
「固有魔術『完全なる支配者』」
魔術が発動した瞬間、俺の身体に猛烈な負荷がかかる。
『完全なる支配者』。カノンの持つ闇系統魔術の固有魔術だ。
そもそも固有魔術とは各属性や系統の特殊な魔術だ。基本となっている初級、中級、上級とも違う完全に特別な魔術で誰にも真似することはできない。
それは俺でも例外ではない。
『完全なる支配者』は闇系統魔術であるため洗脳系の魔術だ。しかし威力は上級程度では比にならない。
その効果は一定の範囲内にいる《《あらゆる生命》》を操ることができる。そこに万の一つにも例外はない。唯一の対抗策は身体に入ってくるカノンの魔力をより圧倒的な魔力量あるいは技量で抑えつけるしかない。
今の俺も体内に入ってきているカノンの魔力を自分の魔力で抑えつけている状態だ。そのせいで意識をそちらに割く必要があり戦闘では本気を出すことができない。
カノンの魔術を無効化することができたとしても必ず一割二割の制限をかけられて戦うことになる。
これこそ戦闘能力が乏しかったカノンを実力主義であった俺の組織で序列六位の地位にまで押し上げた。
カノンの強さはこの固有魔術と膨大な魔力量。単純な魔力量で言えば組織で俺に次ぐ二位なのだ。
さらに厄介なのは彼女の固有魔術も彼女自身の能力もサポート系ということだ。
真正面からぶつかり合えばかなり早い段階で俺が勝つ。しかし時間稼ぎに徹底されれば勝つことはできても容易ではない。
勝ち方を模索していると目の前に木の枝が迫ってきていた。そこで俺の思考は中断せざるを得なくなった。
首を横に傾けて避けると枝は何事もなかったように元の場所に戻っていった。
「どうかしら、この魔術?」
シーロは俺に感想を求めてくる。
『完全なる支配者』で操れるあらゆる生命とは人間だけでなく動物、魔物さえ可能かもしれない。さらには植物も手足のように自在に操作できる。今俺がいるような森にでも誘い込まれたら無数の敵に囲まれることになりなすすべなく敗北する。こんな魔術にかける言葉は一つしかない。
「デタラメだよ」
「あら。称賛ありがと。でも私としてはあなたの魔術の方が恐ろしいわよ」
そう言われて俺は体を強ばらせる。確かに俺も固有魔術を複数持っている。だが、あれらは気軽に行使することはできない。
それが分かっているからかシーロは余裕そうな笑みをうかべる。
今ここで最適な行動は森に火を放つこと。そうすればシーロは森の植物たちを操ることができなくなり俺も撤退することができる。
しかしそれでは帝国の土地を勝手に荒らしたことになってしまう。
今の俺の立場は一応ランバルト王国に所属していることになる。バルザムークやリーゼは気にしないだろうが後々これが外交問題に発展してしまう可能性はある。そのリスクを考えた場合、森を燃やすのはなし。つまり真正面からシーロを叩いてリーゼのもとに駆け付けるしかない。
前世の俺であれば迷わず火をつけていただろうに、人は変わるものだな。
俺はフェニゲールだけを抜く。
「もしかして火属性魔術は使わないつもり?」
それを見たシーロは怪訝そうに言う。
彼女ならば俺の持つ剣も、その権能も知っている。今回俺がヴィルヘイムを抜かなかったことから俺の戦闘方法を考えるのは容易なはずだ。
俺の霊装を使うことも考えたが被害が大きくなりそうだったからやめた。それでは火属性魔術を制限していた意味がなくなる。
「そうだな。この森が焼けるのは避けたい」
「なるほどね……」
するとシーロは何か値踏みするような目で俺を見る。
「ハルバートの言っていた通りになったわね」
「何か言ったか?」
口が動いたから何か喋ったように思ったが小さすぎて聞き取れなかった。
「何も。それよりも始めましょう。はやくしないと皇子が死んじゃうわよ」
「なら力づくで行かせてもらう」
こうして俺はかつての仲間と戦うことになった。