皇族兄妹の過去②
その日からリーゼロッテはウェインを連れてギルディアの剣の稽古に顔を見せるようになった。
それに伴いウェインの剣の稽古もギルディアと一緒に行われることとなった。
元々別メニューであったためギルディアとウェインの稽古時間は被らないようになっていた。しかしギルディアの稽古時間にウェインが来ることから同時に行うことになったのだ。
そして一年後。
リーゼロッテは四歳となった。
「今日はリーゼにプレゼントがあるんだ」
「プレゼント?」
「そう!これだ!」
ギルディアは小さい木刀をリーゼロッテに差し出す。
「これならリーゼも振れると思うんだが、どうだ?」
リーゼロッテは木刀も手にとると嬉しそうに振り回す。
「ありがと、あにうえ!」
「はぁ……この笑顔だけで生きていける……」
ギルディアの魂が飛びかけている。
「兄上……相変わらずだね……」
「はいはい。それでは稽古を始めますよ」
アドナクトは手を叩いて場を取りまとめる。
本来であればギルディアも稽古に参加するはずなのだが……
「俺はリーゼの面倒を見る!」
と言って勝手にリーゼロッテんび剣を教え始めたのだ。
「まったく、困った御人ですね。ですがいつもより生き生きしています」
アドナクトの表情はいつもより柔らかい。
こうして三人が一緒に稽古をすることが日課となった。
そこに変化が生じたのはその三年後、ギルディアが学園に通う前のことだ。
ある日、ギルディアとウェインは決闘していた。
これまでの戦績はギルディアの全戦全勝、ギルディアも負けるはずがないと思っていた。
「どうした?まだこの程度か?」
「まだだ!僕だって努力しているんだ!」
ウェインは力いっぱい木刀を振るう。
「当たらないぞ」
ギルディアはそれを難なく躱す。しかしそれは囮、本命は蹴りだ。
「やあ!」
体勢を崩したと思わせて、勢いのあるままギルディアの足を蹴る。
「なに!?」
完全な不意打ちによってギルディアは体勢を崩す。
「これで、僕の勝ちだね」
ウェインは息を切らしながら木刀をギルディアに向ける。
「そうだな。降参だ」
ギルディアは素直に負けを認める。
「すごい!初めてギルディア兄上に勝ちましたね!」
リーゼロッテはウェインの勝利に喜びを露わにする。
「リーゼ、俺は負けたんだが?ていうか俺が勝った時はそんなに喜んでないよね?」
「ギルディア兄上はいつも勝ってるじゃん。それだと喜びより飽きだよ、飽き」
「そんな……」
ギルディアはそれがトドメとなって倒れた。
その日の夜ギルディアは母、ザーニャに今日の出来事を報告していた。
「母上!聞いてください!今日の決闘でウェインに負けたんだ!すごいことなんだぜ!もしかしたら将来は俺より強く―――――」
ギルディアはとても嬉しそうに話していた。
しかしそれ言葉が最後まで発せられることはなかった。
「はは……うえ……?」
ザーニャがギルディアの頬を叩いたのだ。
「何をしているの!?どうして負けるの!?」
「何を言って……」
「たかが子供の御遊びだとしても負けていい理由にはならないの!それがわからないの?あんたは私の息子なの。いい?負けることは許さない。例えなんであろうともあの平民上がりの小娘の子供に帝位になんて継がせることはありえない!だから今後一切負けてはダメよ!」
「………はい」
ザーニャはギルディアのことを責め続けた。何度も何度も大きな声で。それは純粋で尚且つ多感な子供にとっての影響は計り知れないものになった。
その日からギルディアは変わった。
ウェインとの決闘をただ淡々と作業のようにすますことが多くなった。
始めは実力が上だったギルディアの圧勝だったが次第にウェインの追い上げによって勝てなくなりつつあった。
そしてウェインに負けたとザーニャが報告を聞けば毎回怒鳴られる。
ギルディアはストレスを発散させることができなくなってしまった。
それはいつか爆発してしまう。
そして限界は最悪の形で表れてしまう。
ある日、ギルディアは街を散策していた。
皇族として街の様子を見に来たのである。
「おいおい兄ちゃん?金をくれよ?」
「い、嫌です……やめて……」
「いいじゃねぇか。それとも俺たちから逃げられるとでも?」
路地裏で何やら不穏な会話が聞こえる。一応皇族としてチンピラを取り締まろうと一人で路地裏に向かった。
「そこで何をしている?」
「あぁん?誰だテメェ?」
チンピラは突然現れたギルディアに不機嫌を隠そうもしないで睨んでくる。
「お、お願いです!助けてください!」
チンピラどもに絡まれていた男の子は期待を込めた声で助けを求める。
ギルディアはその声に応じてチンピラを助けようとする。
その時、ギルディアは男の子の顔を見た。助けを求める男子を見ると顔立ちがウェインによく似ていた。
涙で顔が汚れ助けを求める。その姿にウェインを重ねてしまった。
そしてとてつもない愉悦を感じた。
もしウェインを徹底的に虐めてもう二度と逆らえなくしてしまえばギルディアがザーニャに怒鳴られることもなくなる。
「そうだな」
「本当ですか!」
「まずはお前を潰そう」
「…………え?」
男の子は顔を大きく腫らして涙と鼻水と血でぐしゃぐしゃだ。立つ気力もなく寝転がっている。
「これで終わりか?」
ギルディアは肩で息をしながら握っていた拳を開く。手は血で真っ赤に染まっていた。
さらに気分は高揚していて自然と笑みがこぼれる。
「おーおー。派手にやったな」
絡んできたのは始めに睨んできたチンピラだ。
「変な正義感をぶら下げたやつかと思ったが実際はとんだ悪党だったんだな」
「……うるさい」
「お前のこと気に入った。これから一杯どうだ?」
「……もらおう」
この日からギルディアは街でチンピラたちとつるむようになってしまった。
その日からギルディアは自分より弱いものをいたぶるようになった。
剣の稽古中もウェインより弱いリーゼロッテと戦うことが格段に増えた。
「また負けちゃった」
「ふっ。まだまだだな」
ギルディアはリーゼロッテが相手だと自分が勝てるため機嫌がよくなる。
しかしそんなことも次第になくなっていった。
ギルディアが学校に入ってからリーゼロッテはメキメキと実力を伸ばしギルディアと互角になってしまった。
それでも力押しでギルディアは勝っていたが対策され始めるとだんだんと負けることが多くなっていった。
「くそ!なんでリーゼにまで負けるんだ!」
リーゼロッテに負けることはギルディアの自尊心を大きく傷つけることになった。
ギルディアの苛立ちは限界まで溜まってしまった。学校でもリーゼロッテに負けたという噂が流れ劣等のレッテルを貼られ始めている。
ギルディアはそんな世界を隔絶したいと思った。
それにはまず噂を断ち切らなければならない。
噂を断ち切るいい方法、それはリーゼロッテと勝負しないことだ。
そうしてギルディアは日課であった三人での剣の稽古に姿を見せなくなってしまった。
ウェインはギルディアとは対照的に毎日コツコツと自主練をしてきた。
それによってギルディアを上回る実力を手にした。しかしそれに驕らず続けていることがウェインの偉いところだ。
「ギルディア兄上、最近こないな」
「そうだね。何かあったのだろうか?それとも学校が忙しいのかな?」
かく言うウェインももうすぐ学校に入学することになる。
「……ウェイン兄上も来なくなるのか?」
「どうだろう。でもできる限りこれるように頑張るよ」
その言葉通り学校に入ったばかりのころは毎日のように稽古に来ていた。
それでも次第に稽古に顔を見せる日にちが減っていった。その理由は学校での多忙さだ。
ウェインはギルディアと違って真面目である。そのため学校ではさまざまな活動に参加し生徒会長も務めた。よって剣の稽古に割ける時間が無くなってしまったのだ。
「寂しく、なってしまったな」
いつもの中庭にはリーゼロッテしかいない。
ギルディアはいつからか稽古に来ることがなくなってしまった。
ウェインは忙しすぎて中庭には来られない。
アドナクトも宰相となり多忙になってしまった。
「もう、あの頃のようになれないのだろうか……?」
あの、何も考えず無邪気に剣を振るえた昔には。
リーゼロッテはただ一人になっても中庭で剣を振り続けた。雨の日も、風の日も、雪の日も。
いつかまたみんなが揃うように。いつまでも居場所を守るかのように。
そしてウェインが魔族に殺されたという知らせをリーゼロッテは耳にした。
「それは、本当か?」
リーゼロッテの顔から血の気が引いていく。
「間違いございません」
「そう、か……下がってもいいぞ」
メイドがドアを閉めるとのそのそと歩き出す。
リーゼロッテは部屋着のままベッドに倒れこむ。
「そんな、ウェイン兄上が……どうして……」
その日は一日中泣きじゃくった。そして初めて、剣の素振りを休んだ。
一方、ギルディアの元にもウェインの訃報が届いていた。
「そうか、ウェインが死んだか」
訃報を聞いたギルディアは酷く冷静で家族を失ったとは思えなかった。
「ククク、これで帝位は俺のものだ」
むしろ人のいないところでは喜んでいた。これでザーニャに怒鳴られなくて済む。心の平穏が保たれる。
心のどこかにある弟を失った痛みにさえ気づかぬほどに自己保身を考えていた。
そうしてギルディアとリーゼロッテは決定的なかけ違いが発生してしまったのである。