皇族兄妹の過去①
私に初めて剣を教えてくれたのはギルディア兄上だった。
リーゼロッテ、当時三歳。
「あにうえあにうえ!あにうえのところにいこ!」
扉が勢いよく開いたことに驚いてウェインは肩を震わせながら振り返る。扉の前に立っていたのはリーゼロッテだ。
「兄上のところ……ギルディア兄上のことか?」
「うん!」
リーゼロッテはウェインに対して可愛くおねだりする。
「しょうがないなぁ」
そのおねだりに屈してウェインは読んでいた本を閉じて立ち上がる。
そうして二人が来たのは城の中庭だった。
「あにうえー!」
「姫様!?」
ギルディアの姿を見つけるとリーゼロッテは走り出す。
その後ろをメイドが追いかける。いくら自由に動けるといってもまだ三歳児だ。しかも一国の姫。転んで何かあれば一大事だ。
そんなメイドたちの心配をよそにリーゼロッテはギルディアの元まで無事にたどり着く。
「おーおー。リーゼ!もうそんなに走れるようになったのか!」
ギルディアは満面の笑みでリーゼを抱っこする。
「あにうえたかーい!」
リーゼロッテはその行為にきゃっきゃっと嬉しそうにはしゃぐ。
「皇子、今は稽古中ですぞ」
「いいではないか、アドナクト。可愛い可愛い妹が来てくれたんだぞ!」
アドナクトは宰相となる前はギルディア、ウェイン、リーゼロッテの剣術指南役でもあったのだ。
「けいこー?」
「そうだよ。剣の稽古をしていたんだよ」
そう言ってギルディアは稽古用の木刀をリーゼロッテに見せる。
「りーぜももちたい!」
「でも重いし危ないし……」
ここにきて初めてギルディアは渋い顔をする。
「もーちーたーいー!」
「姫様、わがままを言ってはいけませんよ」
「やーだー!」
リーゼロッテは駄々をこねる。
「少しくらいならいいんじゃない?」
「ウェイン!?」
「ここには兄上に先生もいるんだ。よっぽどなことがない限り安全だよ」
「だが……」
見るからにもう一押しだ。
「あにうえ、おねがい」
「うん!いいぞ!」
リーゼロッテの上目遣いにギルディアはあっけなく陥落してしまう。
「ゆっくり、ゆっくりだぞ~」
「えい!」
「わああああああああ!」
「兄上うるさい。リーゼが驚いているでしょ」
「う、だって……」
ウェインに叱られてギルディアはしょげてしまった。
「そもそも木刀だから安全だし刃の部分は下に向いている。怪我する要素なくない?」
「わからないじゃないか!突然バランスを崩して倒れるかもしれないじゃん!」
「どんだけ過保護なの!?」
あまりの過保護っぷりにウェインもちょっぴり引き気味である。
「御二方、熱中するのはいいですが姫様を放っておいていいのですか?」
「「あっ……」」
二人が同時に振り向くとリーゼロッテはメイドたちと話していた。
「おもーい!」
「そうですね。ギルディア様はそれを振り回しているんですよ」
「あにうえすごーい!」
知らぬ間にリーゼロッテからの好感度が上がったギルディア。
「すまない、リーゼ!ほったらかしにしてしまって!寂しかったか?寂しかったよな!」
「?」
リーゼロッテは首をかしげているのに関わらずギルディアは抱き着く。
「兄上、リーゼが苦しそうですよ」
「はっ!」
ギルディアは咄嗟にリーゼを引き離す。
「大丈夫か?」
「うん!」
「よかった」
ギルディアは胸をなでおろす。
「あにうえあにうえ!」
「どうしたんだ?」
「あにうえがふってみてください」
「よーし任せろ!アドナクト、相手をしろ!」
「かしこまりました」
ギルディアはアドナクトに挑むがあっさりとボコられてしまう。
「おじさんつよーい!」
「はっはっはっ!これくらい容易いことですよ」
「はわわわ!」
リーゼロッテはキラキラとした目でアドナクトの足にしがみつく。
「なっ………そんな……俺も見捨てないでくれ、リーゼ!」
そんな悲痛な叫びもリーゼロッテには届かない。
「くそ……」
「兄上……」
地に伏すギルディアをウェインは憐みの目で見下ろす。
「それならウェイン!お前が次の相手だ!」
「えぇ……」
とばっちりを受けてウェインが嫌そうな顔をする。
「あにうえ!がんばって!」
「……兄上、やろうか?」
リーゼロッテの笑顔にウェインもコロッと落ちてしまった。
「俺が言うのもアレだがウェインも大概だな」
そう言いつつギルディアは剣を構える。
「いいのですか?ウェイン皇子はまだ剣を習い始めたばかりですぞ」
帝国では六歳になってから剣、および魔術の鍛錬を始める。
ウェインはまだ六歳で剣を習い始めたばかりだ。剣の腕前はギルディアに遠く及ばない。
「問題ない!僕には天使がついているんだから!」
天使とはリーゼロッテのことである。
勇んでギルディアに挑んだウェインだったが結果は惨敗。
「どうだリーゼ!お兄ちゃんは強いだろう!」
「あにうえだいじょうぶ?」
「俺は無視なの!?」
リーゼロッテはドヤ顔のギルディアを通り抜けてウェインのところに向かった。ギルディアは情けない顔をしている。
「ありがとう、リーゼ」
「どういたしまして!」
リーゼロッテはニッコリと笑った。