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英雄騎士の最強魔道  作者: バニラ
帝国動乱編
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皇族兄妹の邂逅

 闘技場に入るとリーゼロッテの鼻に異臭が匂う。思わぬ匂いに鼻を抑える。

「何の匂いだ?」

 辺りは真っ暗で見えにくい。それでもリングの上は明かりがともされておりその上に登ろうと足を進める。

 すると足もとにぴちゃりと液体の音が聞こえる。

「な、なんだ?」

 暗くて液体の色は見えない。しかし闘技場に水漏れなんてあるはずがなく雨が降ったわけでもない。嫌な予感がして進める足の速度を速める。

 そしてリングに近づくにつれてリング外に転がっている何かの影が見える。

 しっかり見えるほど近づくとそれが死体であることが分かった。

「な、なぜ……こんなところに屍が……?」

 その死体は鎧を着ていて兵士であることがわかる。しかしバルザムーク側、つまりギルディアにとっての敵兵がこんな深くまで潜り込んでいるとは思えない。それではわざわざリーゼロッテたちを帝都に送り込む意味がないのだ。

 だとすればこの兵士はギルディア側の兵士ということになる。

 そして兵士には胴体に大きな傷跡がありそれが致命傷になっているのは誰が見ても一目瞭然だ。

 これは事故でも自殺でもない。他殺だ。

 そしてそれをした人物はなんとなくリーゼロッテにはわかっている。

 しかしそれを認めたくないのかリーゼロッテは大きく頭を振る。

 リングに登るにつれて視界が広くなっていく。そしてそこら中に死体が転がっているのが見える。

 中には明らかに兵士でないであろう老若男女の死体もあった。その事実から目を背けるように目をつむる。

 リングの上に到達するまでの体感時間がリーゼロッテには長く感じる。リングを登りきるまでの時間なんて一分もかからない。それなのに何十分も時間が経っているように感じてしまう。

 そうしてリーゼロッテはリングの上に立つ。

 目の前には一人の青年がいる。

 その青年はリーゼロッテには見違えるはずもない、兄ギルディアだった。

「あれ?今日の()はこれで最後のはずだけど?」

 そういって振り向きざまに微かに見える奥にいた兵士から剣を引き抜く。剣を引き抜かれた兵士は力なくリングの外へ倒れた。

 ギルディアの頬に返り血がつき目が異様に充血している。

「あに……うえ……?」

「その声……リーゼか?」

 ギルディアの声は確かに何度も聞いた声なのにリーゼロッテには別人のように聞こえてしまう。

「そうです!妹のリーゼロッテです!」

 リーゼロッテはギルディアに自分の存在を主張するように前のめりになる。

「そうか。それはよかった。()()()()()()()()()()()

 ギルディアはニヤリと笑う。

「………え?」

 リーゼロッテは言葉の意味を考えてしまい反応が遅れてしまう。

 ギルディアがリーゼロッテに斬りかかったのだ。

 リーゼロッテは反射的に後ろに下がる。それでも完全に避けきることができずに脇腹に血が滲む。

「くっ……」

「おかしいな。避けられた?」

 ギルディアは本当に不思議というように首をかしげる。

 しかしリーゼロッテはそんなことすら気が付いていないほど動揺していた。

 今の攻撃は避けなければ確実に死んでいた。

 その事実にリーゼロッテは戦慄する。兄は本当に自分を殺す気なのだと気付いてしまったからだ。

「オラオラオラァ!死んじまいなぁ!」

 ギルディアは再びリーゼロッテに斬りかかる。

 フェイントなんてない一直線すぎる剣筋。しかし避けるだけで精一杯だ。

「なんて速さだ……」

 リーゼロッテは避けながらつぶやく。

 ギルディアの技量は以前のように拙いがそれを補って余りあるほどの速さがある。

「まだまだ行くぜぇ!」

 今度は剣で突いてくる。

 リーゼロッテは咄嗟に剣を抜き軌道をそらす。そしてそのまま勢いで近づいてきたギルディアに対して斬りかかる。

 普通ならば不可避の攻撃。それをギルディアは踏みとどまり後ろに飛ぶ。そのせいでリーゼロッテの剣は空を切る。

「今の動きは?」

 ギルディアの動きは明らかに人間業ではない。それを可能にしている絡繰りがあるはずだ。

 そしてリーゼロッテにはその理由がわかっている。

 ギルディアの持っている黒い剣から凄まじい魔力が溢れ出しているのが視えている。しかもその魔力は禍々しい。魔族よりも禍々しさを感じる。

 魔力が視えるからこそ脅威が何十倍も感じてしまう。

「兄上から剣を取り上げれば勝機があるか……?」

 はっきり言ってリーゼロッテと今のギルディアの実力は拮抗している。勝てるかどうかは五分五分だ。

 確実な勝算はギルディアから剣を切り離すことだろう。

 リーゼロッテから冷や汗が流れる。

 これまでも勝算が五分五分な状況はあった。しかし常に背中を預けていた仲間が一緒にいた。

 今は一人しかいない。もし一歩間違えてもカバーしてくれる人はいない。その事実が重くのしかかる。

 一度リーゼロッテは死にかけた。その時は死ぬことに抵抗を感じなかった。

 しかし今は死ぬことに抵抗を感じている。

 それはティーベル、リリア、フィリアという最高の友人ができ、そしてガーリングという男を本気で好いてしまったから。

「どうした?こないのか?」

「それは……」

 リーゼロッテはどうしても足がすくんでしまう。本気の殺し合いを身内ですることに体が拒絶しているのだ。

「だったらこっちから行くぞ」

 ギルディアの姿が消える。リーゼロッテは本能的に剣を構えるとそこにギルディアの剣がぶつかる。

 闘技場にはキンキンと剣が交錯する音だけが響く。

「どうして、どうして私を殺そうとするのですか?兄上!」

 リーゼロッテは剣をさばきながら悲痛に叫ぶ。

「どうしてだと?わからないのか?」

 対するギルディアは淡々としながら何か暴れだすほどの感情を含ませたような声で言う。

「当たり前です!私は兄上の妹です!血を分けた家族なのです!なのになぜ――――!」

「だからだ」

「………は?」

「お前が俺の妹だから殺すんだ」

 ギルディアの目にリーゼロッテが知っている兄の面影は皆無だった。

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