皇女の涙
帝国に行くと言っても正規のルートでは行かない。正規のルートはすでに相手側に掌握されているからだ
「敵はおよそ二万といったところだな。近衛騎士はすでに向こう側の戦力として数えた方がいいだろう。こちらの味方は一万程度だ。しかも動員できるとしたらさらに減る」
それがバルザムークの見立てらしい。
「少なすぎませんか?相手は謀叛人だというのに兵の数は半数もいないじゃないですか」
「リリア殿の懸念はもっともだがギルディアの連れは有力貴族ばっかりだったのだ。こちら側につくのは我のことを心酔している連中のみだ。残りは中立、はっきり言って分が悪い」
……皇帝ってあまり人望ないのかな?
「どうして中立があるのでしょうか?貴族ならば必ずどちらかの派閥に与するはずですわ」
「それは帝国だからこそおきる現象でしょうな。帝国は自らの力で成り上がる。言い換えれば強さにしか興味のない連中もいる。そんなやつらは基本上に立つ者は強ければ誰でもいい、この内乱でも勝者に従うだろう」
なんでそんなやつを貴族にしたんだよ。たしかにバルザムークは回りくどいことは嫌いそうだけどもう少し人選考えようよ。
「今回は我に味方であるコールガント伯爵領から帝国に入る。場所は正規の道から少し外れたところだが直接王国から帝国に入ることができる。さすがに王国国内に帝国兵を差し向けることはしないだろう」
その方向性で話はまとまりそうだ。
しかしずっとリーゼが黙り込んでいるのは不自然だ。いつもならもっと質問を投げかけるはずだ。ギルディアの謀叛がそれほどまでに衝撃的だったのだろうか?
「ラコールとフランソワーズ殿はどうする?」
「当然おいていく。二人を危険な場所になど連れていけるか……ジークロット殿、頼めるか?」
「承知した。お二方は王国で預かろう」
それが最も確実な方法だな。
さすがに準備もありすぐ出発とはならなかったが翌日には発つそうだ。
「ガル殿、少しいいか?」
リーゼに誘われたからフィリアたちは別方向で二人で屋敷に戻る。
「今回は私たちの事情に巻き込んでしまって誠に申し訳ない!」
歩いている途中にリーゼが急に頭を下げるため俺は動揺してしまう。街中ということもありすれ違う人はみな俺たちを注目している。行動よりも人で見られていそうなのは気のせいにしておこう。
「頭を上げてくれ。気にしていないさ」
「ガル殿ならばそう言うだろう。ヒノワ王国の時も見ず知らずの人たちのために戦ったのだからな。それでも私はやはり負い目を感じてしまう。身内が変なことをしなければガル殿はもっとゆっくりできただろうに……」
よく考えれば王都に来てから多くの事件に巻き込まれていたな。でも……前世のころと比べればこんなもの簡単だ。
だというのにリーゼにかける言葉が見当たらない。男女の関係に疎いせいで女性が落ち込んでいるときの慰めの言葉がわからなない。
「安心してくれ!ちゃんと身内の不始末は身内で何とかする!ガル殿たちには迷惑をかけない!兄は私がこの手で―――――」
うーん、と頭から何かいい方法はないかとひねり出す。
そしていつしかハルバートが言っていたことがあった。
『いいか、アルス?女性が落ち込んでいるときは――――――』
俺はリーゼの頭を優しくなでる。
「へ?」
リーゼは突然の出来事にキョトンとしてしまっている。
「大丈夫、必ず俺が何とかする。リーゼが気に病むことは何もない」
「あ……」
リーゼの瞳から一筋の涙が流れる。それから堰を切ったように涙があふれだす。
「なんで、こんな……?」
リーゼは何が何だかわからないように疑問を浮かべながら涙をぬぐう。
「辛かったんだろ、父親と兄が戦うことになって」
「っ!」
ビクリとリーゼの体が震える。
俺はギルディアの今の一面しか見ていない。しかも悪い側面だけだ。
しかしリーゼは違う。小さい時からずっと一緒で俺の知らないことも知っているのだろう。もしかしたらリーゼにとってはいい兄だったのかもしれない。
「ギルディアを、兄を死なせたくないんだろ?」
「でも……兄上は、父上に謀叛を起こして……」
「いいじゃないか。死なせたくないんだったら意地を張ったって。俺はリーゼの味方だ。リーゼの望みを叶えてやる」
「……いい、のか?こんなわがまま、してしまっても?」
「いいさ。思う存分俺を頼れ。俺は英雄だからな」
そう、俺は『英雄騎士』。世界を守る騎士。苦しむ人をできるだけ救うを決めているんだ。
「お願い、ガル殿……兄上を、ギルディアを助けて、くれ」
本来であれば俺が介入すべきことではないのかもしれない。人間同士の争いならば無視を決め込むのが最善だ。それでも、少しは自分のために力を振るってもいいのかもしれない。
俺はリーゼの姿を見てそう思えた。