長い一日 夜
そして夜になりパーティーが始まる。王城には貴族の当主だけでなくその子息や令嬢も連れられていて今まで見たことないほどの人数が集まっている。
それに比例してか学園で見る顔もたくさんあった。
今まではよく知らない人ばかりだったが知っている人が多いこのパーティーは気楽だ。
「やあガル。久しぶり、ってほどでもないか」
「兄上!」
俺に声をかけてきたのは兄のウィルキンスだった。
「兄上も来てたんだね」
「エルミット男爵家の次期当主だからね。こういう場には徐々に慣れていかないと」
「そうだね……父上は?」
俺が見る限りでは会場内に父の影はない。
「父上なら騎士団の方に顔を見せているよ」
そう言われて納得した。
父、バルフォンスは前騎士団長だ。騎士団員とはかかわりがあるだろうし個人的な交流もまだしているかもしれない。
「ガルこそ一人なのかい?」
「見てわかるでしょう。俺には子供なんていないし」
「いたら問題だけどね。でもフィリアはついてくると思ってたけど」
「フィリアはティーベルと一緒にいるよ。さすがの俺でも公式の場で従者を連れてくることはないよ」
そんなことをすれば世間知らずの烙印を押されてしまう。それがわからない兄ではないはずなのだがどんな意図で言ったんだ?
「でもフィリアって従者だけどガルの婚約者じゃん」
「……フィリアは平民だよ。貴族界隈では見くびられるだけだよ」
フィリアは婚約者だと言っても愛人枠だ。愛人を他貴族に紹介するとか聞いたことがない。
「そういうものなのかい?僕にはよくわからないや」
エルミット家は平民との距離が近いのと兄上は貴族社会にはまだ疎いからこんなことを考えたのか。田舎の学校に通っていた弊害だな。それに社交の場に出ることもなかったからこんなにも無知なのだろう。でもこれから学んでいけばいい。まだ時間は十分ある。
兄上とわかれて再び一人となる。
皇族や王族もぞくぞくと入場しパーティーが開始される。
「今宵は余のために集まり感謝する!今日はこの地に新しき王が誕生した祝いの日だ!そしてここに宣言する。余、ジークロット・フォン・ランバルトはシャルロッテ・ヘルサルと正式に婚姻を結ぶ!」
「「「「おお……」」」」
突然の婚約宣言に会場がどよめく。
「婚姻の儀は後日執り行うが明日より王妃として正式に公務に携わるようになる」
シャルロッテはそっとジークに寄り添う。
「それでは今宵の宴を存分に楽しみたまえ!」
ジークの宣言により会場が賑やかになる。
このような社交の場で真っ先にしなければならないのは挨拶回りだ。
基本は主役、今回の場合はジークに挨拶をしなければならないが爵位の高い順に回っていく。このパーティーでは皇族がいるため皇族が最初でその次が公爵、そして俺だ。俺が手早く挨拶しに行かなければ侯爵以下のとこが挨拶をしようにもできなくなってしまう。
この前のパーティーでは父上について行くだけでよかったが今の俺は貴族の当主だから俺だけであいさつしに行かなければならない。
前世でも貴族にはなったことがないからこの塩梅が非常に難しい。
しばらくしてジークに挨拶する貴族がいなくなったため俺はジークのもとに向かう。
「ジークロット国王陛下、この度はご即位、誠におめでとうございます。またシャルロッテ様との婚姻も心より感謝申し上げます」
「ありがとう、ガーリング卿。これからも余のために頑張ってくれたまえ」
それから俺たちは顔を見合わせて笑い合う。
「お前とこんな堅苦しい会話は背中がむずがゆくなる。口調を崩してもいいぞ」
「しかし陛下、ここではさすがに無理でしょう」
「俺が許す。王命だ」
「それは仕方ないな。従おう」
そこからはいつも通りの口調で話す。
「シャルロッテ様も婚姻おめでとうございます」
「ありがとうございます。今後から王妃として精一杯励みます」
シャルロッテはふわりと微笑む。
「おいおい。俺の嫁に見とれるなよ?」
「誰が見惚れるか。俺には婚約者がいるんだぞ……」
「シャルのどこがダメって言うんだ!」
「めんどくさいな!」
こいつまじでシャルロッテのことになるとおかしくなるな。
「だがそれだけ仲が良ければ世継ぎも秒読みだな」
俺が冗談半分でからかうと二人は顔を赤くして顔を背ける。
何この甘酸っぱい雰囲気?こいつらもうすぐ結婚するんだよな?
「と、とにかく!お前を今後とも頼りにしている」
「それはいいけど、これだけは覚えておけ……俺は人間同士の争いには関与しない」
「そうだな。それはお前を貴族にするうえでの条件だったからな。もちろんだ」
そして少し世間話をして俺はジークと別れた。
ジークと別れた後、俺はどうしようかと悩む。
とりあえず自分と縁のある人たちのところに挨拶をしに行く。
バルマント公爵家にエルミット男爵家……いや少なすぎる!
皇帝にも挨拶しようと思っていたが貴族たちが集まっていて近づけそうにない。
この機会に帝国とのコネを作ろうと躍起になっているのかもしれない。
挨拶が終わったところは当主たちと子供たちで分かれていた。しかしスティアードやケルストは子爵家の出だから自由になるのはまだ先だろう。
今のうちに食事でもしておくか。
パーティーも中盤になり皇帝から人の波がなくなりようやく挨拶することができた。
「お久しぶりです、バルザムーク殿」
「おぉ!ガルではないか!」
バルザムークは豪快に笑うと背中を思いっきり叩いてくる。正直板痛い。
「貴方がガーリングさんですね」
「あなたは?」
バルザムークのそばには赤子を抱いた女性が座っていた。
「始めまして。私はバルザムークの妻フランソワーズです。この子は私たちの子、ラーコルです」
「そうでしたか。俺はリーゼロッテの婚約者のガーリング・エルミットです」
「話はリーゼからよく聞いているわ」
リーゼは定期的に手紙を書いている。いったいどんなことが書かれているのか……
「リーゼならば友人のところに行っているぞ。ずっと王国貴族たちと挨拶をしていて疲れたであろうからな」
「そうですか」
俺が目線をさまよわせていたからかリーゼの居場所を教えてもらった。
そして軽く会話を交わしてから俺は子供たちが集まっている方に向かった。
子供で集まっていると言っても年代で分かれている。兄上は成人済みの集まりに入っているしティーベルやリリアたちは英雄学校での同級生たちと一緒にいる。
「お待たせ」
俺は集まているいつものメンバーに合流した。
「おせーぞ。もう待ちくたびれちまったぜ」
「ちょっとスティアード!ここではガルの方が立場が上なんだから敬わないと!」
「気にするな。変に気を使われると嫌だからな」
俺たちはパーティーが終わるまで談笑としゃれこんでいた。
そしてパーティーが終わり貴族たちが岐路に帰る途中、俺はどこから真剣な顔をしたジークに呼び止められた。
「明日、朝から王城に来てくれ。緊急の案件だ。それとリーゼロッテ嬢を必ず呼ぶように」
そう言い残してジークは王城に奥へと消えていった。
俺の胸にはかすかなざわめきが生まれた。