帝国に灯る闇
ガーリング一行がヒノワ王国にいる間、帝国では国の一大事が起きていた。
「オギャー!オギャー!」
帝国の城に一つの産声が上がる。
「皇帝殿下!産まれました!」
「ほんとか!?」
プロメテア帝国の皇帝、バルザムーク・フォン・プロメテアは白衣を着た女性の言葉に顔をほころばせる。
そしてとある部屋に入る。
その部屋には複数の医師らしき人と赤ん坊を抱いてベッドに座っている女性がいた。
「男の子か?女の子か?」
「元気な男の子でございます」
「おぉ!よくやったぞ、フラン!」
「静かにしてください、この子に悪いですよ」
「すまぬ……」
バルザムークは縮こまる。
帝国の最高位である皇帝に容赦ない物言いをする女性はフランソワーズ・プロメテア、バルザムークの妻である。
「名前は考えていますか?」
「もちろんだ。この子の名前はラーコルだ」
「ラーコル……いい名前ですね」
フランソワーズは微笑む。
部屋全体に幸せそうな空気が充満する。
しかし部屋の外で顔をゆがめている人物がいた。この国の第一皇子のギルディア・フォン・プロメテアだ。
ギルディアは自分の部屋に入ると壁を殴る。
「クソ!せっかくウェインの野郎が死んで俺の帝位継承が確定してたってのになんでここで男が産まれてくんだよ!」
ギルディアは荒れていた。
弟であり帝位継承権が一位であったウェインが死んでバルザムークの息子がギルディア一人となり、皇帝の地位を継ぐ資格があるのはギルディアだけとなった。その事実に驕り剣の鍛錬も怠り気味であった。
そのため力が衰え帝国貴族たちからはいい印象を持たれていなかった。
「どうする……さすがにあいつが大人になるころには俺が皇帝になっているか?」
部屋の中をブツブツとつぶやきながら歩き回る。
「ごきげんよう、ギルディア様」
「っ!誰だ!」
ギルディアは反射的に剣を抜く。
ドアの近くにローブを羽織っている人物が立っていた。
ギルディアは見たことがない。そもそもローブで顔が見えない不審者が城の中に入れるわけがない。つまりは侵入者だ。
しかしギルディアにまったく気取られることなく背後に立つ。そして厳重な警戒がされ数多の強者がいる城の中で誰にも見つからずに奥まで入り込んでいる。
明らかにただものではない。
「私は、そうねぇ……シーロとでも呼んで頂戴」
「シーロ……」
それは明らかに偽名だ。本名を明かさない人物に警戒を解かないほどギルディアは愚かではない。
「それに魔王軍の幹部とも言っておきましょうか」
「幹部っ!」
ギルディアは剣を抜き放つ。
「あらまぁ、血気盛んなのね」
シーロは剣を恐れることなく堂々と近づいてくる。その姿は異様でギルディアは剣を構えているはずが後ずさる。
「皇帝になりたいのでしょう?私の言う通りにすればなれるわよ」
ギルディアの耳元でシーロが囁く。
「私と剣を向け合うより一緒に持ちましょう」
シーロはねっとりとした手つきで剣を握るギルディアの手を握る。
「楽に強く、偉くなりたいのでしょう。身をすべて任せればいいのよ」
シーロの甘美な言葉はギルディアの耳から体の中に入り込みじわじわと全身に広がっていく。
すでにギルディアの間合いに入っているというのに剣を動かすことができない。なにかに縛り付けられているみたいだ。
「私と一緒にこの世界を手に入れましょう」
それを最後にギルディアは警戒心が完全に解けてしまった。
こうして帝国での暗躍が始まろうとしていた。