説得
「ちょ、ちょっと待ってください!」
一番に復活したのは経験も多く常に冷静なヨシトモだった。
「それは国の今後に関わることです。それを部外者に決められるのは納得いきません。せめてマサムネと協議する必要があります」
ヨシトモの言うことはもっともだ。だからすでに手は打ってある。
すでにマサムネには許可をもらっている!今の俺は無敵だ!
「そ、そうだぞ!大体ツバキ様はお前の御人だろ!それなのにどうして俺なんかに……?」
ヨシトモの次に復活したのは当事者のイットだった。
「俺なんかって言うなよ……」
お前、俺の弟子なんだし。てか俺の能力一番引き継いでんのお前だからな!
「そもそも、俺は別にツバキを連れていこうなんて思ってないんだよ」
「それは、どうして?」
「簡単な話、ツバキの立場が政治的に複雑なんだよ」
ツバキが一般の出であればよかった。あるいはほかに兄弟がいたならばまた違った。だが実際問題としてツバキは国のたった一人しかいない姫様だ。国を存続させるには婿入りさせる方向になる。
もしツバキが家、というかヒノワ王国を出ればそれは国の後継者が失われることになる。
正直、国王はある程度の才能が有れば誰がなってもいい。最悪、一文官でも成り立ってしまう。しかしそれでは国としての正当性が失われる。
多くの国は王として己の血筋を特別視させる。それはこのヒノワ王国でも例外ではない。
「ツバキを娶るということはこの国の王になるということだ。そんなこと、俺は望んでいない」
王様なんてめんどくさいだけだしな。別に権力が欲しいわけでもない。
俺は始めからツバキではなくヒノワ王国とのコネクションが欲しかったのだ。
王になるわけでもないのにツバキを貰うのはリスクが大きすぎる。
ここにいる人たちが納得したとしてもその他大勢の大名は?多くの国民は?果たして納得するだろうか?
答えは否。
国とは王を特別視することで成り立つ。
今のヒノワ王国で特別なのはマサムネとツバキの二人だけ。当然反発されるに決まっている。
その反発の末、待っているのは国の滅亡だろう。
それは俺の望むものではない。
ヒノワ王国に来る前はただ単にツバキとのコネができればいいと思っていた。
でもヒノワ王国で過ごすうちにその考えは変わっていった。
ツバキと仲良くなれればいいか。→もしかしてツバキとイットって両思いなの?ならくっつけよう。でも難しくね?→王様がイットを後継者にしたがっている。これは使える!
みたいな感じだ。
まぁ俺の独りよがりだけどね。
でもこれは俺的には一番ベストな選択肢なのだ。
国のトップとのパイプは太ければ太いほどいい。
その点、次期覇王と次期王妃とのパイプを繋いでいれば今後いろいろ役立つ。
完全完璧にに打算である。
「でも……」
イットはまだ渋っている。煮え切らない態度だな。
「もうお前の感情で答えろ!ツバキと結ばれたいか結ばれたくないか!」
「そんなの結ばれたいに決まってる!」
イットは半ばヤケクソ気味に叫ぶ。すでにツバキのことがバレているため隠しても仕方がないと思ったのか。
「だったら別にいいじゃん!」
「よくねぇよ!こっちにも心の準備がいるんだよ!」
乙女か!
「そんじゃあツバキは?」
「え!?うち!?」
急に話を振られたツバキが驚く。
「君はイットの生涯の伴侶になることが嫌か?」
「嫌、というよりも嬉しいですが……」
まだ混乱が抜けきっていないのか恥ずかしいことを言っているが気付いた様子はない。
「ツバキはもう覚悟ができてるってよ。男ならさっさと決断しろ」
「うっ……」
こんだけやってもまだ答えが出ないとは。どんだけ優柔不断なんだよ。いや奥手なんだよ。
「お前は何のために俺に立ち向かった?どうしてあんな無駄な争いをした?」
「それは……」
「もうわかってるだろ?もちろん俺が提案したんだから俺にも利益がある。双方に利益があるなら迷うことなんてないだろ」
「それでも!俺は、ツバキ様を泣かせてしまった……」
どうやら問題はもっと別のとこにあるのか。こればっかは俺にもどうしようもない。
「イット」
そこにイットの名を呼ぶ人が。ハクトである。
ハクトはずんずんとイットに近づくと座っているイットの頬を拳で殴りつけた。
「え?え?なんで?」
この行動に俺も困惑する。てかイットっていつも殴り倒されてるような……気のせいか!
「お前は誇り高き武士ではないのか!」
ハクトがイットを一喝する。
「何が泣かせたからだ!それは涙の意味による!」
「涙の、意味?」
「ツバキ様はお前のために涙を流したのだ。ならばその責任をとれ!」
「っ……」
「そうでなければお前を勘当する!」
「ちょっと待った!」
それにはすかさず止めに入る。
「勘当?どうしてそんなことに?」
「簡単なこと、一人の女性を幸せにできぬ男などカグラ家にはおらぬ!」
「それに関しては僕も同意見ですね」
急に話に入ってきたのはヨシツグ。
「幼馴染として、そしてオグラ家の次期当主として言わせてもらいます。イット、君はツバキ様と結婚してこの国を率いていくべき人間です」
それは意外な言葉だった。
てっきりオグラ家としてはカグラ家に権力が集中して好意的ではないのかと思っていたのだが。
「まず、君たちは昔から両想いであるのに当人同士だけが気付いていないという非常に甘い組み合わせなんです。恋愛結婚があまりできない身分なのですから是非二人には互いに好きな人と結婚してほしいんですよ。ずっと一緒にいて二人がいい人なのは知っていますから」
思わぬ賛辞にイットとツバキの二人は照れる。
「そしてイット、君は王の器を持っています。その正義感、突発的な発想、行動力、英雄としての知名度。好条件がそろいすぎています。ここで王になるなという方がおかしい」
「でもそれだとヨシツグに迷惑が――――」
「かけていいんですよ」
「え?」
ヨシツグはふっと笑う。今まで見たことがない朗らかな笑顔だ。
「そのための僕、そしてオグラ家、カグラ家だ。幸い君には幼い弟がいるからカグラ家の後継も気にしなくてもいい」
「その通りですよ、イットさん」
サキナもヨシツグに賛同する。
「もともと学校にいたころから思っていましたが早く付き合ったらいいと思ってましたし」
「俺で、いいのか?」
「君がいいんだ」
ヨシツグはイットの前まで進む。そしてそのまま臣下の礼をとる。
「私は何があってもあなたの味方であると誓います。イット《《王子》》」
それはヨシツグが完全にイットに仕えると意思表示したことになる。その意味することは一つ。
「ふふっ。ここまでされちゃったら逃げれないね」
そう、逃げの一手を完全に封じ込めたのだ。
オグラ家とカグラ家は同格の家柄であり昔馴染みだ。それなのに非公式であっても臣下の礼を取ったことはイットが時期覇王と認めたことになる。
もしここでイットが逃げればヨシツグの顔に泥を塗る行為となる。
そしてそれを成長したイットがわからないわけがない。
そしてそんな不義理をイットは決して犯さない。
「俺は、背中を押されてばかりだな」
イットは苦笑いをする。しかしそれは憑りつきものが落ちたようだった。
「ツバキ様、俺と一緒になってくれますか?」
「はい。喜んで」
ここに新たな王となる者が誕生した。