出陣早朝
港にて。
俺とイットは並んで海の向こうに浮かぶ太陽を見つめる。
「いよいよ、か」
「緊張してるのか?」
「当たり前だ。何せこれが初陣なんだ」
イットは腰に収めている幻聖刀を握る。
よく見ると握りしめている手は微かに震えている。
イットにとってこれは単なる初陣というだけでなくヒノワ王国を背負っている。そのプレッシャーは計り知れない。
「ガルくん、ここにいたんだ」
リリアの声がして振り向く。そこにはリリアだけでなく他の婚約者たちやツバキがいた。
「イッくん、大丈夫?」
ツバキは心配そうにイットに尋ねる。
「大丈夫です。気にしないでください。あとその呼び方はやめてください」
「うそ」
イットの答えに間髪入れずにツバキは口を開く。まるで何を言うのかわかっているかのように。
そしてツバキは一歩ずつイットに近づく。
ツバキはイットの前まで来るとイットの顔を優しく手で包み込む。
「な、何を!?」
「緊張してるでしょ。怖いでしょ。わかるよ。何年一緒にいると思ってるの」
「……ツバ、ちゃん」
「ふふっ。ようやくその呼び方してくれた」
………いい雰囲気じゃね?ここはお邪魔にならないように退散するか。
俺は婚約者たちをつれてその場を離れる。
「も、もしかしてあのお二人はこうだったりしますの!?」
ティーベルは胸のあたりでハートマークを作る。
イットとツバキが恋人関係か聞きたいのだろう。
「残念ながら違うみたいだ。まあイットはツバキが好きらしいけど」
ツバキがイットのことが好きかなんてわかんないからな。
すると婚約者たち全員からジト目を向けられる。
な、なぜだ!?
「さっきのを見て」
「何も感じないとは」
「いくらガル様と言えど」
「鈍感すぎませんの?」
「え、えぇ……」
そんな息ぴったりで俺を憐れむのやめてくれ。そもそもなんで憐れまれてるのかわからん。
そして出陣する時間となった。
兵たちは一斉に船に乗り込む。
その中にイットの姿もあった。どうやらツバキは一緒ではないみたいだ。
「ちゃんとツバキと話せたのか?」
「あ?あぁ、ガーリングか……」
「うお!?どうした!?」
まさかのイットが死んだ目をしていた。
「ハハ。ツバちゃんと喧嘩しちゃってな」
「……本格的に大丈夫か?」
呼び方を取り繕う暇がないほど憔悴しきってる。この短時間で喧嘩って何をしたんだよ。
「ツバちゃんがさ。決戦の船に乗るって言ったんだよ。それに俺が反対したらそのまま言い合いになって、それで……」
「喧嘩したまま別々の船に乗り込んだと……馬鹿だな」
「うぐっ」
イットは冷や汗をだらだらと流す。
俺の罵倒にダメージを負うとか重症すぎるだろ。
何とかしてやりたいがもう船を移動することはできない。残念だが話は決戦が終わってからになりそうだな。
一方、ツバキの方はというと―――――
「どうしましょう、みなさん!イッくんと喧嘩しちゃいましたーーー!」
「はーい、よしよし。どんまいだね」
「も、もっと真剣に慰めてくださいよー!」
「めんどくさい子ですわね」
ツバキはリリアたちに泣きついていた。
「そもそもなんで喧嘩したんですか?」
「う、うちが船に乗るって言ったら反対したんですよ!」
「「「「あー」」」」
ツバキの言葉に四人は納得したような顔でうなずく。
「ちょ、ちょっと!?聞いてるんですか!?」
「あーうん。聞いてる聞いてる」
リリアは適当に流す。
「行こうか」
「ですね」
「聞く必要なかったですわね」
三人は船の奥に足を向ける。
「聞いてないですよねー!」
「それで、ツバキさんとイットさんの喧嘩について詳しく教えてもらいましょうか?」
船の中にある部屋の席に座ってティーベルはツバキに問う。
「話はみなさんが離れた後になります」
そうしてツバキはイットとの喧嘩について話し始める。
『イッくんはわかりやすいね』
『か、からかうな!』
『からかってないよ。大丈夫。イッくんは一人じゃないよ』
ツバキはイットの手を握る。
『ツバちゃん……』
『もちろん、うちも一緒だからね』
『…………』
イットは石像のように固まった。
『あれ?イッくん?聞いてる?』
『……ツバちゃん、船に乗るの?』
『うん!』
『絶対、ダメ!』
『な、なんでよ!絶対行くもん!』
『ツバちゃんは戦えないだろ!危険すぎる!ついてくるな!』
『なんでイッくんにそんなこと言われないといけないの!』
『言うに決まってるんだろ!とにかく、ツバちゃんは待機!』
『むー!もうイッくんなんて知らない!』
「それで、そのまま違う船に乗ってしまったと。ツバキさん、あなたはもう少し冷静な方だと思っていましたのに」
「うぅ……」
ティーベルの言葉にツバキは縮こまる。
「でもイット殿の言うこともわかる。ツバキ殿は剣も弓矢も魔術も扱えないのだろう?どうして戦いに向かおうと思ったのだ?」
「それは……うちが最初の発案者だから。うちが見届けないとだめだと思ったんです」
「気持ちはわからんでもないが……」
リーゼロッテはうーんと唸りながら考える。
「お願いです!邪魔はしないので一緒にいさせてください!」
それだけ聞くと告白のように聞こえてしまう。
しかも上目遣いで目が潤んでいる。
これには同性であるティーベルたちもときめいてしまう。
「しょ、しょうがないですわね」
「ま、まあついてくるだけならいいだろう」
「私たちが守ればいいだけだしね!」
「私、頑張れる気がします!」
全員のやる気は倍増した。
「みなさん……ありがとうございます!」
ツバキは満面の笑みを浮かべた。
リヴァイアサン討伐はまだまだこれから。