出陣前夜
リヴァイアサン討伐の出陣には三日の準備が必要だった。
といっても準備は船だけだ。
国が関与しないはずであるため国の船を使うことはできない。
そのため用意できるのはあくまで個人で所有しているもののみ。
船十隻のうち八隻がカグラ家所有、残り二隻は他の島を治めている領主が一隻ずつ出してくれた。
しかし船を用意するだけではダメだ。
始めに整備をしなければならない。ちゃんとエンジンが稼働するのか。砲台は動くのか。人が乗っても問題ないのか、などなど。
そして物資の積み込み。最優先事項は兵糧だ。食料がなければ戦えないからな。そして軍事物資。大砲の玉、弓矢を準備する。海での戦いに剣はあまり使わない。飛び道具が主要となる。
「これで全部か?」
イットが船の上にいる船員に対して確認がてら叫ぶ。
「こちら、完了です!」
「こっちも!」
「我々はもう少しです!」
船のあちこちで声が上がる。
これでようやく出陣することができる。
「イット、少しいいか」
「ん?なんだ?」
「矢の補充が少し足りなくてな。城までついてきてくれ」
「わかった。すぐ行く」
俺とイットは二人で城に向かった。
「これで最後だよな?」
「そうだ」
俺とイットは倉庫にあった最後の矢が入った大箱を台車に乗せる。
港に着くまでは暇だからイットと雑談に興じる。
「ガーリングとあの四人って恋人なのか?」
「恋人って言うか婚約者かな。あとガルでいい」
「それは気が向いたらな。それで恋人と婚約者って何が違うんだ?」
恋人と婚約者との違いか。
「うーん……わからん」
そもそも前世と現世合わせて女性経験が皆無なのだ。そんなのわかるわけない。
「あえて違いを述べるなら、誓いの固さかな」
「誓いの固さ?」
イットは意味が分からないようで疑問形で聞き返してくる。
「恋人同士の誓いが軽いとは思わない。それでも恋人は当人同士だけの誓いだ。それに比べ婚約は家同士の結びつきに直結する。実際、婚約ってのは貴族、ヒノワ王国では大名だったか。そういう位の高い家でしか聞かないだろ?」
「た、確かに」
「だからこそ簡単に解消なんてできない。お互いの家のメンツがかかってるからな」
そのせいで望まぬ婚約をした者たちも多くいた。
泣きながら『家のために』と、『使命だから』と言って。
「そういうイットはどうなんだよ?婚約者とかいないのか?」
イットの年齢的にいてもおかしくない。……イットって何歳!?
俺イットの歳知らないし。外見的に俺の少し上とは思うけど。
「俺はいないな。まぁ父上からは作れって言われてるけど」
イットの立場ならいてもおかしくないけど。作らないのってやっぱり……
「ツバキを狙ってるのか?」
「ブフッ!」
イットは勢いよく咳き込む。汚いな。
「い、いきなり何言ってんだ!」
「だってお前がツバキのことを好いてるの知ってんだから気になるだろ」
「…………」
イットがジト目で睨んでくるが気にしない気にしない。
「はぁ……お前の想像道理だよ」
「へー。ふーん。はーん」
「そのニマニマ気持ち悪い」
辛辣ゥ。
「ツバキに告ればいいのに」
俺から見てもツバキはイットのことを嫌ってないと思う。うまくいけば婚約関係になれるのでは?
そこまで考えた俺は一つ気になったことができた。
「ヨシツグ殿はどうなの?」
忘れていた。同世代の中にもう一人男がいた。
「ヨシツグか?あいつはもう婚約者がいるぞ」
あ、そうなんだ。
「そもそもあいつは俺がツバキのことを好きなのを昔から知ってる。わざわざ俺の邪魔はしない」
「へー」
まさかあの厳しそうなやつがすでに女を作っていたなんて。……言い方悪くなってしまった。別に悪いことじゃないのに。
「てかガーリングはあの四人のこと、ちゃんと好きなのか?」
「はあ!?急に何言いだすんだよ!?」
「俺ばっかり不公平だろ!お前も聞かせろよ!」
「最初に聞いてきたのはイットの方だろ!次に話を聞くのは俺の権利だ!」
そんな風に俺とイットはギャーギャーと騒ぐ。
だから気付くのに遅れてしまった。俺たちの後ろにある人物が立っていることに。
「少し時間を貰おう」
ある人物に話しかけられて俺とイットは同時に振り向く。
なぜこの人がここにいるんだ?本来、決していないはずの人物。
ヒノワ王国覇王、マサムネ・ヒノワ。
「覇王様!?どうしてここに?それに護衛も連れていないだなんて」
「我輩に護衛は不要である。それよりついてこい」
「はっ!」
現れて早々命令って。
まぁイットがいるから文句は言わないけどさぁ。
マサムネについて行くと人気のない路地裏まで来てしまった。
まじで人がいねぇ。こんなとこまで来たってことは重要な話か?
「イット、そなたはあの化け物と正面から切り結ぶ気はあるか?」
「え?」
その問いは俺がイットにしたのと同じようなものだった。その答えならとっくに聞いた。
「もちろんです!」
イットは元気よく返す。
「では、これを貸そう」
マサムネは振り向くと一本の刀をイットに差し出してきた。
「これは?」
鞘からして素晴らしい逸品だと一目でわかる。
「そんな!無理です!」
イットは一歩後ろに下がる。
「イット、この刀を知っているのか?」
「知っているも何も、ヒノワ王国の民なら誰もが知っているものだ。これは神刀、幻聖刀。ヒノワ王国の王の象徴だ」
「なるほど」
幻聖刀とは幻の鉱石、ヒヒイロカネを使った刀らしい。なんでも失われた鉱石だとか。
イット曰く、カグラ家にはリリイロカネで作られた勾玉、オグラ家にはルルイロカネで作られた鏡があるらしい。
そして刀、勾玉、鏡を合わせて三種の神器と言うらしい。
どこの国にも王としての象徴の武具はあるんだな。帝国にはなかったけど前世でも象徴たる物はたくさんあった。でも帝国は己の強さが象徴だしあんま変わらんか。
てか神刀ってなんだよ。
「で、これをイットに預ける。その意味を分かっているのですか?」
「無論だ」
それはイットがこの国の後継者の筆頭になるということ。
「それでイット。そなたはこの刀を受け取るのか?」
「……やはり、私にはこの刀は重すぎます」
イットは深く考えた後、丁重に断った。
「いいのか?」
「あぁ。俺に、その資格なんてない」
イットは拳を作り、固く握りしめる。
「俺は何も考えることはせずに大陸の方々に失礼な態度をとってしまいました。この国のことを考えるならばそれは軽率でした。そんな俺は、ふさわしくありません」
確かに出会ったばかりのころのイットは敵愾心満載だったからな。
でもちゃんと反省してるしいいんじゃないのか?
「そうか……」
ちょっとマサムネが落ち込んじゃったよ!?
この人、おもろいな。
…しょうがない。手を貸すか。
「本当にいいのか?」
俺はイットに問いかける。
「どういう?」
「この刀を託すってことはそれだけの信頼と期待を背負っていることになる。お前はそれから逃げるのか?」
「逃げる?なんでそんなことになるんだよ?」
「今のお前は自分に資格がないからと逃げてるに過ぎない。逃げる気がないのなら自らの罪を背負いながら、それでもなお信頼と期待に応えようとその刀を受け取れ」
「罪を背負って……」
「罪を犯した人間なんて存在しない。必要なのはその罪とどう向き合うかだ」
「罪と、向き合う……」
イットは黙りこくる。
自分の過去を顧み、未来を思っているのだろう。
「……覇王様、私にその刀を持つ資格があるでしょうか?」
「それは我輩が決めることではない」
「……厳しいのですね」
イットはフッと笑う。
「わかりました。その刀の責任は私のすべてを以て果たします」
「そうか……では、任せよう」
イットはマサムネから恭しく幻聖刀を受け取る。
幻聖刀がイットの手に渡るとマサムネは俺に目を向ける。
「この国を、よろしく頼む」
「……あぁ」
俺に国の命運を託すマサムネの底が知れなかった。
そしていよいよ明日はリヴァイアサン討伐本番だ。