三人の王
謁見の間に入ると人がほとんどいなかった。いたのは警護の兵だけ。
突然だったからおかしくはないけど。
「ツバキさんの父君はどのような人なのかしら?」
ティーベルは少し緊張した様子で聞く。
待ち時間が暇だったのか?
「父は優しく厳しい人です。ただ伝統を重んじすぎている気はしますね……それはそれとして父としても王としてもすごい人ですよ」
ツバキは自らの父についてそう評価する。
「問題を放棄している時点で王としてどうなのか疑問だわ」
「手厳しいですね」
リリアの酷評にツバキは苦笑いする。
「ですがそうするしかなかったのです……ヒノワ王国だけで解決できるものでないのは明白でした。それでも国の重鎮の方々は大陸に助けを求めることを良しとしませんでした。かといってむやみに動けば被害が広がり、魔物を刺激してしまうかもしれない、ということで放置との結論になったのです」
「まあその人の中では最善手かもしれないけど完全に悪手だろ」
呆れてため息をつく。
「そもそも覇王様をどうやって説得するんですか?」
「「「「え?」」」」
「覇王様はこの国の王様なんですよね?じゃあその人の許可がないと好きに活動できないのでは?」
「あ………思えばその通りですわね……」
「ガルくんについてくるってことで頭がいっぱいだった……」
「私たちは早速路頭に迷ってしまうのか………」
「ど、どうしましょう……全く考えてませんでした……」
ティーベル、リリア、リーゼ、ツバキは頭を抱える。てかツバキが頭抱えたらあかんやろ。
「が、ガルくんは何か考えてる!?」
リリアは焦ったように尋ねてくる。
まぁ俺もそこが関門だと思ってたからな。もちろん考えている。
「なるようになれ、だ!」
「えぇ………」
リリアは何言ってんだとでもいうような顔で俺を見る。
そもそもお前らが何も考えてないのが悪いんだからな。
「一国を治める王が危険を放置するなんて真似は普通はしない。それでもそうしたということはもう固いということ。すでに説得の問題ではない。しようとするだけ時間の無駄さ。だったら許可なんてなくても勝手にやるさ」
「潔いですわね」
「だが私は好きだぞ。考えるのは苦手だからな」
「脳筋……」
「な!?だがその通り!」
清々しいほどの元気に言い切ったな。
「認めちゃいましたね」
「フィリア、それ以上言うな……まぁこちらには姫がいるんだ。無理をやったってツバキが黙らせればいい」
「それうちの負担が大きくないですか!?」
「俺たちを呼んだのはツバキなんだからそれくらい何とかしろ」
「うぅ……その通り過ぎて何も言えません。がんばります」
ぜひそうしてくれ。
話をしていると外から複数の足音が聞こえる。おそらく覇王とその一味だろう。
俺たちは慌てて姿勢を正して頭を下げる。
そして男たちは部屋に入ると一人は上段の間のど真ん中に座り、他の人は横に座る。
「面を上げよ」
渋い男性の声がする。その声に従って顔を上げる。
左には眼鏡をかけたインテリの男性とキリッとした顔の若い男性、右には筋肉が目を引く男性とイットがいる。そして目の前には皺が深く刻まれた強面の男性がいた。
「我輩が覇王のマサムネである」
「偉大なる覇王様にお目通りが叶ったこと、深く感謝を申し上げます」
「そなたらは何者だ?」
「私はランバルト王国騎士爵ガーリング・エルミットと申します。私の後ろにおりますのは我が従者であり婚約者でもあるフィリア・マキシアでございます」
「わたくしはランバルト王国第一王女ティーベル・フォン・ランバルトと申します。ガーリング様の婚約者でもあります」
「私はバルマント公爵家当主の娘リリア・バルマントと申します」
「私はプロメテア帝国第一皇女リーゼロッテ・フォン・プロメテアです」
俺たちの口から大陸から来たことを告げられるとマサムネは不快そうに顔をゆがめる。
「帰ってくれ」
直球で言われてしまった。
普通はもっと捻ったり別の言い回しするだろ。何だよ真正面から『帰れ』ってどう反応すればいいんだよ。
「それを簡単に受け入れることはできません。私たちは大陸から遠路はるばるヒノワ王国まで来たのです。何もせずに帰るのは困ってしまいます」
「それはそちらの勝手であろう?なぜこちらが遠慮する必要がある?」
「ですが私たちはこちらにいるツバキ姫に要請されている身です。一国の姫に要請されたとあれば受けなければならないでしょう」
「それについて謝罪しよう。金も払おう。それなら文句もあるまい?」
金で解決しようとしてくるんだが。
「それに国としての方針は他国に救援を求めないことになっている。そなたらが何と言おうが関係ない」
急なド正論やめない。
「ですがこれはツバキ姫からの個人的な依頼です。個人のやり取りに国が介入するとは言いませんよね?」
暗にこっちは勝手にやるから邪魔するな、と言う。
「ほう。たったそれだけであの化け物に挑むと?」
マサムネは懐疑的な視線を強める。
「その通りですが」
「大陸の人間がそんな大それたものですね。おっと失礼。自己紹介がまだでしたね。私は智王ヨシトモ・オグラと申します。後ろにいるのは倅のヨシツグです」
紹介されたヨシツグはペコリと頭を下げる。
「ガハハハッ!威勢がいいのは気に入ったぞ!オレは武王のハクト・カグラだ!こっちは息子のイットだ」
「………威勢だけいいのは勘弁だけどな」
イットからは相変わらず目の敵にされてるし。
「イット殿、それはどういうことで?」
「そのままの意味だ。ヒノワ王国が総力をもってしても勝てなかったんだぞ。お前ら数人で倒せるわけがない…………倒せたら倒せたで問題があるが」
イットが最後に何か言ったが聞き取れなかった。
「じゃあ実力を示せばいいのでしょうか?」
「そうだな。それで、勝負するのか?」
「イット!他国の要人に無礼だぞ!」
「父上!大陸の連中に舐められていいのですか!?」
ハクトに諫められたイットは俺たちを指さして怒鳴る。
人を指さすってどうなの?しかも公共な場で。
「指を指すな!」
「チッ!」
今舌打ちしたよな!
腹立つ!いいだろう!その勝負受けて立つ!
「イット殿の得物はなんですか?」
「刀だが」
「刀……聞いたことがありません」
フィリアはボソリとつぶやく。
「刀とはこの地域に伝わっている伝統的な武器です。大陸にある剣のようなものですよ」
ツバキはフィリアの呟きを聞いたのか、そう答える。
「剣か……リーゼ」
「なんだ?」
「お前がイット殿と勝負してやれ」
「わかった」
リーゼは快く頷く。
「お前!俺との勝負を逃げるのか!?」
するとイットはものすごい勢いでキレた。それはもう俺の前まで足音を立てながらやってきたと思えば俺の胸倉を掴み上げる。
「イット!」
ハクトがイットに向かって怒鳴る。
「どこまで俺を、俺たちを愚弄するつもりだ!」
めんどくさいな。
「……………っカハ!」
俺はイットを組み伏せる。
「お前と俺では地力が違うんだよ。分をわきまえろ」
「ぐっ……」
俺は低い声を出してイットを睨む。
イットは苦しそうに唸る。
「ガーリング様!」
ツバキとハクトとヨシツグは立ち上がる。場は一触即発の空気に包まれる。
「………………」
ここで下手なことを言えばすぐに戦闘が始まってしまうだろう。
リーゼは剣の柄に手をかけ、ティーベルは魔杖を持とうとしている。
「……申し訳ございません。反射的に体が動いてしまいました」
俺はイットから手を離す。
「クソ!俺は近接戦闘が苦手なだけだ!得意分野で勝ったからって調子に乗るなよ!」
イットは俺に悪態をつく。
何なのこの青二才。人を腹立たせる天才か?
俺は口が引き攣りそうになるのを必死にこらえる。
「でしたら早く彼女と勝負してください。それではっきりするでしょう」