罪と功②
「まずわたくしたちが遭遇した魔族の出自がこの国の王族であるということです。魔族の説明で何かの拍子にこの情報が漏れてしまえば国が滅ぶ危険があります。それではこの国に住む人々が危険にさらされることになってしまいます。それは王族として決してしてはならないことです。ですから魔族の遭遇自体がなくなれば王家から魔族が出たという情報も消し去ることが可能です」
「ふむ………それは一考の余地があります」
ここでようやくリュークが口を開いた。
「もう一つはお兄様の行動も全てなかったことになります」
「ティーベル!それは!」
「はい。お兄様の罪は全てなくなるので罰を受けることもありません。今回発生した問題すべて、考えなくともよくなります」
「ですがそれには問題があります。まずは今回得た情報が迂闊に流すことができません。敵の情報とは伝達されてこそ価値があります。そうでなければ次に征討に支障をきたす恐れがあります」
「それに関しては魔族と交戦する際、ここにいる者の誰かを連れて行けば十分に対処できると思います。この場には臨機応変に対応できる者しかいないはずですから」
「では次に正当な報酬が支払われないことはどうしますか?いくら魔族と交戦した事実を抹消したとしても本人たちは戦っています。その行為に対する報酬が妥当でなければ国という組織の綻びになります。かといって意味もなく報酬を増やせば他の者たちの不信が募ります。それにはどう対応するおつもりですか?」
「そのようなこと考える必要ありません」
「ほう?それはなぜ?」
「まずここにいる騎士や魔術師たちは国に仕え、国に忠誠を誓っております。ならば国のために命を張るのは当然、といいますがそんなことはありません。彼らにも報酬が支払われるのが当然です。それを公にできないのなら裏で金品を渡せばいいのです」
「それは所謂、賄賂ですかな?」
「賄賂など人聞きが悪い。別に暗いものではないですから賄賂ではありません。あくまで《《口止め料》》です」
俺はこっそりとティーベルの顔を盗み見る。するとティーベルは今まで見たことがないような悪い顔をしていた。
「ティーベル様もそのようなお考えをなさるとは……では最後に。それはジークロット様が最も利益を得ることになります。ジークロット様を助けるためにこの国全てをかける価値はございますか?」
「―――――っ!」
これにはジークは息を呑む。
「――――――あります」
「……………」
「お兄様は次期国王になるために今まで研鑽を積んできました。それをこんなことで無に帰すのは惜しいです。それにお兄様は王家唯一の嫡男。助けなければ王家の血は途絶えてしまいます」
「今の現状で血にこだわる必要はございません。資格さえあればいいのですよ。例えば、ガーリング殿のように」
リュークはわずかに俺の方に目線を送る。しかしそれは一瞬で、ほとんどは気付いていない。気付いていたのは俺とリリア、そして王族の全員だろう。
リュークの質問。それはジークの中でしこりとして燻っていたものだ。
「………………」
ジークが苦しそうに歯噛みする。シュレイナーも苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「…………………」
ティーベルは何も答えない。その沈黙は何なのか。
今ここで一番緊張しているのはジークだろう。自分の存在価値について目の前で問われているのだから。
「―――――――ございます」
そして大きなためを作ってから口を開いた。
「まずはお兄様は国王になるための教育を受けています。これは国王になるための必須事項、教育を受けていないガルさんには無理でしょう」
「ガーリング殿に教育を受けてもらえばいいのでは?」
「その時間はありません。時間がないから学園の出席を免除させていただいたのにこれでは学園に示しがつきません。何よりガルさんのお力を欲しているのはこの国です。国王になったがために国の危機に対処できなくては本末転倒です」
「なるほど。理に適っていますね。ですが、それを加味した上で尚、彼の方がいいとしたら?」
それは究極の質問。理屈の話ではない、感情の話だ。これは実質俺を選ぶのか、もしくはジークを選ぶのか。
「……………それでもわたくしは、お兄様を選びます」
「それはなぜ?」
「それはジークロット・フォン・ランバルトがわたくしの兄だからです」
「……そんなことがまかり通ると?それにガーリング殿はティーベル様の婚約者です。どちらが国王になった方があなたにとって利益になるかわかるでしょう」
「確かにガルさんが国王になった方が利益を得ることができるでしょう。ですがそんなことよりもわたくしはお兄様が国王になるべきだと思います。それは王女ではなく、一人の妹としての思いです」
赤裸々に語られたティーベルの思い。それは兄への妹としての気持ちだった。
「………わかりました。そこまで言われてしまえば頷くしかありませんね」
「ありがとうございます!」
ティーベルは元気のある声で礼を言うと頭を下げる。
「ということです。魔族との遭遇がなかった以上ジークロット様の罪はなかったことになります」
「は?え?」
ジークは困惑していてまだ正確に状況を呑み込めていないみたいだ。いやまあ、はっきりとした有罪なのにいきなり無罪と言われたら驚くかもしれないけど。
「ではジークロット・フォン・ランバルトに現国王として命令する」
「は、はっ!」
そして国王は急に話し始めた。
「来年、そなたに王位を譲る。故にその覚悟をしておくように」
「かしこまりまし………はあ!?」
ジークは驚きすぎて変な声を出す。
「お主はこの任務を無事完遂した。それにここまで慕われているのじゃ。王を任せても問題あるまい」
「いやいやいやいや!そんな理由で任せていいものではないでしょう!」
「これはもともと決めていたことなのじゃ。リュークとともにな」
「え?リューク殿と?」
ジークはリュークを怪訝な目で見る。さっきまで自分を責めていたからわからんでもないけど。
「リュークはわざと憎まれ役をやってくれたのじゃよ」
「私は始めからジークロット様が国王になるべきだと思っていましたが、最近ガーリング殿が王になるべきとの声も聞こえてきましたからね。もしここでティーベル様と意見が割れるようならジークロット様を見捨てる判断をする覚悟がありました。結局そのような覚悟は必要なかったですけどね」
リュークは肩をすくめる。
「なぜ、そのような?」
「王子と王女の争いは国の割れる大きな要因ですからね。この国では前代未聞ですがそもそもガーリング殿のような存在が前代未聞ですからね」
「あはは……」
苦笑いするしかない。
「もちろん私も宰相として最大限、力をお貸しすることを約束いたします。国のため、王になってください」
「お主が国王になるのはガーリング派閥への牽制の意味もある。もしお主が断れば自身の首を絞めることになるがの」
「半ば脅しに近い………」
ジークは口元をひくつかせる。
「……承知いたしました、国王陛下。我、ジークロット・フォン・ランバルトはその任、全身全霊を持って全ういたしましょう」
こうして新たな国王が誕生する運びとなったのだった。
その後――――――
「ちなみにティーベル様がジークロット様を王に推薦した本当の理由は何でしょう?」
「ガルさんが王になってしまえば一緒にいられる時間が減ってしまうからに決まってますわ」
なんとも締まらない感じになってしまった。