プロローグ
『英雄騎士』。それはこの世界でたった一人につけられた名称。その者の名は、アルス・マグナ。何十年もの間世界を危機から救った世界最強の存在。この世界の住人ならば誰もが知っている。そんな彼も命を落としそうになっていた。
「ハッ!ここまでだと思わなかったな…」
『矮小な人間ごときで頑張ったではないか』
荒れ果てた荒野。死が具現化したような魔力が渦巻く場所。もしなんの耐性もないない人間が足を踏み入れれば生きてはいれないだろう。そこにいる二つの影。その一人はアルス。しかしそんな彼も傷だらけで血も多量に流れている。そしてアルスの前にいるのは魔神。莫大な魔力量を持ち、そのオーラで常人を死に至らしめることができるほど凄まじい。
「もう障壁を維持できないわ!」
二人とは別の第三者の声が響く。その声の主は光の粒子が集まって人の姿として現れる。光が収まってようやく容姿が見える。その容姿はこのような場所には不釣り合いな怖いくらいに美しい銀髪の少女だった。
「あとどれくらいもつ?」
「よくてあと5分よ」
「そうか」
『諦めよ。このまま我におとなしく滅ぼされるがいい!世界とともにな!』
「「お断りだ(よ)!」」
『貴様では我に勝つことなど不可能だ!死ね!』
魔神が魔術を唱える。魔神に魔力が集まり空気がチリチリと肌を焦がすように熱を持つ。
「まだこんなに力が残ってんのかよ。……障壁の強度を最大限にしろ」
「でもそんなことしたら1分も持たないわ!」
「ならそれまでにやつを倒せばいい」
「まさか…あなた…」
少女は青年がしようとしていることがわかったのか顔をゆがめる。青年は少女の頭に手をのせる。
「こうしなきゃならないんだ。諦めろ」
「でも…でも…!」
「覚悟を決めろ」
「………うん。わかったわ」
少女は意志を持った目で青年を見つめる。
「でもこれだけは覚えておいて。あなたはこの世界にまだ必要なの」
少女はそう言うととても複雑な魔力の流れを制御しながら青年の中に術を刻み込んだ。その姿は美しく人間離れしていた。やがて魔力の注入が終わったのか、魔力の流れが止まった。
「…何をしたんだ?」
「私からの餞別で、おまじないよ」
「そりゃすごいもんだろうな」
「…またね、アルス」
「…あぁ」
少女は再び光の粒子となって溶け込んでいった。
それを見届けた青年から莫大な魔力が溢れる。まるで《《灯の最後の輝き》》のように…
『滅びよ、人間!』
「滅びるのはお前の方だよ!消えろ!『》』!」
このとき、世界から一つの命が消えた。