第六話 旅の始まり
身支度を整え、旅に必要な物をバッグに入れた元軍人は、住み慣れた部屋を後にする。
幸いなことに、汽車の時間はダグラスから送られてきた手紙に記載されていた。
乗車予定の汽車は早朝に出発する便。他の街へと出稼ぎに出る者達が使う汽車だ。駅まで一五分の道のりを、白い息をしながら歩いていく。
駅にて切符を購入。ホームの中に足を踏み入れると多くの働き手で溢れる光景が写った。
二〇代の若手から五〇代の熟年者まで。多くの顔がホームに溢れ、目的の汽車に進んでいる。
「大尉。こっちだ」
どう合流したものかと思案した時、聞き慣れた階級がチェスターの耳に入る。
声のした方向に視線を向けると、そこにはニヤケ面をした元上官の姿。
「よう。そんな大荷物を持ってどこに行くんだ?」
「危険な所に行く女の子を守る旅に出ようかと」
「お前さんらしい冗談だ。おーいローレッタ! こっちだ!」
ダグラスが声を張り、人ごみの向こうにいる秘書を呼んだ。
すると人ごみの列からローレッタとアイリスの両者が姿を見せ、二人の前に立つ。
「どうだい。賭けは俺の勝ちだぜ? 言っただろ? 俺の方が早く見つけるってよ」
ひっひっひ。――とダグラスが自身の秘書に向けて気持ちの悪い笑みを見せた。
どうやら賭け事をしていたらしい。チェスターをどっちが早く見つけるか、で。
「さて出かけるお二人さん。汽車の発車時刻は迫ってる。とっとと乗り込んでこいや」
ダグラスの言葉に頷き、郵便配達員の少女と元軍人の男は客車に乗り込み、窓際の席を確保。
窓を開けると、ダグラスが顔を覗かせ、ニヤケ面を見せた。
「いいねぇ。冒険小説の旅の始まりみたいだな。そうは思わないか? 大尉」
チェスターは呆れるような顔をした。これから大変な仕事に向かうのに依頼主がこれである。
「なあ大尉。お前さんに言っておかないといけないことがある」
だが、すぐに声を低くしたのでチェスターは身構えた。真面目な話をする時の合図だ。
「お前さんがこれから向かう旅は世界の真実を知る旅だ。それと、小娘をもう一度守れ」
もう一度。その言葉にチェスターは顔を上げる。
「それはどういう」
その時、甲高い声がチェスターの耳に入った。汽車の発車合図が鳴ったのだ。
ダグラスが腕を放し、距離を置く。ゴトン、と客車が揺れ。ホームを移動していく。
「仕事が終わったら、全部教えてやる。任せたぞ、大尉!」
言葉の意味を求めようとするが手遅れ。ホームにいた二人の姿はどんどん小さくなっていく。
仕方なく、窓から離れると向かい側に座る少女が笑みを見せた。彼女が言う。
「これから、よろしくお願いしますね」
彼女の挨拶に、チェスターは頷いた。そうして、彼の旅は始まった。