第五話 交渉
二〇分後、少し離れた所にある喫茶店にチェスター達は場所を移していた。
「それで、ローレッタさん。あなた方の話を聞かせて頂けますか?」
奥にあるテーブル席にて、チェスターは真向かいに座る少女に告げる。すると彼女は。
「バーキンス様。大陸戦争を思い返して頂けますか? あなたが終わらせたあの戦争です」
と。先の戦争。四年前に終結した戦争を思い出せと言った。チェスターはうなり声を上げる。
「なるべく思い出したくはないが、あの戦争が何か?」
「先の戦争において、我々アーリア人が。戦地の兵士や一般人。この国家で生きていた我々の心を支える一端を担っていた存在があります。ご存じですか?」
「…………手紙、でしょうか?」
数秒ほど考えた末の答えを告げると、ローレッタは力強く頷いた。
「その通りです。あの戦争で地獄を見た私達の心の支えは、愛する人からの手紙でした。特に戦場の兵士達は家族からの手紙を心待ちにしていた程です。ご存じの通り、先の戦争では郵便配達員が不足していた関係で、前線と後方を行き来する少女達の姿がありました。最前線で戦う兵士達にとって、家族からの手紙を送ってくれる少女達は希望とも言える存在でした」
ローレッタが言っているのはある郵送業務の事である。大陸戦争では男性の多くを兵士として招集した関係で男手が足りず。ある程度の業務を女性達が担っていた。その中で最前線と後方の両者に手紙を届けていた少女達がいたのだ。
「ええ。それで?」
「ダグラス様がお話したように、あの戦争の後。先の戦争で亡くなられた方々が現れるようになりました。彼らの目的は、ご自身のご家族の下に帰られるのが大半です。ですが、彼らにはある法則が掛かっており。特定の条件を満たさない限り、ご家族と再会出来ないんです」
そこで。――とローレッタは続け、郵便配達員が居る理由を述べる。
「その条件を満たす事の出来る存在が、この子達郵便配達員の一部の子だと判明し。ロイヤルポストは秘密裏に先の戦争の戦死者――『死者』を手助けする業務に従事する事になりました」
「しかし、あなた方の行動は反発を生んだ、そうではありませんか?」
話を聞き、ロイヤルポストの行動が何かの要因になっていると思い、指摘する。
するとローレッタはその通りと首を縦に振った。
「はい。私達がこのような状況に晒されているのは、人の持つ心の傷に触れているからです。この国は四年前まで、滅亡の危機に瀕していました。その危機を乗り越える為、多くの人がご家族を失い、その哀しみを背負って生きています。必ず帰ると、多くの方が約束をされたのです。ですが多くの人が帰らなかった。だから未だ、心の奥に哀しみを抱いています」
そこへ、先の戦争で亡くなられた方が現れたのです。良いですか、バーキンス様。
「――これは、先の戦争で亡くなられた方々を天国に送り届ける為の戦いなんです。この子達アイリスは、ある条件を満たす為に最善の行動をしています。しかしその条件を満たすにあたり、そのご遺族を刺激してしまう事があります。その結果、郵便配達員を遠ざける為。もしくは排除する為に暴行事件が起きてしまう可能性があるんです。今回、アイリスが行くクルティアは既にその事件が起きた場所です。この子には護衛が必要なんです」
ローレッタの話はそこで終わりを迎えた。全てを聞いたチェスターは顔を上げる。
「話はわかりました。……しかし、私はあなた方の期待に応えられる男ではありません」
全てを聞いた上で、チェスターは自分は希望に応えられる男ではないと。そう告げた。
しかし、ローレッタがそれを否定する。
「ご冗談を。カーリカ軍が開発した悪魔の兵器をたった一人で破壊した経歴があります」
「アングラーズの戦いの事を仰っているのなら、あれは運がよかったに過ぎません」
とにかく。他の人を薦めますよ。私は失敗をする男ですから。――と席を立った。
「あのっ」
その時だ。ずっと押し黙っていた郵便配達員のアイリスが声を上げた。彼女が言う。
「急な話というのはわかっています。でも、あなたにしか頼めないんです」
だって、私が生きているのは。あなたのおかげなんですから。
と、彼女は何か含みのある物言いをした後。目を閉じて、ある事を尋ねてきた。
「……覚えていませんか? 六年前、私を守ってくれた事を」
「六年前? なんの話だい?」
「ローランド公国での事件です。大陸戦争が起きたきっかけとなった事件の事です」
その事件なら知っている。六年前、カーリカ帝国の皇帝がローランド公国に外遊中、あるアーリア人少女に暗殺された。その事件のせいでカーリカ帝国とその同盟国を相手にした戦争。
大陸戦争と呼ばれた、ヨーロッパ大陸全土が戦場となった世界大戦が勃発したのだ。
「その事件なら当事者だ。だけど、君に覚えはないよ。それに私は、あの時誰も守れなかった」
「いえ、あなたは確かに守ったんです。まだ幼かった女の子を。どうかお願いです」
もう一度、私を守ってくれませんか? 守護者として有ろうとする、あなたがいいんです。
アイリ・スターランドという娘はそう言って深く頭を下げる。しかし、彼女の行動ではなく。
「――君は、その話をどこで聞いたんだ」
ある事を告げられた事に、チェスターは衝撃を受けていた。だが、彼女から返答はない。
チェスターは一度天井を眺め、大きな吐息をした。期待した返事はやってこない。
女の子はただ待っている。元軍人が「YES」と答えるのを。その答えを聞くまで。
「……出発は、いつですか」
根負けとは、この事を言うのだろう。しばらくしてからそう訪ねた。
「明後日の朝ですが」
「……では。明後日の朝に私が駅にいたら、それが私の答えです」
そう告げ、今度こそチェスターは席を立った。テーブルに紙幣を置き、踵を返す。
「ありがとうございます! チェスターさん!」
喫茶店を出る際、背後から例の少女から感謝の声が届けられた。そして、元軍人は思う。
どうやら、長い旅に出ることになりそうだ。